家で過ごすことが増えたいま、
充電のために時間をつかいたいと
思っていらっしゃる方が
増えているのではないかと思います。
そんなときのオススメはもちろん、
無料公開中の
ほぼ日の学校オンライン・クラスですが、
それ以外にも読書や映画鑑賞の
幅を広げてみたいとお考えの方は
少なくないと思います。
本の虫である学校長が読んでいる本は
「ほぼ日の学校長だより」
いつもご覧いただいている通りですが、
学校長の他にも、学校チームには
本好き・映画好きが集まっています。

オンライン・クラスの補助線になるような本、
まだ講座にはなっていないけれど、
一度は読みたい、読み返したい古典名作、
お子様といっしょに楽しみたい映画や絵本、
気分転換に読みたいエンターテインメントなど
さまざまな作品をご紹介していきたいと思っています。
「なんかおもしろいものないかなー」と思ったときの
参考にしていただけたら幸いです。
学校チームのメンバーが
それぞれオススメの作品を
不定期に更新していきます。
どうぞよろしくおつきあいください。

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no.23

『サガレン』


梯久美子

乗り鉄も、廃線ファンも、
賢治ファンもうれしい。


『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』
梯久美子 KADOKAWA 1700円

万葉集講座第9回講師として、『昭和万葉集』
語ってくださった梯久美子さんは、
『散るぞ悲しき 硫黄島指揮官・栗林忠道』で
大宅壮一ノンフィクション賞、
『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』で
講談社ノンフィクション賞などを受賞した
ノンフィクション作家。
綿密な取材と歴史的資料に裏打ちされた
重厚な作品をいくつも発表してこられました。

そんな梯さんの最新作『サガレン』は、
梯さんらしい現地取材と文学的思索に満ちた
すばらしい紀行文ですが、
これまでの作品ではあまり見られなかった
梯さんのユーモラスな側面が見える
とても楽しい一冊です。何度も笑いました。

サガレン――幾度も国境線が変わるなか、
さまざまな名で呼ばれたサハリンの呼称のひとつです。
梯さんがこの呼び方をつかったのは、
ここを旅した宮沢賢治がそう呼んでいるから。


賢治もここを走る列車に乗った 
梯久美子さん撮影

まずは梯さんの記述に従って、
この島の歴史を簡単におさらいしておきましょう。
北海道の北側に位置するサハリンは、
1854年に日本とロシアの間で
日露和親条約(下田条約)が結ばれたとき、
帰属があいまいにされたまま日ロの雑居状態でした。
その後、1875年の樺太千島交換条約で
サハリン全島をロシアが、千島列島を日本が
領有することになりましたが、
日露戦争後の講和条約(ポーツマス条約)で
サハリンの南半分(北緯50度以南)の領有権を
日本が手にいれます。
これによって北緯50度線で日本とロシアは
地続きに国境を接することになりました。
そして1945年、太平洋戦争終結の直前に
ソ連軍が国境を越えて全島を占領。
1951年のサンフランシスコ講和条約で、
日本は樺太・千島の領有権を放棄したものの、
この条約にソ連が参加していなかったため、
国際法上、サハリンの帰属は
厳密にいうと今もまだ確定していないのです。
日本の高校で使われている地図帳では、
サハリンの北緯50度以南は白地だそうです。
とはいえ、サハリンに行くには、
特例をのぞいてはビザが必要ですし、
ユジノサハリンスクには日本総領事館がありますから、
実際にはロシアの施政下にあることを
日本政府も認めているのですが。


ホルムスク(真岡)に残る王子製紙の工場
梯久美子さん撮影

そのサハリンに梯さんが2度の取材にでかけます。
「愛唱歌は『さらばシベリア鉄道』」という梯さん、
鉄道に乗るのも大好きなら、廃線を歩くのも大好き。
最初の取材は、サハリンを2/3ほど縦断する
613キロの寝台特急の旅です。これが第一部。
鉄道旅への愛着、同行する編集者・柘植青年との
とぼけたやりとり、旅行代理店の謎の担当A氏、
お目当ての廃線につくや、線路の幅を測るために
「ドラえもんのポケットのようだ」と驚かれる
カバンから取り出される「巻き尺」、
一見強面でロシア語しか解さないドライバー……
楽しいエピソードが満載です。

とはいえ、梯久美子さんの旅ですから、
もちろん風景描写や旅の記録だけではありません。
寝台急行の規則正しい走行音を聞きながら、
コンパートメントで読むのは、林芙美子の
『下駄で歩いた巴里(パリ)』の中の「樺太への旅」。
林芙美子の描写とちょうど列車が走っている場所の
一致に胸をときめかせる一幕もあります。

そして、この本のハイライトが第二部。
1923年7月31日から8月11日までの12日間、
岩手県の花巻からサガレンの栄浜まで旅した
宮沢賢治の足跡を辿った2度目のサハリン旅行です。
最愛の妹を病で失った宮沢賢治にとって、
傷心からの再生の旅でした。
そして、『銀河鉄道の夜』のベースになった
旅でもありました。
梯さんは、サハリンを旅しながら、
道中に書かれた賢治の詩を読み解き、
歴史資料を丹念にひもときながら、
賢治が探し求めたもの、
宗谷海峡を越えるときの暗闇での魂の叫び、
サガレンでみつけた光のようなものを
追いかけていきます。
現地の雄大な景色を前にして、
梯さんが賢治の心の動きを感じるプロセスは
読んでいて本当に気持ちの良いものです。


『銀河鉄道の夜』の「白鳥の停車場」の
モデルになったとの節がある白鳥湖 
梯久美子さん撮影

最後に梯さんは、賢治が樺太を旅した直後に
書いたと推測される物語の一節を引用します。
「大きな勇気を出してすべてのいきものの
ほんたうの幸福をさがさなければいけない」
賢治がこの境地に至るまでの心の旅、
梯さんといっしょに辿ってみませんか?

(つづく)

2020-05-19-TUE

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