写真家・幡野広志さんが
家族への思いをつづった本
『ラブレター』の出版を記念して、
「幡野広志のことばと写真展 family」が
渋谷PARCOのほぼ日曜日で開催されました。

8月、岸田奈美さんと岸田ひろ実さんの岸田親子と
幡野さんが「family」をテーマに話しました。
その様子を記事としてお届けします。
第一部は母・ひろ実さんと幡野さんが子育ての話を。
母の思いを恥ずかしそうに受け取った奈美さんが、
第二部では娘目線で親の子育てを振り返ります。
最後は感想戦という名の三者面談に。
親子、三者三様の立場から家族を語ります。

>幡野広志さんプロフィール

幡野広志さん(はたの・ひろし)

写真家。
1983年、東京生まれ。
2004年、日本写真芸術専門学校中退。
2010年から広告写真家・高崎勉氏に師事、
2011年、独立し結婚する。
2016年に長男が誕生。
2017年多発性骨髄腫を発病し、現在に至る。
著書に
『なんで僕に聞くんだろう。』(幻冬舎)
『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(ポプラ社)
『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』
(PHP研究所)
『写真集』(ほぼ日)
『ラブレター』(ネコノス)がある。

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Note

>岸田奈美さんプロフィール

岸田奈美さん(きしだ・なみ)

作家・エッセイスト。
Webメディアnoteでの執筆活動を中心に、
講談社小説現代などで連載中。
車いすユーザーの母、ダウン症の弟、
亡くなった父の話などが大きな話題に。
株式会社ミライロを経て、コルク所属。
「newsおかえり」(朝日放送テレビ)にて
木曜日レギュラーとして出演中。
著書に
『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(コルクスタジオ)、
『傘のさし方がわからない』(小学館)、
『もうあかんわ日記』(ライツ社)がある。

Twitter
Note

>岸田ひろ実さんプロフィール

岸田ひろ実さん(きしだ・ひろみ)

長女と知的障害のある長男を育てる中、
2005年に夫が心筋梗塞により突然死し、
2008年に自身も大動脈解離により下半身麻痺となる。
2011年より株式会社ミライロに入社し
(2021年9月に退職)、
講師として年間180回以上の講演を行う。
2014年世界的に有名なスピーチコンテスト
「TEDx」に登壇後、日本経済新聞「結び人」・
朝日新聞「ひと」・
テレビ朝日「報道ステーション」など
数々のメディアで取り上げられる。
著書に
『人生、山あり谷あり家族あり』(新潮社)
『ママ、死にたいなら死んでもいいよ』(致知出版社)がある。

岸田ひろ実さんのnote

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第6回 お父さんに褒められたかった。

奈美
感情に付き合うって意味だと、
わたしは手紙ほど
感情を伝えるための文学は
ないと思うんです。
幡野
奈美ちゃんは手紙を書きますか?
奈美
わたしの書く文章はすべて、
手紙のつもりです。
幡野
ああ、なるほど。
奈美
宛先はいろいろなんですよ。
お父さん宛に書いたり、
お母さん、弟宛に書いたり。
弟が新しくグループホームに入居したとき、
そもそもグループホームの母数が
ものすごく少ないんですね、日本って。
入所希望者に対して、
数が圧倒的に足りてなくて。
幡野
そうなんだ。
奈美
で、ようやく何年も待って、
新設のいいグループホームに入れたんですけど、
一部の近隣住民の方々から
そのホーム自体が
厄介者扱いをされてしまっているんです。
障害のある人は地域に少ないほうがいいって。
幡野
ええ、そんなこと‥‥。
奈美
ほとんどの人は快く受け入れて
くださっているんです。
でも、一部の人は批判的で。
だから、私が弟のことをよく書いているのは、
回り回ってその人たちに届けばいいな
っていう気持ちで書いているんです。
彼らの人柄を伝えたいというか。
幡野
うん。
奈美
日本は太古から和歌という
すばらしい手紙が存在していて、
それが何百年も読み継がれているのは
歌に感情がこもっているからですよね。
その感情に共感する部分もあるけれど、
私は、この感情を書いている、
ちょっと丸まった後ろ姿みたいなものを
想像したときに、堪らなくなるんです。
自分に向けて、
この人はこんな姿勢で
書いてくれたのかなって想像すると
手紙ってすごくいいよなって。
幡野さんの『ラブレター』を読んでいて
あらためて思いました。
幡野
文字がない時代に、
現在発掘されている最古の壁画は
オーストラリアのアボリジニが
描いたと言われる壁画なんだけど、
何かを伝えたくてペタペタ、ペタペタ、
一所懸命描いてるんだよね。
そこから「なにか伝えたいんだな」って
感じたことはよく覚えていて。
写真も絵画も手紙も、
何かを伝えたくて
やるものだと思うよね。
奈美
幡野さんの写真は主張よりも、
この景色の素晴らしさを伝えたい、
この子のかわいさを伝えたいっていう
思いが溢れていますよね。
幡野
写真家ではあるけれど、
風景も人の魅力もそんなに伝わらない。
1/10くらいしか写真では残せなくて、
しっかり魅力を伝えたいのなら
文章のほうがぜったいにいいなって思います。

奈美
幡野さんはどっちもできますよね。
幡野
いや、やっぱり苦手意識はあるよ。
自己肯定感、低いから。
奈美
そうなんですか。
幡野
書いた後に、
こんなの別に誰も読まないでしょって
ぜんぶ消しちゃうことがしょっちゅうある。
奈美
ええー! もったいない。
幡野
けっこう消すかもしれない。
つまんないなーって。
奈美
横流ししてくださいよ。
わたしがどっかでいいように使いますから。
幡野
(笑)。奈美ちゃんの文章って、
すごくおもしろいじゃないですか。
だから、写真もうまいんじゃないかって思って。
カメラも買ってたじゃん。
奈美
幡野さんと同じライカを。
幡野
そうそう、同じライカを買ってた。
文章に行き詰まることはないの?
奈美
それが、もう、
呼吸するみたいに書けるようになりました。
幡野
そうか、うんうん。
奈美
それはすごく良かったし、
書いていて楽しいし、
読んでくださる方がいることが
とてもうれしかったんですけど。
「ふつうにおもしろい。
ただ、おもしろいことを書くことに
慣れちゃっているから、
本心でおもしろいと思ってなくても
うまく料理できてしまう。
それはすごいことなんだけど、
岸田さんがほんとうに書きたかったこと、
自分を救うために書いていた
ってところからは
離れていくんじゃないか」って
指摘されたことがあったんです。
それが、まさにその通りで。
幡野
そうでしょうね、
これだけ書いていたら。
奈美
エッセイに慣れすぎてしまって、
ゼロいちでおもしろい話を書いたり、
自分の好きな物語を創造する方法が
わからなくなっています。
幡野
それは悪いことなの?
奈美
いや、悪いことではないんですけど、
あと1、2年でエッセイの限界が
おとずれるような気がしていて。
文章を書くことを辞めはしないけれど、
なんかね‥‥このままじゃ、
楽しくなくなってきちゃう気がして。
幡野
僕も写真は呼吸するように撮れちゃうし、
経験積んでいると撮れちゃうんだけど、
たまに「撮りたいものはなんですか?」って
聞かれるの。
そうすると、別にないんだよね。
写真家の人ってよく、テーマを決めて、
一つの物事を追いかけるんだけど、
僕は日常的に撮りすぎてしまってて。
奈美
海外や日本各地に行っているのは、
写真を撮りたくて行くんですか?
幡野
いや、写真は関係ないかな。
仕事柄、国内外行ってたんだけど、
住んでいる東京にしても
知らないことがまだまだいっぱいあるから、
それがおもしろい。
知らないものをどんどん見たいっていう
好奇心で行ってると思う。
奈美
なるほど。
最近、自分が書く文章に対して、
モヤモヤみたいなものがあるんですよ。
それはたぶん、数多小説を読んできた
編集者さんと対峙したり、
いろんな小説家さんの本を読んだりしたことで
葛藤がずっと続いていて。
そこでわかったのが、
私はお父さんに褒められなかった
っていうのがずっとあるんですよ。

幡野
そうなんだ。
奈美
はい。お父さんは、
「奈美ちゃんは才能がある」って
ざっくり褒めるんですけど、
じゃあわたしが絵を描いて見せても、
「なんか、もうちょっとあるんちゃう?」
とか言ってくるんです。
幡野
お父さんの望みは
相当高かったのかな。
奈美
そうなんだと思います。
当時、不動産の仕事をしていたんですが、
かなり最先端だったんですね。
新しい建築も積極的に学ぶ人だったし、
常に「もっと」って思ってる人で。
だからわたしはずっと、
「お父さんの言うとおり才能があるはずだ」
と思う一方で、
「わたしは全然ダメなんだ」と思ってしまう。
お父さんに「すごいね」って言われたいけど、
自分を好きになれないんです。
大きく見せることですごいって言われようと
しているところがあって。
幡野
大きく見せたくなるの?
奈美
はい。
だから優くんはお父さんから
こんなに褒めてもらってて、
うらやましいです。
幡野
でも、俺もざっくりとしか
褒めてないからな。
奈美
素直に褒められないときってありますか?
幡野
それはないかな。
奈美
そうですか‥‥
ますますお父さんの心境が
わからなくなっちゃいました。
愛は感じていたんですけどね。
幡野
それは時代もあるのかもね。
当時の人から見たら、
俺は相当甘いんだと思う。
奈美
そうですね‥‥
だからわたしの父は、
憧れのまま亡くなっちゃったんです。
お父さんを指標にしていたのに、
めちゃくちゃもがいていて。
でも、それが不幸せかというと、
たぶん幸せなんですよ。
今がすごく楽しいから。
幡野
そうか、そうか。
奈美
あの、幡野さんは文章の中でよく、
「いま、僕は‥‥」って
状況を書いてるじゃないですか。
幡野
ああ、はいはい。
奈美
とつぜん場所が変わったり、
「家に帰ってきました」と書かれていたり。
これって、なかなか書かへんなと思って。
それが、すっごくいいですよね。
お父さんが見ていたもの、
好きだったものを知れるヒントだから。
幡野
ああ、そっか。
そうかもしれないね。
奈美
人それぞれ物語があって、
その物語が人を救ってくれると思うんです。
だからたぶん、
お父さんは何が好きで、
何を見てきたのか、
私は知りたいんですよ。
知ったところできっと物語の真相は違っていて、
都合よく因果関係を
結ぶことになると思うんですけど、
それでも納得できる物語に出会えると
ものすごく救われるんです。
それで言うと、この本には
小さな物語がたくさん詰め込まれていて、
それがすっごくいいなと思いました。
幡野
あの、幼い頃に親族を亡くした人に
何人も話を聞いたけど、
そういう小さな物語を聞きたい
って人はすごく多いね。
奈美
そうだと思います。
幡野
だからみんな、
こういう文章を残しておくといいよね。
奈美
生き死ににかかわらず、
何が原因で疎遠になるかわからないから、
『ラブレター』を書くみたいなことは、
やっておくといいと思います。

(続いて、第三部は全員での感想戦です。)

2023-01-26-THU

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  • 写真家・幡野広志さん本『ラブレター』が
    作家・浅生鴨さんが所属する
    「ネコノス」から出版されまし
    それ幡野さんが奥さまへ宛て
    48通手紙をまとめ一冊です。

    幡野さんらしい正直な家族へ思いと、
    大切な人にしか見せない表情が
    垣間見える写真。
    何度もページを戻っり、止まっりして
    噛み締めるように読みまし
    活版印刷表紙から時間をかけて
    つくられことがわかる丁寧な一冊です。

    出版を記念して
    「family」と題し展覧会が、
    2022年7月にほぼ日曜日で開催されまし
    展覧会で特別にご用意した
    幡野さん直筆サイン入り
    『ラブレター』(数量限定)や
    オリジナルグッズはこちらからお求めいだけます。