家で過ごすことが増えたいま、
充電のために時間をつかいたいと
思っていらっしゃる方が
増えているのではないかと思います。
そんなときのオススメはもちろん、
ほぼ日の学校 オンライン・クラスですが、
それ以外にも読書や映画鑑賞の
幅を広げてみたいとお考えの方は
少なくないと思います。
本の虫である学校長が読んでいる本は
「ほぼ日の学校長だより」
いつもご覧いただいている通りですが、
学校長の他にも、学校チームには
本好き・映画好きが集まっています。

オンライン・クラスの補助線になるような本、
まだ講座にはなっていないけれど、
一度は読みたい、読み返したい古典名作、
お子様といっしょに楽しみたい映画や絵本、
気分転換に読みたいエンターテインメントなど
さまざまな作品をご紹介していきたいと思っています。
「なんかおもしろいものないかなー」と思ったときの
参考にしていただけたら幸いです。
学校チームのメンバーが
それぞれオススメの作品を
不定期に更新していきます。
どうぞよろしくおつきあいください。

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no.38

『古事記』橋本治

エンターテインメントの源流


『古事記(21世紀版・少年少女古典文学館1)』

橋本治 講談社 1540円

『古事記』は712年、 太安万侶 おおのやすまろ によって、
元明天皇に献上された日本最古の書物です。
この連載3回めで、万葉集の母ともいうべき
『持統天皇』のことを書いたのですが、
『古事記』の父といえば、持統の夫、天武天皇です。
そして、元明天皇はこの夫婦から見ると「嫁」の立場。
『古事記』は、上中下三巻からなっていますが、
上巻が神々の話、あとは初代神武天皇から
33代推古天皇まで天皇家の物語になります。
現在、研究者の間で立場を超えて
実在が間違いないとされているのは
第26代継体天皇と言われていますから、
この書物が完成した時は、令和の今でいえば、
「昭和まで書いときました」みたいな、
わりと最近までの歴史が書かれていたことになります。

この本は、橋本治さんの「あとがき」を、
「まえがき」として読まれることをお勧めします。

「そうか、大昔の日本人は、
そういうふうに感じていたんだなァ。」
というようなことがわかっていただければと思い、
神様しか出てこない ﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅ 神話の『古事記』を、
私はここに書きました。

どうやって自分たちの住む世界ができたのか、
「むこうの世界」には何があるんだろうと、
太古の日本列島人が、空想や想像、
妄想を言い伝えて来た神話です。
ご先祖様は、大変なストーリーテラーです。
橋本さんはその上巻だけを書いたのです。
神話が支配者の歴史につながっていくところは、
ちょっとまたあとで、ということで。

橋本版『古事記』上巻を読んでみて、
イザナキ・イザナミ夫婦の国生みと神生み、
アマテラスと天の岩屋戸、スサノオの 八俣の大蛇 やまたのおろち 退治、
オオクニヌシと因幡の白うさぎのお話などは、
子供絵本の世界だけではなく、還暦を過ぎた僕でも、
いや、だからこそ面白かったです。
純愛、夫婦愛、浮気、妬み、欲望ドロドロ、
権力と領土奪い合いの虚々実々の駆け引き、
ホラー、SF、追跡劇、暴力、戦争……
まさにエンターテインメント!
それがみ〜んな日本の神様なんですからね。
そして、日本の神話では、不思議なことに、
いつのまに神様が人間として暮らしはじめるんですよ。

「わたくしは、太安万侶と申します」から始まる
「序」を、橋本治さんは「ちゃんと読んで欲しい」と
どっかで述べていた記憶があります。
読んだらわかります。
とても誠実な人だと思います、やすまろ君。
会ったことはないけど。
『古事記』とはどういう書物であるのかを
正直に書いてくれています。
ちゃんとその時代の産物である、
その時に必要とされた「偉大な」天皇家の
ファミリーヒストリーだということを教えてくれます。

ところで、『古事記』で僕は、すっかり
オオクニヌシ 大国主神 のファンになったのです。
人間臭い神様のスーパースターです。
昨年、村井康彦さんの『出雲と大和—
古代国家の原像をたずねて』
(岩波新書)を読んで、
出雲とオオクニヌシに興味が湧き、
訪れた神社に出雲系の神様が祀られていると、
ちょっとうれしくなるようになってしまいました。
また、あらためて、オオクニヌシの巨大な器量、
人間的、いや神様的魅力に触れて、さらに俄然
大和じゃなくて出雲サイドを
応援したくなってしまいました。

ところで、最近、思わぬ本に『古事記』を発見して
びっくりしました。
国立遺伝学研究所の斎藤成也教授による
『核DNA解析でたどる 日本人の源流』です。
出雲地方出身者のDNA分析や言語、音韻研究から、
「彼らは 国津神 クニツカミ の子孫ではないかと
思うようになった」というのです。
国津神とは、高天原から降臨してきた
天津神 アマツカミ (=ヤマト)に降伏し、
国を譲る出雲の神様オオクニヌシを代表とする
土着の神様のことです。もちろん現在の出雲の人々が
神様の子孫だという訳ではなくて、
この神話を日本列島に渡来してきた人間の順番、
段階論として読み解くことができるというのです。

『古事記』の世界は、映画にも影響を与えています。
たとえば、海サチビコと山サチビコという兄弟の話は、
『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』
(1966年東宝)という特撮映画の題材になってます。


「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ
【東宝DVD名作セレクション】」
DVD発売中
発売・販売元:東宝

海の怪物ガイラと山の怪物サンダは、
フランケンシュタインの細胞を受け継いだ兄弟です。
兄弟想いではあったが、人間にも優しいサンダは、
人を喰うガイラの凶暴性を諌め、
やがて対立し戦うようになるのです。
この映画は、諫山創さんの『進撃の巨人』はじめ、
国内外のクリエイターに刺激を与えたようです。
『古事記』では、意地の悪い乱暴者の
海サチビコが山サチビコに敗れる展開になります。
どっちも「山」側がエエもんですね。
それもそのはず、山サチビコの孫4人の中の一人が、
カムヤマトイワレビコ、後の初代天皇の神武なんです。
神様から知らん間に人間として
暮らすことになるお方です。

それをいったら、
キングギドラも八俣の大蛇の……もう、十分ですか?

(つづく)

2020-06-09-TUE

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