テレビや映画ですてきなお芝居をしている
あの俳優さんの「舞台での姿」はご存知ですか?
‥‥という話をここでたくさんしてきました、
演劇ライター、中川實穗です。こんにちは。
今回、ご登場いただくのは、井上芳雄さんです。
井上さんは、ミュージカルの世界で活躍されている方。
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」重田貞一役や
音楽番組「はやウタ」のMCをはじめ、
いくつものテレビ番組に出演しながらも、
いつもミュージカルの舞台のことを
しっかりと伝えようとしている井上さんに、
現在の活動と舞台について、うかがいました。

>井上芳雄さんのプロフィール

井上芳雄(いのうえ・よしお)

俳優
福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。小学4年生の時に劇団四季のミュージカル『キャッツ』を観劇し、ミュージカル俳優を志す。2000年、大学在学中に受けたオーディションを経て、ミュージカル『エリザベート』皇太子ルドルフ役でデビュー。現在は、ミュージカル『エリザベート』にトート役、大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』に重田貞一役で出演中。この後、12月から1月にかけてミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ』、2月から3月にかけて『大地の子』に出演予定。NHK「はやウタ」、WOWOW井上芳雄ミュージカルアワー「芳雄のミュー」、TBSラジオ「井上芳雄 by MYSELF」にレギュラー出演中。

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第5回 天才に頼りすぎたから

──
広報部長としては、
ミュージカルのこれからについては
どんな風に思われていますか?
井上
けっこう危機感があります、自分の中には。
ジャンルとしては成長もしてると思うし、
コロナでみなさん大変な目には遭ったんですけど
売上自体は伸びていると思う。
チケット代が上がったっていうのもあるんですけどね。
でもやっぱりもっと長い目で、世界規模で見ると、
ちょっと日本は停滞してるんじゃないかなと思います。
最近よく韓国に行ったり学んだりするんですけど、
やっぱり文化に対する力の入れ方がすごいですし。

──
国がしっかりお金をかけて育ててますね。
井上
日本はもうある程度市場も大きいので、
自分たちだけで成立してしまうところもあって、
だからブロードウェイのいい作品を
日本版で上演して、盛り上がって、
次は違う作品をやろうかとか、もう1回やろうかとか、
そういうふうにやってきたんですけど、
でも「外」に目を向けてきたかっていうと‥‥。
僕も自分に関しての反省もあるんですけど、
「日本のオリジナルミュージカルを
世界に出したい」と言い続けてきましたが、
実際に動いたり、それを勉強しに行くということは、
やっぱりできてなくて。
日本での公演に一生懸命になって、
ほんとの意味では外に向いてなかったなと思います。
コロナで外を向けない期間もありましたけど、
こうやってまた「外を向ける」ってなったときに
どうしているかということを考えると、
韓国と比べて歩みのスピードの違いが顕著で。
──
韓国のスピードはすごいですよね。
日本でもいまは韓国のミュージカルが
たくさん上演されています。
井上
置いていかれちゃってるんですよね、もう。
日本人が70年ぐらいかけても
(アメリカ演劇界で権威のある)トニー賞は
まだ取れていないのですが、
韓国は今年、取ったので。
なんかもう唖然ともするんですけど、
韓国でいろんな人の話を聞くと、当然だなと思います。
準備の仕方とか、勉強の仕方とか。
自分の意識は変えなきゃいけないんじゃないかなと
思っています。
あと、なんか最近思うのは、
日本人は天才が好きだと思うんですよ。
──
天才?
井上
生まれながらにめっちゃ歌が上手いとか、
なんの勉強もしてないのに素晴らしい小説を書くとか。
──
ああー。
井上
すごい神童みたいな。
でも天才は低い確率でしか生まれてこないですよね。
演劇もそうじゃないですか。
ケラリーノ・サンドロヴィッチさんみたいな鬼才‥‥
いや勉強もされていると思うんですけど、
でも松尾スズキさんとかね、井上ひさしさんとか。
そういう天才はもちろん必要だし、
憧れるし、自分もなりたいけど、
でもなれないかもしれない、大多数の人は。
そう考えた時に、天才に頼り過ぎたというか。
これからは天才じゃない人たちのために、
もうちょっと底上げするメソッドみたいなものが
あるといいのではないかと思っています。
欧米にはあると思うんですよね。
別に欧米が全部いいとは思わないですよ。
でも、やり方を学べばプロにはなれる層はたぶんいる。
なのにいまの日本にそのやり方がないから
その層はプロになれなかったりするんですよ。
──
もったいない。
井上
学べばもしかしたら、
安定してつくれたり、技術を持ったり、
天才にできないこともできる可能性は
たくさんあるんだけど、
その方法、システムが今はまだないと僕は思います。
僕は天才ではなくて、一応教育も受けてはきたけど、
やっぱり自分でがんばったところはあると思うんです。
そこをフォローできるシステムを
もうちょっとできるんじゃないかなと思うんですよね。

──
もっと学校が増えたらいいんですかね?
井上
まあミュージカル科みたいな学科は
増えてはいると思うんですけど、
まず方法論をあんま学びにいかない、日本人は。
だからやっぱ天才がすごいって思っちゃう。
でもやっぱりミュージカルは特に西洋のものですから、
欧米のやり方は学ぶべきだと思うんです。
取材でニューヨークに行かせてもらって
向こうで学んでいる日本人の人と話すと、
「やり方を教えてくれる」って言うんですよ。
例えば「即興でなにかをつくれ」と言われたら、
僕たちは「センスが試される」とか
「なにを表現したらいいんだ」って
パニックになるじゃないですか。
でも向こうで学んだ人によると、
そのためになにをしたらいいかを
順序立てて教えてくれるらしいんです。
まず資料をあたりなさい。歴史を調べなさい。
根拠になるものを集めなさい。
そこから自分のイメージを選びなさい、みたいな。
だからパニックにならなくなるらしいんですよね。
──
一歩一歩ステップを踏めば、
パニックにはならないですもんね。
井上
僕たちはずっとパニックになってきたので。
「できないできない」「めっちゃ怒られてる」
「どうしよう」って。
で、「僕の生き方が悪かったんだ」みたいなね。
──
矢印が自分に向いちゃう。
井上
そう、自分が悪いと思っちゃう。
そこは日本人の精神性も関係していると思うんですけど、
でももう自分の子供にそんな思いはさせたくない。
パニックではなく、落ち着いて、
自分の感性や実力を発揮できる場を、土壌を、
作ってあげたいなって。
自信になるものを積み重ねていくっていうことは
必要なんじゃないかなぁと思いますね。
──
そういう考えや思いを
井上さんがこうやって口に出すって、
すごく意味と影響があると思います。
井上
僕が学校を作れるわけでも
なにか教えられるわけでもないんですけど、
「こう思ってるよ」とか「知ってる人はいたよ」とか、
「この国ではこうしてたよ」とか
発信するだけでも違うと思っています。
ゼロから作ることは僕にはできなくても、
その「場」を作ることはできる気もしてるので。
場を作りたいっていう気はしてます。
基本的には大好きなので、ミュージカルが。
それを盾みたいにして発信したいです。
──
私は今、福岡で演劇をもっと広めたいと思って
活動しているんですけど、その中でも、
場があることの大事さを痛感することが多いです。
井上
強い思いを持ってる人はたくさんいると思うんですけど、
それを伝える場、表現する場がないとか、
まだ力がないとかね、ありますから。
僕もまだまだなんですけど、
発信しようと思えば発信できる場や
ある程度の力‥‥って言うといやらしいけど。
──
積み重ねてきたからこその影響力があります。
井上
年齢もありますしね。
その両方を持ってないとできないことがある。
思っているだけでもだめだし、
その力を持っているだけでもだめだし。
自分はミュージカル界の中では
こうやって話を聞いてもらったりもできて、
「場」は持っているほうじゃないかと思います。
その自分だからできること、言うべきこと、
っていうのはあるんじゃないかと思うし、
なんかそうしたほうが、
自分にとってもいいんですよね。
「我が我が」はきりがないし、
どんどん周りが見えなくなるだろうし。
そうじゃなくても人間って勘違いしやすいと思うので。
みんなで先に進むためにどうしたらいいんだろう
ってことを考えるほうが、
自分にとってもプラスになることが
たくさんあるなと思います。

(つづきます)

2025-11-19-WED

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  • ミュージカル
    『エリザベート』

    脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ
    音楽・編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
    演出・訳詞:小池修一郎

    出演:
    エリザベート 望海風斗 / 明日海りお
    トート 古川雄大 / 井上芳雄 (東京公演のみ) / 山崎育三郎 (北海道・大阪・福岡公演のみ)
    ほか

    スケジュール: ※井上芳雄さんは東京公演のみ出演
    2025年10月10日~11月29日 東急シアターオーブ(東京)
    2025年12月9~18日 札幌文化芸術劇場 hitaru(北海道)
    2025年12月29日~2026年1月10日 梅田芸術劇場 メインホール(大阪)
    2026年1月19日~31日 博多座(福岡)

     

    ミュージカル
    『ダディ・ロング・レッグズ』

    音楽・編曲・作曲:ポール・ゴードン
    編曲:ブラッド・ハーク
    翻訳・訳詞:今井麻緒子
    脚本・演出:ジョン・ケアード

    出演:
    ジャーヴィス・ペンドルトン 井上芳雄
    ジルーシャ・アボット 坂本真綾 / 上白石萌音

    スケジュール:
    2025年12月12日~2026年1月2日 シアタークリエ(東京)

     

     

    『大地の子』

    原作:山崎豊子 「大地の子」(文春文庫)
    脚本:マキノノゾミ
    演出:栗山民也

    出演:
    井上芳雄 / 奈緒 / 上白石萌歌 / 山西惇 / 益岡徹

    スケジュール:
    2026年2月26日~3月17日 明治座(東京)