「ハキリアリ」というアリを知っていますか?
アマゾンや中南米の熱帯雨林に生息し、
葉っぱを切り出して巣に運んで
キノコを栽培している特殊な生態のアリです。
農業をするアリとして知られるハキリアリが、
ここ10年の研究によって、なんと、
「おしゃべり」をすることがわかりました。
アリの会話なんて、ちょっと想像できませんよね。
ハキリアリの研究に没頭するあまり、
「アリ語」で寝言まで言ったという
九州大学の村上貴弘さんにインタビュー。
もしかして、アリの小さな世界の中に
人類の大きな可能性が秘められていたりして。
担当は、ほぼ日の平野です。

>村上貴弘さんのプロフィール

村上貴弘(むらかみたかひろ)

九州大学
「持続可能な社会のための決断科学センター」准教授。
1971年、神奈川県生まれ。
茨城大学理学部卒、
北海道大学地球環境科学研究科博士課程修了。
博士(地球環境科学)。
研究テーマは菌食アリの行動生態、
社会性生物の社会進化など。
NHK Eテレ「又吉直樹のヘウレーカ!」ほか
ヒアリの生態についてなどメディア出演も多い。
近著に『アリ語で寝言を言いました』(扶桑社新書)
共著に『アリの社会 小さな虫の大きな知恵』(東海大学出版部)など。
新型コロナウイルスによる緊急事態宣言期間には
Youtubeで「村上先生の理科の授業」を配信。
「正しく恐れるためのヒアリ講座」(ほぼ日)では、
特定外来生物のヒアリについて解説いただきました。

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第2回 アリの道標フェロモン

ーー
童話の『アリとキリギリス』ってありますよね。
子どもの頃から話を聞かされているせいか、
「アリ=働き者」というイメージを
インプットされている気がします。
村上
それはありそうですね。
ーー
働きアリを人間にたとえると、
働き盛りの若い男性サラリーマンを
イメージしてしまいがちですが、
村上さんの本にこう書いてありました。
「働きアリはみんなメスである」と。
村上
そう、メスなんですよ。

ーー
絵本やマンガでも、外にいる働きアリは
オスのように書かれていることが
多いと思うんです。
けれど、そうじゃないんですね。
村上
たしかに、オスが働いているように
見せている絵は多いかもしれません。
ところが、そうじゃないんですよ。
そこまで押さえて作品を作っていただけると、
ぼくもいちいち気にならなくて、
安心して見られますね(笑)。
ーー
『アリ語で寝言を言いました』を読んでいたら、
働きアリのことを忠実に
「彼女たち」と呼んでいらしたので
絶対に譲れないポイントなんだろうと思って。
村上
ああー、そうですね。
間違いなく性別は意識して書きました。
ーー
さらにいえば、
働きアリは老齢なメスが多いそうで。
村上
われわれが外で見かけるようなアリは、
たいがい老齢な個体です。
巣の中でじっとしているアリは若いです。
まあ、若いと言っても、
ぼくが研究しているハキリアリの寿命は
すごく短くて3か月ぐらいなんですけどね。
寿命については種によって
かなりばらつきがあります。
ーー
ハキリアリは短命なんですね。
村上
ですが、日本で研究している、
あまり動かないカドフシアリというアリは、
ぼくが育てた環境で
最長7年ぐらい生きたことがあります。

絵・カドフシアリ 絵・カドフシアリ

ーー
3か月と7年では、
まったく違いますね。
村上
そうなんですよ。
ハキリアリは巨大なコロニーを作るので
24時間ずっと働き続けなければならない社会です。
そうするとやはり過重労働なのか、
寿命が短くなってしまいます。
一方、あんまり働かない社会で、
ちっちゃい巣しか作らないカドフシアリは、
すごく長生きなんです。
どっちの社会で暮らしたほうが
幸せなのかなって考えてしまいますね。
ーー
アリの働き方っていうのはやっぱり、
人間の働き方になぞらえて
考えたくなってしまいますね。
村上
必死に生きて、社会が大きくなって、
とっても高度な社会が作れる。
でも、寿命を削るのがいいのだろうか。
もっとこじんまりと暮らして、
そんなに複雑な社会は作れないけれど、
みんなが平等に長生きをするのがいいのだろうか。
特にこの一年、
新型コロナウイルスが広まったじゃないですか。
無制限に社会が発展することだとか、
無限にグローバルになることが
果たして本当にいいのかなって、
みんな考えつつあるのかなと思うんです。
アリに限らず、すべての生物は進化の過程で
つねにいろいろなトライアンドエラーを
繰り返して、さまざまなポジションに
なんとか納まるんだとわかれば、
少し目線が変わって、次の世界を作るための
道標(みちしるべ)になると思います。
ーー
村上さんはアリを観察しながら、
人間社会まで考えていらっしゃるんですね。
あの、ちょうど「道標」という言葉が出ましたが
アリ用語に「道標フェロモン」がありますよね。
村上
ああ、確かにそうですね(笑)。
アリの道標フェロモンはおもしろくて、
じつは人間の役にも立っているんです。
たとえばわれわれ人間が、
目的地への最適なルートを考えるとしますよね。
ナビゲーションシステムを活用して、
いろんな場所をいかに効率的に回るかを
アルゴリズムを用いて計算しようとしても、
25か所ぐらいの地点を登録してしまうと、
指数爆発といって、スーパーコンピュータでも
解答を出せないほどの選択肢ができてしまいます。
ーー
スーパーコンピューターでも不可能。
村上
ところが、近似アルゴリズムの中で、
一番成績がいいのが、
アリの「道標フェロモン」なんです。
巣を出たアリは、自分の通った道筋に
フェロモンを分泌して地面に残します。
エサを見つけたアリは
より濃いフェロモンを出すため、
そのにおいを頼りに行列ができていきます。
道標フェロモンは時間が経つと薄くなって
消えてしまう性質を持っているので、
間違ったルートや遠回りのルートは消えていきます。
正解のルートだけアリがいっぱい通るので、
道標フェロモンが濃くなります、
というアルゴリズムが優秀なんですよ。
じつは、そのアリの道標フェロモンの
アルゴリズムを応用して
物流会社のアルゴリズムが活用されています。
ーー
へえー!
それが今の物流のシステムに、
搭載されているんですね。
村上
ほかにも、宇宙空間の衛星の軌道とかも、
じつは、アリの道標フェロモンの
アルゴリズムで計算されているんです。
ーー
アリ、すごい!
村上
優秀な数学者たちが
どんなにアルゴリズムを作っても、
まだアリの道標フェロモンで
道を探索する方法を越えられていないんです。
アリの道標フェロモンについては、
だいぶ解明されていてですね、
京都工芸繊維大学の山岡亮平先生という方が、
かなり詳細に研究しています。
ぼくがそこにプラスして考えていることとして、
アリが音を出してしゃべっているのであれば、
フェロモン+音の情報が加われば、
もっとアルゴリズムが洗練されるんじゃないかと。
ーー
さらに正確なものに。
村上
さらに人間の英知を越えた
アルゴリズムが作れるんじゃなかろうか
というふうに思っているんですよね。
迷路をいかに効率よく解くか
というクイズに関しては、
人間よりもまだアリの方が
正解に近いところにいます。
今の物流はかなり量が多いので、
仮に2%でも3%でも効率化できれば、
それだけでずいぶんエネルギーの削減になります。
となると社会変革になりますよね。
それからもうひとつ、われわれ人間は
中央集権的というか、トップダウンで
正解が下りてくるように思うんだけれども、
一人ひとりがある程度ちゃんと状況判断をして、
正解がわかるという状況が
一番いいのかなと思うんですよね。
そこもアリのシステムを見習いたいところです。
ーー
より効率のいいルートがないか、
判断しながらたどっているわけですね。
やっぱり、見習いたい存在です。
村上
だから教育という面でも
アリの動きというのは
大事なのかなって思いますね。

(つづきます)

2020-09-18-FRI

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