前へ目次ページへ次へ

vol.1 最初の箱を開ける。

たしかにぼくは落花生が好きで、
しばしば周囲へ落花生好きを公言しているうえに
何度か落花生についての原稿も書いたりしている。

だから、まあ、永田といえば落花生だと、
ピーナッツといえば永田だと、
そういうふうに、からかい気味に扱われるのも
これはまあ、しかたがないと思っている。

しかし、だからといって、
「おいしそうなナッツがあるから
食べて原稿を書いてください」と言われても困る。

たしかにぼくは落花生については多少の蓄積がある。
千葉産、とりわけ半立と呼ばれる種類の
コクと甘みと香ばしさが好きで、
同じく千葉産で近年開発された「Qなっつ」も
なかなかいけると思っている。
‥‥などということは語れるものの、
アーモンドはどういうものがおいしくて、
カシューナッツの産地はここに限る、
みたいなことが語れるわけではまったくない。

それで、同僚の杉山さんが、
ナッツの箱を抱えて、
このナッツはたいへんよいものなので
ぜひ食べてなにか原稿を書いてくださいと
言ってきたときも、
いや、そもそもぼくは
落花生が好きなのであってナッツの類は‥‥
などと言いかけたわけであるけれども、
大量の仕事をどんどんジャカジャカ
片付けることで知られる杉山さんは終わりまで聞かず、
はいはい、いいから書いてください、
締め切りはだいたいこのくらいですお願いします、
というふうに要点を告げてすぐに場を去ってしまった。

というわけで、手元に残ったのは、
たいへん雰囲気のある緑色の箱が4つ。
それぞれに、ナッツがぎっしり入っている。
なんだか選択肢はなさそうなので
ぼくは週末それを持ち帰り、
つぎつぎに開けて食べてみたというわけである。

以上を大きな前段のかたまりとして、
なにが言いたいかというと、
グルーヴィーナッツさんのナッツボックス
こうして紹介するにあたり、
ぼくはたいへんフラットな状態であったということだ。
純粋に、どれどれ? という感じで、
ほとんど前情報もなくぼくは箱を開けた。

杉山さんはナッツの箱に4つの番号をふっていた。
つまり、この順番に食えということらしい。
もとより受動的な関わりであるから、
ぼくはいわれたまま食うことにした。

最初の箱には
「まずはこれを食べてみて! たのしみ展セット」
と書いてある。うさぎを追って
不思議の国に迷い込んだアリスよろしく、
「私を食べて」のメモにしたがって食べることにする。

ぱかっとふたを開けると
内部は6つに区切られていて、
それぞれに違ったナッツが入っているようだ。
左上から食べるのが順当な気がする。

記念すべき最初のナッツは
「殻付きアーモンド」であった。

さて、ぱかっとふたを開けておきながら
さっそく脱線して恐縮だけれど、
人は「殻をむく」という行為をうとましく感じる。
殻をむく人は、殻をむいて食いたいからむくのであって、
殻をむくことそのものが好きな人はおそらくあまりいない。

それをぼくは落花生の殻を割りながら食うたび実感する。
どんなにフレッシュでクリスピーな落花生でも、
殻のままあった場合、人はそれをあまりつままない。

しかし、これをぼくが割り、渋皮ととって、
いわゆる「ピーナッツ」のつるんとした状態にして
皿に移したりすると、
うちの家族などはてきめんに食べる。
なんなら、むいた端から食べる。ぽりぽり食べる。
ゴンベが種まきゃカラスがついばむ、
というくらいにぱくぱく食べる。

なら最初からむいた状態の
ピーナッツを買えば済むかというと、そう簡単ではない。
言わせてもらえば、コクも甘さも香ばしさも、
殻付きの落花生をむいて食うのがいちばんである。
おそらく果物や甲殻類もそうだと思う。
むいて食うのは面倒くさいが、
むいて食うほうがうまいのである。
これを「ナッツのジレンマ」といま名付けた。
世界中でつかわれてほしい。

さて、話を戻して、箱の第一区画に
殻付きのアーモンドを見つけたとき、
ぼくの興味は俄然高まった。
上に記した脱線の逆説として、
ああ、この殻付きはうまいぞ、とぼくは思った。

袋から取り出し、殻付きのそれを手にとる。
ふむ、ほとんどの殻がすでに裂けていて、
割るのはさほど手間ではなさそうだ。
殻を左右へ押し開くように割って、
なかにあるアーモンドをかじる。

ほーら、ほらほら、おいしいじゃないか。
ああ、これはいいじゃないか、うんうん、
と思った瞬間に、ナッツは半分になった。
いいナッツというのはどういうわけか
すぐに量が半分になってしまうものである。
その自分の消費速度にまずぼくはへえと驚いた。

というのも、アーモンドというのは、
ボクシングのパンチでいうとストレートのようなもので、
ビシッと撃ち抜くためには欠かせないが、
頻繁に繰り出すものではないという偏見がぼくにはあった。
しかし、どうだ。このアーモンドはジャブである。
なるほど、箱のはじまりにこれを置く意図がよくわかる。
これは、どんどんいけちゃうアーモンドだ。

そういえばボクシングの世界には
「左を制するものは世界を制す」ということばがあり、
左手から繰り出す先制のジャブの技術こそが
試合の行方を決定づけるという意味であるが、
アーモンドをこの箱のジャブととらえた場合に
このセットは世界を制するのではないかなどと
わけのわからんことを考えているうちに
残り半分のアーモンドが消えようとしている。
いかん。これだけでお腹いっぱいになっちゃう。

となりの区画にはカシューナッツがある。
そして、そのさらに隣の区画にもカシューナッツがある。
ダブルで並ぶ理由は、一方は「生で無塩」、
もう一方は「ローストで塩付」だからである。

さて、どちらの味がどうこう言うより、
まずは両者にまたがる感想として言わせてほしい。
こんなカシューナッツを知りませんよ、ぼくは。
たっぷりと大きく、均質で、
柔らかいのに歯ごたえが心地いい。
カシューナッツって、こうだっけ?

思わず手元の資料を読めば、
このカシューナッツはインド産。
そしてインド産のカシューナッツは世界最高峰であると。
そうなのかー、そうなんだろうなー、うまいものなー。

塩か、生か。キャッチーなテーマだが、
身も蓋もないことを言わせてもらうなら、
ごめん、どっちもうまい。
まず生を食ったけど、しっかりコクと甘みがあって、
「あれ? これ生じゃないほう?」と思ったもの。
塩は塩でもちろんうまい。
ああ、またなくなっていくよ、ナッツが。

どんどん食べちゃうのであえてその手を止めて、
ぼくは左下の区画の封を解いた。
マカダミアナッツである。

おもにチョコレートのなかにあるものとして
知っているそのナッツは、
食べると驚くほどソリッドである。
なんというか、均質で、透明感すら感じる。
食べていると心地よいのだが、
何を食べているかわからなくなる不思議さがある。
味があるのに、味から遠ざかる。
そういうものって、あるでしょう?

たとえば、おいしい豆腐って、
醤油や出汁をまったくつけずに食べると、
味がないのに味があるじゃないですか。
ああいう感じですよ、このマカダミアは。
どんどんいけちゃいますよ。

その透明な味わいをたのしんだあとで、
残るふたつの区画を続けて紹介しましょう。

どちらの袋にも複数のナッツがミックスされている。
種類は一緒で、アーモンド、カシューナッツ、
マカダミア、くるみの4種類である。

ひとつの袋のフレーバーは「ベーコンスモークド」。
詳しい解説は他に譲るが、
要するにこれは「燻製の風味」で、
当方下戸なので想像するしかないが、
おそらくこれはお酒好きにはたまらないよ。

もうひとつのミックスナッツの味わいは「塩と昆布」。
簡単に説明するなら「和風」のナッツです。
風味だけでなく、二種類の刻み昆布が入ってますから、
これもまた食べはじめたら止まりません。

いや、これ、うまいに決まってるじゃん。
しかも、このミックスナッツの二袋、
入ってるナッツそのものはさっきまで紹介してきた
アーモンドやカシューナッツやマカダミアだからね。
そんなん、いってみれば、
マーベルシリーズを単体で何本から観たあとに、
はやくもアベンジャーズシリーズが
封切りになったようなものですよ。
アーモンドがアイアンマンで
カシューナッツがキャプテン・アメリカだよ。
マカダミアはハルクかな? ソーかな?

うれしい妄想を広げながら書いてきましたが、
気づけば箱のナッツをひとりでずいぶん減らしている。
しかも、4箱の原稿を頼まれたのに、
最初の1箱で3000文字以上費やしている。

諸君、また会おう。
ナッツの旅はじまったばかりだ。

(2箱目につづく)

2020-10-16-FRI

前へ目次ページへ次へ
  • デリな生活のたのしみ展
    ナッツ!ナッツ!ナッツ!
    Groovy Nuts × ほぼ日

    日本初のナッツ専門店として、
    2014年にオープンしたグルーヴィーナッツ。
    店内には、世界中から仕入れた「木の実」が
    博物館のように並んでいて、
    ひと粒、ひとつぶ、姿も味もさまざま。

    今回「デリな生活のたのしみ展」のために
    とくべつなセットを4つ、用意していただきました。
    ぜひ、お召し上がりくださいね。