座席数は、約200。
1981年、下北沢で開場した劇場「ザ・スズナリ」は、
「小劇場」と呼ばれる規模で続いてきました。
近年、大ホールで公演を重ねる多くの劇団が、
ザ・スズナリでの公演に力を入れています。
演じる人も観る人も惹きつける、
小劇場の独特な空気はどこから生まれるのでしょうか。
ザ・スズナリを含め９つの劇場を運営する
本多劇場グループ総支配人、
本多愼一郎（しんいちろう）さんにうかがいました。
インタビュアーは、自身も演劇経験のある、
ほぼ日の玉木がつとめます。
本多愼一郎（ほんだ・しんいちろう）
1975年、東京都出身。
劇団青年座研究所、
桐朋学園芸術短期大学演劇専攻を経て、
1999年「本多劇場グループ」に入社。
父、本多一夫さんが設立した劇場などの
運営を引き継ぐ。
劇小劇場、楽園の劇場の制作主任を担当後、
本多劇場グループ総支配人となる。
- 本多劇場グループが運営する、
下北沢の小劇場のひとつ「ザ・スズナリ」に
おじゃましました。
- ──
- 本多さん、よろしくお願いします。
- 本多
- よろしくお願いします。
- ──
- 本多さんは、ここ、ザ・スズナリをはじめ、
本多劇場グループの劇場運営を
「総支配人」という立場で担っておられます。
「総支配人」の響きが、なんだかすごく、
かっこいいです。
- 本多
- 「総支配人」とはなんなのか、
僕自身、よくわかっていないんですけどね（笑）。
- ──
- きのうは、具体的にはどんなお仕事を
なさっていたのですか。
- 本多
- まず劇場に行って、
そのあとジンギスカン屋に‥‥
あ、僕はこの近くでジンギスカン屋を
やっているんですけど。
- ──
- えっ。
- 本多
- 昔から劇場を使ってくださっている方が、
きのう、僕のジンギスカン屋でも
ライブをしてくれて。
僕はスタッフとして参加していました。
- ──
- ご自身のジンギスカン屋さんで、
ライブのスタッフを！
- 本多
- 総支配人というと少しえらそうなんですが、
実際は、ほかのスタッフと
ほとんど変わらないんです。
- ──
- はあぁ、そうなんですか。
以前、本多さんみずから
劇場の電気工事までされると
お聞きしたことがあるのですが、
ほんとうにそのとおりなのですね。
- 本多
- 電気やエアコン、内装の修理は
自分ですることが多いです。
- ──
- この、ザ・スズナリという劇場は、
80年代に開設されましたが、
必要に応じて直しながら
続いてきたのでしょうか。
- 本多
- そうですね。
劇場を新しく開設するときは、
「６、７割くらいしか完成していない」と思って
始めているんです。
基本的な運営には問題ないのですが、
使ううちに「ここが使いにくい」など、
いろんな声をいただきます。
その都度改修をして、
やっと満足のいく形になるのは、
開設から３年後くらいです。
それくらいの時間がかかることを見越して、
開設の時点で改修の余地を残しておかないと、
使いながら気づく問題には対応できないと
感じています。
- ──
- 本多劇場グループは、松竹芸能による
伝説的な劇場「シアタートップス」の運営を、
2021年、「新宿角座」から引き継ぎました。
一度閉鎖していたシアタートップスを
再オープンしたときも、
本多さんご自身が劇場に通い、
修理・整備をしていたとうかがいました。
- 本多
- お金がたくさんあったわけではないので、
なるべくそのまま使いたかったのですが、
「ここを使いやすくしたい」という範囲が
だんだん広がって。
最終的には、設備をほとんど総入れ替えした状態で
オープンしました。
- ──
- 照明なども全部入れ替えたとお聞きして、
ふたつ、驚きがありました。
ひとつは、一度閉館した劇場に投資をして、
もう一回始めるグループがあること、
それ自体に。
もうひとつは、使いやすくなるように直しながら、
劇場が続いていくということへの驚きでした。
「シアタートップスのような伝説的な小劇場は、
古いところや、ちょっと使いにくいところが、
むしろ魅力になる」
といったイメージが覆されました。
「劇場にとって古さはひとつの魅力だけど、
使う人にとっての使いやすさを考えて直していく」
という姿勢は、
本多さんの基本にある考え方でしょうか。
- 本多
- そう思います。
お客さまが観にいらしたときに、
あまり気づかないようなところをよく直しています。
- ──
- 来る人が「スズナリ、変わっちゃったね」と
思うことはないけれど、
じつは細かく改修なさっているのですね。
- 本多
- はい。気づかれないうちに、
使いやすくなっている状態が理想です。
- ──
- 「劇場」という場所には特別な空気を感じて、
ふだんの取材以上に気が引き締まります。
きょう、この客席におじゃましてから、
私たち全員、なぜか小声になってしまって（笑）。
本多さんは、
もう劇場の空気には慣れておられますか。
- 本多
- 慣れることは、ないですね。
なにもない状態の劇場にはある程度慣れていますが、
セットが立てられて、
劇団さんが入って本番を迎えると、
毎回違った空気になります。
僕たち劇場は、
劇団さんに使っていただいている時期は
「その劇団さんの空間」になるんです。
だから、長く劇場にいても、
公演ごとに感じる空気が違うので、いつも新鮮です。
- ──
- 入る劇団によって、
劇場の空気がどんどん変わっていく。
- 本多
- 演じてきた劇団それぞれの空気が積み重なって、
「劇場の雰囲気」というものが、
場所全体ににじみ出てくるように思います。
- ──
- ザ・スズナリの場合は、
オープンした80年代から現在までに
さまざまな劇団が積み重ねたものが、
「ザ・スズナリの空気」をつくっているのですね。
- 本多
- 少しの期間でも公演が空くと、劇場の独特な空気は、
どうしても薄くなってしまうんです。
だから、ほぼ休みなしで稼働しています。
- ──
- へえーっ。
上演中の公演が終わったら、
いま舞台上にあるセットを解体して、
すぐに次のセットを組むという流れが、
80年代からずっと途切れずに続いているのですか。
- 本多
- そうです。
- ──
- すごい‥‥。
いま、本多グループで運営なさっている
９つの劇場は、ほぼ休みなく稼働しているんですね。
それぞれの劇場を訪れたとき、
劇場自体も、上演される演目の雰囲気も
まったく違う印象でした。
各劇場が進化しながら続いているから、
異なる雰囲気を持っているのですね。
- 本多
- そうかもしれません。
基本的には「劇場に色づけをするな」というのが、
創業者である父の方針でした。
劇場側がコンセプトを決めてはいけないと。
僕も、劇場はフラットな、真っ白な場所として
考えています。
それぞれの劇場の色は、
使うみなさんがつけてくださるのだと思います。
なので、僕はなにもしていないようなもので。
劇場のネーミングを考えるときも、
単純な名前しかつけていません。
- ──
- ネーミングですか。
- 本多
- たとえば「北沢タウンホール」の地下にある劇場は、
地下１階にあることがわかりやすいように
「B１」と名付けました。
- ──
- 劇場「B１」、いさぎよい名前ですね。
たしかに、ネーミングをシンプルにすることは、
劇場自体に色をつけないために大事かもしれません。
そういえば「本多劇場」も、
「本多さんが運営している劇場」そのままですね。
- 本多
- たまに「本当に、本多さんがやってるから、
本多劇場っていうんだ」と驚かれます（笑）。
- ──
- フラットで無色である一方、
本多劇場グループの劇場には、
どこか猥雑さやカオスな雰囲気もある気がします。
- 本多
- それは、たぶんですね、
もともと別の用途に使われていた空間を
劇場にしたからです。
最初から劇場にするつもりで建てたのは
本多劇場だけで、うちのほかの劇場はみんな、
アパートなどを改装したんです。
- ──
- オープンの時点で、
じつは無色の場所ではなかったんですね。
だから、本多さんご自身が、
劇場の用途に合うように修理する部分もあった。
歴史のある建物だからこその「不便さ」などを、
あえて残している部分はあるのでしょうか。
- 本多
- 建物としての限界があったりして、
不便な場所が残ってしまっているのが現状です。
数年ごとに、少しずつでも
使いやすく変えてはいるのですが、
僕としては、あらゆる方が来やすいように
改修したいと思っています。
- ──
- 「エレベーターをつけて便利にしたら、
歴史と文化がなくなる」といった考えではなく、
お客さまに継続して来てもらうために、
できる改修はしていく方針なんですね。
「場所を守っていく」ということについて、
地に足のついた感覚が、
本多劇場グループにはあるように感じます。
劇場の継続を、現実的に、
自分ごととして捉えているのは、
グループ創業当時からの姿勢なのでしょうか。
- 本多
- うちは劇場が本業ですし、自分のお金で
運営していく必要があるので、
「やらないと」という気持ちはあります。
むしろ、みんなが「もう、この場所いらないよ」
と言ったら、やめようかなって。
- ──
- 「ここでやりたい」という劇団さんが、
もしもいなくなったら。
- 本多
- はい、劇場がある必要がないので。
（明日に続きます）
2025-07-21-MON
