「土」という、少し地味にも思われがちな（失礼！）
分野で、いくつものベストセラーを出されている
土の研究者、藤井一至先生。
実は「ほぼ日の學校」では既に、インタビュー形式で
土の面白さをたっぷりお話しくださっているのですが、
今回、糸井重里との対談というかたちで、
土について、また本作りや研究のことについて、
さらにいろいろ教えていただきました。
というのも藤井先生の本、すごいんです。
「カルピスの原液をさらに濃縮したような」内容で、
専門的な土の本でありながら、土以外の話もどんどん登場。
こんな本を書けてしまうって、一体どんな方？
そのあたりが気になる糸井重里が、先生の考え方や
その膨大な好奇心について、じっくり聞いていきました。
そうして見えてきた藤井先生という人は、
土の世界を広げるチャレンジャー？
この日も「えっ、こんな方向から？」と
思うような話を交えつつ、
土への見方が変わるお話をたくさんしてくださいました。
あなたもここから、土の面白さに目覚めませんか。
藤井一至（ふじい・かずみち）
土の研究者。
1981年富山県生まれ。
福島国際研究教育機構 土壌ホメオスタシス
研究ユニットリーダー。
京都大学農学研究科博士課程修了。博士(農学)。
京都大学研究員、日本学術振興会特別研究員、
国立研究開発法人森林研究・整備機構
森林総合研究所主任研究員を経て、現職。
インドネシアの熱帯雨林から
カナダ極北の永久凍土まで
スコップ片手に飛び回り、土の成り立ちや
持続的な利用方法を研究している。
第一回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)、
第三十三回日本土壌肥料学会奨励賞、
第十五回日本農学進歩賞受賞、
第三十九回とやま賞、
第二十七回日本生態学会宮地賞、
第九回World OMOSIROI Award受賞。
著書に『大地の五億年
─土とせめぎあう生きものたち』（山と渓谷社）、
『土 地球最後のナゾ─100億人を養う土を求めて』
（光文社、第七回河合隼雄学芸賞受賞）、
『土と生命の46億年史─土と進化の謎に迫る』
（講談社、第四十一回講談社科学出版賞受賞）など。
「ホンマでっか!?TV」、
「１億人の大質問!? 笑ってコラえて!」、
「クレイジージャーニー」
などの出演歴がある。
- 藤井
- いま僕、思いつきで
「火星や月で土を作るには、どうしたらいいんだろう？」
ということをやってるんですけど。
- 糸井
- そんなことまでされてるんですか。
- 藤井
- はい。だけどそれをやってたら突然、
環境倫理の専門家から
「そんなふうに火星に新しい微生物を
持って行くのは倫理違反です！」
みたいな指摘があったり。 - あるいは
「藤井さんは地球の土をよくしてくれると
思ってたのに、月や火星に行くなんて裏切り者！」
といった反応もあって。
いろんな考えがあるんだなと思うんですけど。 - 僕は宇宙で土をつくれたら、それはさっきの
インドネシアの荒れ地のような場所とか、
地球上でいくらでも応用できるかなと思ってて。
「そういうフィードバックもあり得るぞ」
と思いながらやってるんですけど。
- 糸井
- それはありそうですよね。
- 藤井
- いま、そんなふうに、いろんな人が
すぐ対立してしまう感じがあって。 - たとえば地球なら、生き物が大好きな人たちが
「農家は生産ばかり考えてて、
生き物の多様性を考えてない」と批判する。
そしたら農家の人が
「お前らただの生き物マニアじゃねえか。
俺たちは生産が大事なんだ」と反論をはじめたり。 - そういう
「人間中心VS.生き物中心」「人間VS.非人間」
みたいな、主義の異なる人のあいだの対立が
よく起きてるわけですけど。
- 糸井
- ええ。
- 藤井
- だけどこれ、どちらも
「どの生き物を大事にするか」という発想の、
生き物間の対立なんですね。 - そのとき仮に火星や月からの視点で考えて、
「じゃあ火星にほかの生き物はいないから、
そういう星は滅茶苦茶にしていいですか？」
と問いかけてみると、
「それもちょっと違う気がする」とかの反応が
帰ってくると思うんですね。
- 糸井
- ああ、なるほど。
- 藤井
- つまり、いままでって
「どの生き物に対して倫理を考えるか」で
揉めてたわけです。 - でもみんなが火星の視点まで持つようになると
「あれ、まだ生き物のことで揉めてるの？
生き物がいない火星視点の俺たちだって、
この星を守らなきゃって思ってるんだけど。
まさか君たち、生き物中心主義‥‥！」みたいな。 - そういう倫理まで登場しはじめると、
もともとの喧嘩がちっちゃく見えたり
するじゃないですか。 - だからそこで揉めていた人たちが
「そうか、ごめん。
俺たちこんな小さなことで喧嘩してた。
農家がどうとか言ってる場合じゃなかった」
とかなってくれたらいいなと思ってて。 - 世界が広がって、視野が広がることで、
みんなが救われる瞬間って、実際よくあるんですよね。
- 糸井
- 藤井さんみたいな、
あっちこっちの分野に手を出してる人は、
やっぱりとがめられる回数も多くなるんですか？
- 藤井
- 多いかはわからないですけど、
とがめられることはありますね。 - ただ僕は土のことをやっていて、
土という分野って日本の社会や世界において
マイノリティだと思うから、
土を大切にしたいと思っている人たちの中で
喧嘩が起こるのが嫌なんです。 - 俺たちの敵は外。
いや、それも敵じゃないかもしれないけど、
「アピールしなきゃいけないのはあっちだからね？
ここで揉めてる場合じゃないよ」と。 - でも人って実際、
「化学肥料を撒くか撒かないか」
「有機肥料を撒くか撒かないか」
とかで、いくらでも揉めるんです。
- 糸井
- 対立してること、多いですよね。
- 藤井
- だけどそれ、喧嘩しようと思えばいくらでも
できちゃうんです。
「有機肥料しかダメだ」「どっちも撒くよ」
「いや、どっちもダメだ」という人が
それぞれにいて、みんなどんどん喧嘩できる。 - そのとき僕がたとえば
「誰も否定しません」みたいな立場を取ると、
「あいつは煮え切らない！」って
それがまた批判されたりもするし。 - でもこういう対立って、正直、不毛なんです。
一番大事なことは土を見て
「どんな作物を、どんな目的で、あなたが育てたいか」
ということのはずですから。 - そことちゃんと向き合ったら、選択肢はまあ、
それぞれが好き嫌いで選べばいい世界。
もちろん環境負荷とかを少ないようにしながら、
それぞれ考えてくれたらいいなと思いますけど。
- 糸井
- そうですね。
- 藤井
- そのとき考えるべきことって、
「どれが正しいか」みたいな原理主義じゃなくて、
まず「相手のこと、見えてますか？」じゃないですか。 - いろんなことって、そこからだと思うんですよね。
教育にしたって
「うちの子に、どのナントカ教育がいいのかしら？」
以上に、まず、目の前にいる子どもと
向き合うことからはじまるじゃないですか。
- 糸井
- いまってみんなが「おおもとは何だ？」とか、
原理のことを問いかけ合いすぎてるんじゃないか、
とは僕もよく思うんです。 - だけど藤井さんのお話はいつも、
目の前にある野菜の作り方とかで
「また失敗しました、それが悩みの種です」みたいな。
具体的なことだからこその面白さもあるし。
- 藤井
- でもこれ、ちょっと別の話になるかもですけど、
僕は野菜作りって、できるなら、
育てるときに絶対一回失敗したいんです。
- 糸井
- 絶対失敗したい（笑）。
- 藤井
- 失敗すると「あ、これがダメだったのか」とかから、
ギリギリのところがわかるので。
- 糸井
- ああー。
- 藤井
- 昔、羽生善治さんが特に絶頂期のときに、
「羽生さんの攻めはいつも切れてる」とか
よく言われていたんです。 - 羽生さんはギリギリの攻め方をしてて、
「あ、この攻め、もう続きませんよ‥‥」
みたいなところで、ほそーいほそーい糸を
たぐり続けるんです。
だから一見、切れてるようにも見える。 - でも、実はそれが一番の最善手だったりもして。
つながるかつながらないかのところを
最後になんとかつなげるのが、
一番勝ちやすい方法だったりするわけです。 - だから当時、羽生さんはいろんな人から
「あんな攻め方じゃダメだ。筋が悪い」
とか言われてましたけど、実はちゃんと
そのギリギリをやってたんですよね。
- 糸井
- そっか。
- 藤井
- そういう発想で、僕の野菜作りも、
失敗するかしないかのギリギリを
やっていけたらと思っているんです。
境界線がわかると、輪郭がはっきりしてきますから。 - そのあたりをちゃんとやっていくプロセスって、
農業とか関係なく大事で。
そういう経験を積んでいくと
「ここはもう肥料やらなくていいな」とか、
いろんなことが見えてくるんです。
それはギリギリのラインから
だんだん見極めていくからこそ、
わかることだったりしますね。
- 糸井
- 失敗しないと、次にいかないですね。
- 藤井
- そうなんです。どこがラインかをわからずに
適当に成功を繰り返してるだけだと、
前に進めないんですよ。
- 糸井
- 実際の仕事でも
「ここは失敗するまでやってみないといけないな」
と思うことって多々あって。 - だから会社というのも
「これは失敗するかもしれないけど、
そのままやらせとこう」だらけですよ。
で、「あ、やっぱり失敗したな」っていう。
その中でいろいろ気づきがあって。
もちろん、できるなら失敗しない方が
いいとは思いますけど。
- 藤井
- そこは「失敗してしもうた」っていう。
その経験によってわかることって、たぶん多いですよね。 - まあ、僕はまともな社会人じゃないから、
自分のやってるやりかたがほかの仕事に
通じるかどうかはわからないですけど（笑）。 - ひとまず僕の場合は
「失敗談を集めた家庭菜園の体験を書いてほしい」
みたいな話がよくあって、
そういう記事はけっこう書いてますね。
（つづきます）
2025-08-05-TUE
-
土と生命の46億年史
─土と進化の謎に迫る藤井一至 著
藤井一至先生の最新刊がこちら。
現代の科学技術をもってしても作れない
二つのもの、「生命」と「土」。
その生命は、じつは土がなければ
地球上に誕生しなかった可能性があるという。
そして土は、動植物の進化と絶滅、
人類の繁栄、文明の栄枯盛衰にまで
大きく関わってきた。
それなのに我々は、
土のことをほとんど知らない。
無知ゆえに、人類は繁栄と破滅の
リスクをあわせ持つこととなった。
そもそも、土とは何か。
どうすれば土を作れるのか。
危機的な未来は回避できるのか。
謎に包まれた土から、
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