bonobosという、
スゴ腕ぞろいのメンバーのなかで、
ボーカルの蔡さんは、
もともと画家を目指す青年でした。
趣味でやっていたバンドで
デビューが決まり、
プロのバンドマンとなってからも、
しばらく自覚はなかったそうです。
でも、あるときから、
「自分の仕事はこれだ」と決める。
バンドがあったからこそ、
自分は歌ってるんだ‥‥とも言う。
蔡忠浩さんのバンド論、全6回。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

>蔡忠浩さんのプロフィール

蔡忠浩(さいちゅんほ)

1975年うまれ、関西出身。bonobosのボーカル&ギターで作詞曲担当でもある。酸いも甘いも、多少包み隠しながら書く、人間味のある歌詞と、言葉にならない気持ちを音に変換させ、音楽を作り、奏でる。ここ数年はバンドやソロ活動の枠を越え、舞台の音楽監督や映像への音楽提供なども行う。

前へ目次ページへ次へ

第5回 ゾーン状態で見る景色。

──
バンドのメンバーが辞めちゃうのは、
それはもう、それぞれに、
それぞれの理由があるんでしょうね。
そうですね、別の音楽をしたいとか、
単純に、
人間関係が悪化することもあるし。
5~6人の人間が集まったら、
どうしても合わないみたいなことは、
ふつうにありますから。
──
人間の集団ですものね、バンドも。
おさななじみで、
ずっと同じ景色を見て育っていたら、
また別かもしれないけど、
うちの場合も、
ハタチすぎてから出会ってますから。
決定的な共通項って、ないんですよ。
──
ええ。
だから、互いに一緒にいるメリットを
見い出せなければ、
離れていくのもひとつの選択だと、
辞めていく人を見送るたびに思います。
──
誰かひとりでも抜けたら、
バンドの何かって変わったりしますか。
変わりますよね、確実に。
単純に「このギターが抜ける」だけで、
レコーディングでも、ライブでも、
表現できることが、
もう、ぜんぜん変わってきますから。
──
ちがうギターが、同じ譜面を弾いても。
以前と同じには、絶対ならない。
仮にオーケストラなんかの場合ならば、
バイオリンがひとり抜けても、
通常は、
そこまで大きな影響ってないですよね。
──
そうでしょうね、おそらく。
バンドのギタリストが抜けちゃったら、
ギターの音が聞こえなくなる。
バンドへ及ぼす影響が決定的なんです。
別のギタリストになったら、
別のバンドになっちゃうこともあるし。
──
それだけ、バンドというものは
具体的な‥‥というか
クセのある個人の集団であると。
たくさんいるバイオリニストのなかで、
まわりと調和して‥‥じゃなく、
クセのあること自体が、
その人がその人であることの証なんで。
ギターの演奏スタイルひとつとっても、
人それぞれですもん。
うちの今のギター、
ピックでじゃなく指で弾く人なんです。
──
ああ、そうなんですね。
もともとガットギターの出身なんです。
ベースの森本さんも指で弾く人だし。
それぞれのミュージシャンが
それぞれの国の王様かよというくらい、
バンドマンって、個性がある。
だからこそ、
少ない人数でもやれるのかもしれない。
同時に、誰かが抜けたあとの穴は、
そんなに簡単には埋められないんです。
──
ボーカルという蔡さんの役については、
もう20年くらい歌ってきて、
いまは、どんなふうに思っていますか。
最近ちょっとね、変わってきたんです。
いまは、いかに「歌わず」に、
歌物のロックバンドをやれるだろうか、
みたいなことに興味があって。
──
歌わず、に?
ボーカルは、メロディに載せた言葉を
でっかい声で歌ってるわけですが、
具体的だし、
情報量も多いから、要素としては、
音楽の中に占める割合が、
いちばん、大きくなっちゃうんですよ。
──
蔡さんの担う「歌」の部分が。はい。
そうじゃない音楽を、やってみたくて。
どんなふうにやれるのか、
どう評価されるのかもわかりませんが、
ボーカルの歌とバンドの演奏が、
等価に、フラットに並んでいるような、
そんな音楽を目指してみたい。
──
へええ‥‥。
ほら、マイルス・デイヴィスの曲でも、
マイルスがぜんぜん出てこないとか、
そういう曲あるじゃないですか(笑)。
「そういえば、マイルスどこいった?」
「もうかれこれ10分くらいいないぞ」
みたいなやつ。
──
全員が同じ割合で存在していて、
これがbonobosの音楽です‥‥という。
そんな感じ。そういうのやってみたい。
──
昔、中森明菜さんが
『不思議』ってアルバムを出してまして。
『不思議』?
──
はい、『不思議』です。
全編に渡って歌詞が聞き取れないんです。
ボーカルの音量を下げて、
バックの演奏と同じような音量にしてる。
結果、歌声が演奏に溶けちゃった感じで、
何を歌ってるんだか、ほぼわからない。
へえ‥‥。
──
これは伝説的なエピソードなんですけど、
出来上がってきたアルバムの音を
中森さんがお聴きになって、
「カッコいいけど、不思議じゃないね」
と言って、そうなったとか‥‥。
自己プロデュースのアーティストだから。
中森明菜さんって、ずっと。
衣装も、ご自身で考えてたんですよね。
──
そう、で、その『不思議』って作品は、
レコ大を獲った「DESIRE」で、
何周も連続で
ベストテン1位を突っ走っていた年に、
リリースしているんです。
あれだけ大衆に受け入れられた曲と、
前衛的で難解なアルバムとを、
同じ時期につくっているんですよね。
チェックしてみます。おもしろそう。
でも、好きなんですね、中森さん。
──
はい、1989年の4月に、
デビュー曲「スローモーション」から
23曲目の「LIAR」までを、
一気に歌ったライブがあるんですね。
ボーカリスト、アーティストとして
最高に研ぎ澄まされていて、
アイドルのコンサートというよりも、
金メダリストの試合みたいです。
すいません、しゃべりすぎています。
いや(笑)‥‥でも声、ボーカルって、
楽器とちがって、
チューニングがどうとかもないですし、
はじまったら止まれない中、
つねに集中力を維持しないといけない。
中森さんほどトップでやってた人だと、
いわゆる「ゾーン状態」にも、
頻繁に入っていたんじゃないですかね。
──
まさにアスリートですね、ゾーンって。
ぼくなんかでも、たまに、
「あ、いま、いわゆるゾーン状態だな」
と思うときがありますし。
実際そういうときのライブというのは、
見ていた人に話を聞くと、
「今日、ほんとヤバかったよね」
とかって言われることが多いんですよ。
──
具体的には、どういう感覚なんですか。
ふつうの状態の場合、
身体的には、心拍数が上がるんですよ。
で、頭のなかでは、
音のズレとかミスタッチしないかとか、
ほうぼうに気を配りながら、
細かく軌道修正しつつ、
「よし、みんなでがんばっていこう!」
って感じで歌ってるんです。
──
ええ。
ゾーン状態では、完璧に集中してます。
一分の隙もないくらいに。
メンバーの演奏とも完全に噛み合って、
100%自然体で歌うことができる。
音程を外したりもないし、
変に力が入って強張ることもないです。
──
へぇ‥‥。
見えている世界‥‥視覚も特殊ですね。
ライトで光る空気中のチリなんかにも
ぜんぶピントが合っていて、
目の前が異常にクリアに見えるんです。
──
とんでもなく集中している状態?
時間の流れも、ゆっくりに感じられる。
自分の身体の動きや声が、
すべて手に取るようにわかったりする。
──
自分自身というものを、
完全にコントロールしているみたいな。
とにかく「完璧」なんです。
バンドそのものもそうなんですけど、
お客さん含めた会場全体と、
こう、ひとつの塊になったような‥‥。
──
それがもし、
バンド全体で同じ状態になってたら、
ちょっと、すごいですね‥‥。
何年か前の年末の、
名古屋のクラブクアトロでのライブが、
まさにそれだったんです。
今日は絶対に失敗をしないようにとか、
少しでもよく見せようとか、
そういう、つまんない欲求が
フッと消えた瞬間に、
ひゅーんとゾーンへ入っていきました。
──
目の前にお客さんがいるということも、
大きいんでしょうね。
あ、それは絶対、そうだと思いますね。
カラオケじゃゾーンに入れないと思う。
──
自力でゾーン(笑)。最強ですね。
ある意味、カラオケスナックとかには
いそうですけどね。
ゾーン状態の酔っぱらいのおじさんね。
いるいる(笑)。

(つづきます)

2021-02-05-FRI

前へ目次ページへ次へ
  •  

     

     

     

     

     

     

    写真:田口純也

    協力:酒場FUKUSUKE