外出自粛暮らしが2ヵ月を過ぎ、
非日常と日常の境目が
あいまいになりつつあるようにも思える毎日。
でも、そんなときだからこそ、
あの人ならきっと「新しい思考・生活様式」を
身につけているにちがいない。そう思える方々がいます。
こんなときだからこそ、
さまざまな方法で知力体力を養っているであろう
ほぼ日の学校の講師の方々に聞いてみました。
新たに手にいれた生活様式は何ですか、と。
もちろん、何があろうと「変わらない」と
おっしゃる方もいるでしょう。
その場合は、状況がどうあれ揺るがないことに
深い意味があると思うのです。
いくつかの質問の中から、お好きなものを
選んで回答いただきました。

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仏文学者であり、
また、合気道師範として凱風館を主宰する
武道家でもある内田樹さんは、
日頃から身体性を強く意識なさっている方です。
その大切な身体を脅かす新型ウイルスが蔓延するなか、
どう暮らしてこられたのでしょうか。
そのなかから生まれる思想にも興味がわくところです。
返ってきたお答えは、
文学と身体性をバランス良く滋養とされてきた
内田さんらしいものでした。
そして、先日、「橋本治をリシャッフルする。」
初回講義で橋本治さんという類まれなる才能について
愛情を込めて語ってくださった内田さんには、
「橋本さんがご存命だったら、
この状況をどうご覧になっていたでしょうね」
という質問も投げかけてみました。
そのお返事もあわせて、お読みください。

●天変地異のときの「心の使い方」

——
前例のない日々のなか、どんなことを考え、
何をなさっていますか?
内田
もともと「家から出ない」人間で、
外に出たのは、朝ゴミ出しに行っただけ……
というようなことがしばしばあるので、
緊急事態宣言下でも、
生活は基本的にはこれまでとそれほど変わりません。
講演や対談や会議がなくなって、
スケジュールがぽっかり空いたので、
ひさしぶりにゆっくりと休養しています。
原稿を書き、溜まった未読の本を読んでいます。
——
どんな本を?
内田
この間、あちこちから
「こういうときはどんな本を読んだらいいですか?」
という質問を受けました。こういうときは
古典を読むのがいいですとお答えしています。
ダニエル・デフォーの『ペスト』は、
今ではないときに読んだら、
ただの遠い国の遠い時代の記録だったでしょうけれど、
今読むとリアリティーが格段に違います。


『ペスト』ダニエル・デフォー(中公文庫 1,320円)

内田
鴨長明『方丈記』も、飢饉、大火、大風、
疫病……と、ありとあらゆる天変地異の記録ですが、
そういうときの心の使い方を教えてくれます。
——
新たに始められたことはありますか? 
内田
オンラインで対談をしたり、ゼミをしたりしています。
対談はやはり対面の方が楽しいですが、
ゼミは遠隔地や海外からも受講できるので、
便利さが「隔靴掻痒」感を上回っています。
ですから、緊急事態が解除されても、
希望者はゼミをオンラインで
受講できるようにしておくつもりです。

●心身の変化をていねいに観察

——
「守っていかなくてはいけない」と
改めて思われたことはありますか?
内田
できなかったのは合気道の稽古です。
これまで家から出ないで済んだのは、
2階から階段をおりると道場なので、
そこで毎日稽古ができたからです。
合気道は密集・密着ですから、
県内で感染者が発生した時点で休館したため、
3カ月近く、まともに稽古できませんでした。
(追記)
 緊急事態宣言解除を承けて
 凱風館は稽古を再開しましたが、
 休館は結局7週間にわたりました。

かつての練習風景(写真:光嶋裕介建築設計事務所) かつての練習風景(写真:光嶋裕介建築設計事務所)

内田
稽古ができなくなって、若い頃だったら、
エネルギーを持て余して、走り回ったり、
剣杖を振り回したりしたでしょうけれど、
さすがに古稀となると、そういうこともありません。
休館中は毎朝、道場でのお勤めの後に、
養生法と呼吸法をして、全身を点検していました。
今回のCOVID-19は、感染した後に症状が出ないで、
その時期に感染源となるという
やっかいなウィルスですから、
本人が体調の変化を感知できないと
困ったことになります。
もちろん毎日検温し、血圧と血中酸素濃度を
計るようなデジタルな計測はしていましたけれど、
もっと微細な変化を感知できないといけないので、
休館中はふだん以上に
心身の変化をていねいに観察していたと思います。
今後も、感染の第二波・第三波が予測されていますので、
自分の心身の変化を仔細に点検するという
生活習慣は続くと思います。
外出自粛も個人的には続くと思います。もともと
「武士は用事のないところには出かけない」と
師匠から繰り返し教えられてきました。
柳生宗矩(やぎゅう むねのり)の『兵法家伝書』にも
「機を見る心」のたいせつさを説いた中に
「機を見ざればあるまじき座に永く居て、
故なきとがをかふゞり、人の機を見ずしてものを云ひ、
口論をしいだして、身を果たす事、
皆、機を見ると見ざるにかゝれり」とあります。
いなくてもいい場所にいて、
言わなくてもいいことを言って
死んだやつが多いよという話です。
僕も久しくこの教えを拳拳服膺(けんけんふくよう)して、
できるだけ家から出ない、
人に会わないようにしてきましたが、
コロナのせいでその傾向がさらに強化されそうです。

●「怠慢を正当化するロジック」の点検を

——
コロナ禍が去ったときに
「忘れてしまいたくないこと」は何ですか?
内田
感染症は間歇(かんけつ)的に広がります。
2002年のSARS、09年の新型インフルエンザ、
12年のMERS、20年の新型コロナと続いています。
ウィルス自体は「未知」のものですが、
感染症対策の手順は既知のもので、決まっています。
感染症対策のためのセンターを作って
そこに権限と情報を集中すること、
医療資源の備蓄を十分にしておくこと、
感染症専門の医療人を育成しておくこと、
それくらいです。
「やるべきこと」はわかっていたのに
「やらなかった」せいで感染が広がりました。
危機管理ができていなかったということです。
忘れていけないのはそのことだと思います。
「しなければいけないこと」がわかっていながら、
なぜそれをニグレクトしたのか。
その「怠慢を正当化したロジック」を
点検して修正しないと、
これからも同じことの繰り返しになります。
——
橋本治さんがご存命だったら、
この状況をどうご覧になっていたでしょうか。
内田
橋本治さんがご存命であったら……
橋本さんは重篤な基礎疾患がありましたから、
家にこもって、ここを先途と
原稿を書きまくっていたんじゃないかなと思います。
この状況については、
「これでグローバル資本主義の終わりが
早まったんじゃないの。あとがどうなるかなんて、
わたしは知らないけどさあ。
こんなもん早く終わってよかったんじゃないの」
なんて言いそうな気がしますね。

プロフィール

仏文学者、武道家。神戸女学院大学名誉教授。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。主著に『ためらいの倫理学』『レヴィナスと愛の現象学』『日本の身体』『街場の戦争論』ほか多数。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞受賞、著作活動全般に対して伊丹十三賞受賞。最新刊は『サル化する世界』。

(つづく)

2020-06-04-THU

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