家で過ごすことが増えたいま、
充電のために時間をつかいたいと
思っていらっしゃる方が
増えているのではないかと思います。
そんなときのオススメはもちろん、
ほぼ日の学校 オンライン・クラスですが、
それ以外にも読書や映画鑑賞の
幅を広げてみたいとお考えの方は
少なくないと思います。
本の虫である学校長が読んでいる本は
「ほぼ日の学校長だより」
いつもご覧いただいている通りですが、
学校長の他にも、学校チームには
本好き・映画好きが集まっています。

オンライン・クラスの補助線になるような本、
まだ講座にはなっていないけれど、
一度は読みたい、読み返したい古典名作、
お子様といっしょに楽しみたい映画や絵本、
気分転換に読みたいエンターテインメントなど
さまざまな作品をご紹介していきたいと思っています。
「なんかおもしろいものないかなー」と思ったときの
参考にしていただけたら幸いです。
学校チームのメンバーが
それぞれオススメの作品を
不定期に更新していきます。
どうぞよろしくおつきあいください。

前へ目次ページへ次へ

no.37 

『アンのゆりかご』


村岡恵理 

戦火の中で児童書を
訳しつづけた

翻訳家の希望


『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』
村岡恵理 新潮文庫 825円

翻訳というのは、誠に尊い仕事です。
翻訳してくれる人がいなかったら、
『やかまし村の子どもたち』だって
『モモ』だって『楽しいムーミン一家』だって
『飛ぶ教室』だって読めなかったのです。
その存在さえ知ることがなかったかもしれません。

でも、翻訳ってどんな仕事なのか?
単語の意味をとれば文章が読めて
文脈がわかる——とてもとても
そんなものではないことは、
シェイクスピア講座オンライン・クラスの
松岡和子さんの授業を見ていただければ
おわかりいただけるはずです。
400年前に書かれたシェイクスピアの言葉、
そのひとつひとつの意味を理解し、
それが本当に意味することを把握し、
かつ、隠された意味合いまで思いを致し、
腑に落とした上で、
最も適切な日本語に置き換えていく。
シェイクスピア全作品完訳まで
あと少しという大ベテランの松岡さんでさえ
「難しい」「悔しい」とおっしゃりながら
英語と日本語とを、そして
英語的思考と日本語的思考をつなぐ作業を
日々重ねていらっしゃいます。

前職で新潮文庫編集部にいたとき、
ひとつの目標が『赤毛のアン』でした。
半世紀を超えて読みつがれる作品、
編集者として、そんな本を担当したいと
ずっと考えていました。
ただ、当初は、「大人も子供も楽しめるいい本」
くらいにしか考えていませんでした。
不明を恥じるばかりです。
認識を大きく変えたのは、
この『アンのゆりかご』を読んで、
訳者・村岡花子さんが、どんな時代に
どんな心意気でこの本を訳出したのかを
知ってからのことでした。
村岡さんと『赤毛のアン』への
敬意をさらに深めました。

2014年NHK朝の連続テレビ小説
「花子とアン」をご記憶でしょうか。
冒頭、安東はな(村岡花子)は空襲を受ける
東京の街の中を必死の形相で走っていきます。
その胸にしっかりと抱かれているのは、
風呂敷に包まれた翻訳原稿。
「戦争が終わったらこの本を
日本の少年少女たちに」と
カナダ人教師から託された原作
『アン オブ グリン ゲイブルズ』を、
戦時中、出版のあてもなく訳しつづけたのです。
もちろん「敵性語」ですから、
見つかれば処罰されます。

村岡花子訳の『赤毛のアン』とあわせて
ぜひお読みください。
すべての翻訳家に感謝したくなります。

(つづく)

2020-06-08-MON

前へ目次ページへ次へ