防災、していますか？
「ひととおりはしているけど、
具体的な対策はあまり‥‥」という方も、
もしかしたら多いかもしれません。
それもそのはず、人間は本来、
リスクに備えるのが苦手な生きものなのです。
そんな私たちが大都市で生きていくための、
「マイナスをプラスにする防災」とは？
防災士講習を受けた乗組員が
「すごくおもしろい先生がいた！」と衝撃を受けた、
大都市防災研究者、廣井悠教授に聞きました。
廣井悠（ひろい・ゆう）
東京大学・教授。
1978年10月東京都文京区本郷生まれ。
博士（工学）、専門社会調査士。
専門は都市防災、都市計画。
平成28年度東京大学卓越研究員、
2016-2020年JSTさきがけ研究員（兼任）、
東海国立大学機構（名古屋大学）客員教授、
静岡大学客員教授、
一般社団法人防災教育普及協会・理事、
日本災害情報学会・理事、
人と防災未来センター・上級研究員も兼任。
内閣府や東京都の検討会・座長をつとめるなど、
大都市防災対策について、
理論・実践ともに積極的に関わる。
主な受賞に、
令和５年防災功労者・内閣総理大臣表彰
（2023年）、
令和５年度文部科学大臣表彰・科学技術賞
（2023年）、
第４回日本オープンイノベーション大賞・
スポーツ庁長官賞（2022）、
平成24年度文部科学大臣表彰・
若手科学者賞（2012）など。
- 廣井
- ここからは具体的に、個人と企業がどんなふうに
帰宅困難者対策をすればよいかのお話をします。
まず個人は、「帰宅しないため」の環境づくりが、
なにより大切です。
備蓄物資がないなかで会社に留まる選択をするのは
なかなか難しいですから、
企業にお勤めの方々は、なるべく
会社内にきちんと備蓄物資を用意しておきましょう。
水や食料、毛布や携帯トイレなど。
これを会社が用意するのか、個人が用意するのかは、
会社の方針によっても異なると思いますが、
会社が用意することが多いですね。
ただ、特に個人が用意しなければいけないものとして、
常備薬などもあるかもしれませんね。
- 廣井
- それから、被災地である会社という拠点に、
２、３日留まらなければいけない可能性もあります。
地域によって異なりますが、
津波が来るのか、火災が来るのか、
場合によっては、給水車はどこを回っているのか
などといった災害情報は不可欠です。
なので、携帯用ラジオをぜひ社内に置いてください。
ネットラジオは、ネット回線が断絶してしまうと
使えない可能性もありますので、
1000円くらいで売られている電池式のラジオが、
社内に複数個あるとよいと思います。 - 家の近くの災害リスクが頭のなかに入っている方は、
多いかもしれません。
でも、学校や会社の災害リスクを知っている人は、
比較的少ないように思います。
なので、実際に大きな地震が起きたときに留まるのは、
学校や職場かもしれないと考えて、
生活圏の災害リスクをそれぞれ知っておくことも大事です。 - もうひとつ、安否確認です。
当たり前ですが、災害が起こってからは、
安否確認をとる準備をすることはできません。
必ず、災害が起こる前に、
安否確認をとり合うための準備を
しておいてください。
その際には、災害用伝言ダイヤルや携帯用伝言板を
使うこともできますし、会社によっては、
安否確認システムが備えられているかもしれません。 - 「三角連絡法」という安否確認法も、
近ごろ増えています。
たとえば、おじいちゃん、おばあちゃんの家のような
ちょっと遠くの場所を情報のハブにして、
そこで親と子が情報をやりとりするんです。
というのも、被災地内と被災地内どうしの連絡は、
激しく制限されるのに対し、
被災地内と被災地外の連絡は、
あまり制限されないと言われているからです。
このような安否確認の準備を通じて、
「帰らない、迎えに行かない」というルールを、
家族間で共有しておくことも大前提ですね。 - さらに、子どもを保育園や幼稚園、
学校に預けているという方は、
保護者である自分が帰れなくなったときに
どんなふうに子どもの面倒をみてくれるのか、
あるいはどのような形で引きとるのかを
先生方と話し合っておくだけでも、
気持ちが楽になりますし、
無理な帰宅の抑制につながる可能性もあると思います。
ほかにも、自宅に高齢の方がいらっしゃる場合は、近所の方に
「もしかしたら、私は帰れないかもしれないから、
うちのおばあちゃんをよろしくね」といいつつ、
可能であれば安否確認をとる取り決めをしておけば、
「どうしても自分が帰宅しなければ」という
心の強度のようなものを弱められる可能性があります。 - それから、私より30歳くらい先輩の
都市防災の先生が、効果的な帰宅困難者対策として
よくおっしゃる対策があります。
それは、「家を安全にしておきましょう」ということです。
災害時に、自宅にいる家族が心配で帰ろうとしてしまうのは、
家が危険だと思っているからです。
なので、家を安全な場所にしておけば、
災害時、高齢の方やお子さんがいたとしても、
少しは安心できるかもしれません。
いざというとき、
渋滞や過密空間が人的被害や社会に及ぼすダメージを
緩和するため、平常時に個人ができる対策は、
このようにたくさんあります。 - 次に、事業者の役割について。
帰宅困難者対策は、東京や大阪をはじめとして、
災害時における大都市の基本ルールになりつつあります。
なかでも、2013年に
「帰宅困難者対策条例」を施行した東京都は、
とくに厳密です。
「企業は従業員の一斉帰宅の抑制と３日分の飲料水、
食料などの備蓄」をすること、そして
「従業員を一斉帰宅させない」ようにすることを、
企業の義務として定めているんです。
さらに「駅前や大規模集客施設の事業者の方は、
利用者を保護してください」ということまで
条例にきちんと盛り込んでいます。 - ただ、条例で定められているとはいっても、
企業が帰宅困難者の一斉帰宅を抑制させるのは
なかなか難しいんですよね。
大きな地震に見舞われたなかで、
自社の社員とはいえ、
何百人、何千人の安全を確保するということは。 - そこで、東京都は「取り組み事例集」というものを
つくっています。
「東京都一斉帰宅抑制推進企業認定制度」に
応募してくれた企業の取り組みのなかから、
とくによい事例を公表しているんです。
- 廣井
- いくつか紹介しますと、
医建エンジニアリング株式会社という会社さんでは、
社用車に防災グッズを装備するなど、
外出先でのリスクに備える取り組みを
なさっています。
宗教法人の方も、帰宅困難者対策を
してくださっているところが多いです。
ある神社さんの事例として、
災害時には神様へのお供えものを
帰宅困難者に分けるように決めているところもあります。
このように、規模や地域特性、企業の特徴によって
さまざまな取り組みが紹介されていますので、
「自分の会社でも一斉帰宅の抑制をしたいけど、
なにをすればいいのかな」という方には、
ぜひ参考にしていただければと思います。 - ですが、自分の会社に留まる場合のリスクも、
きちんと知っておいてください。
大きな地震が起きると、
そのあとにそれなりに大きい地震が起きる
可能性があることはよく知られていますね。
なので、災害時に一斉帰宅抑制を実行するためには、
建物の安全性に関するチェックや、
日ごろから行っている対策でもある、
家具や什器が転倒したりするのを防ぐ対策の確認、
あるいは家具などが壊れていないかのチェック、
あるいは安全な空間がどこにあるかのチェック等を、
滞留前に実施しておくことが必要です。 - そして、
企業が入っていることの多い中高層建築物では、
じつは多くの地震火災が起きています。
東日本大震災のときは、
揺れに伴って発生した火災の約４割が
４階以上の建物内で発生しました。
こういう建物では、
地震の揺れによってスプリンクラーが壊れたり、
防火扉が使えなくなってしまったりする
場合もあります。
自分が働いている場所が、地震の際、
火災に弱い建物になってしまう可能性を踏まえて、
建物滞留時には、
防火設備や避難経路をチェックしておくと安心です。
あるいは、そのような状況下では
カセットコンロやろうそくを「できるだけ」使わない。
現状を踏まえると、「絶対に使わないで」とは
なかなか言えない状況ではありますが、
極力直火は使わないようにしていただきたいです。
これは在宅避難も同じですね。 - さあ、ということで、
すぐにできる対策の話をしてきました。
ここからは少し、対策の難しい部分について、
話していきたいと思います。 - 帰宅困難者対策の非常に難しい点は、
多様な被災状況にどう対応するか、ということです。
平日の昼間と休日だと、
同じ規模の地震が来たとしても、
発生する帰宅困難者の量や質は全然違いますよね。
天候も、さまざまな状況が考えられます。 - 実際に、2018年の大阪府北部地震では、
それまで対策を進めていた
基本的な被害様相と違ったケースが起きました。
朝の地震だったんです。 - 帰宅困難者対策は、2011年以降、
東日本大震災のような昼間の地震を想定して
「その場に留まってください」
「無理に帰らないでください」と
呼びかけることがほとんどでした。
ですが、朝の地震では、そうはいきませんでした。
日本人は真面目な方が多いので、
大阪府北部地震では大きな地震が起きても
会社に行こうとしてしまったんですね。
地震で鉄道は止まっているので、
当然、移動手段として車を使うようにします。
その結果、大阪市内で大渋滞が起こり、
救急車も消防車もほとんど動けなかったんです。
つまり、昼に地震が起きた時のケースばかりではなく、
朝の地震のときに「会社に来ないで」
「その場で近所の高齢の方を助けてください」
と、我々はちゃんと発信しておかなければ
いけなかったんです。 - 時刻、あるいは季節、あるいは曜日によって、
必要な対応は全然違います。
すべての状況に対応することは不可能だとしても、
少なくとも基本となる、あるいは過酷と考えられる
３つ、４つのパターンを
きちんと考えておく必要があります。
そのために、どうすればいいのか。
事前に想像力を高めておくんです。
- 廣井
- 私は、KUG（帰宅困難者対策支援施設運営ゲーム）
という図上訓練キットを開発しています。
これは、事業者の方が社員を社内に留まらせたり、
行き場のない帰宅困難者を受け入れるための
キットです。
この図上訓練キットで
いろんなパターンを試すことで、
災害に対するイメージ力がつきます。
具体的には、帰宅や出社の方針、
残業に伴って必要になる対策、
帰宅困難者受け入れの妥当性などが検証できます。 - 実際に帰宅困難者対策の訓練をするのは、
けっこう大変です。
帰宅困難者役の人を200名ほど用意して、
備蓄物資を渡して、一定期間滞在してもらって‥‥
というと、大変そうでしょう？
１年に１回の実施が精いっぱいで、
「いろんなパターンを検証しましょう」なんて、
悠長なことは言っていられません。
なので、少人数で、２、３時間でひとつのパターンを
想定した訓練ができるようなものが必要なんです。
「きょうは夜に地震が起きたパターンをやったから、
来月は大雨が降っているときに起こったパターンを
やろう」というふうに、いろんなパターンを
試していただけたらうれしいです。 - 自分の会社を、
行き場のない帰宅困難者の人たちを受け入れる
「一時滞在施設」として開設する場合の訓練用の「KUG1」と、
自分の会社の社員を社内に留まらせる訓練用の
「KUG2」というふたつのバージョンを
ホームページで無料公表しているので、
ぜひ使ってみてください。 - 防災って、大学受験と似ていて。
あるひとつの年の過去問だけを何度も繰り返し解いていても、
合格は難しいですよね。
いろんな問題を解いて、
受ける大学の問題をイメージできる受験生が
受かりやすいのだと思います。
防災も一緒で、
想定していた災害とピッタリ同じ災害が起こることは
基本的には、ないんです。
なので、できるだけいろんなパターンを検証して、
イメージ力を高める。
帰宅困難者対策に限らず、防災全般について、
イメージすることは大切です。
（明日に続きます）
2025-04-20-SUN
-
解剖学者の養老孟司先生が、
将来の地震やその後の日本について、
四名の識者と語り合いました。
廣井先生は
「被災のシミュレーションと復興ビジョン」
のテーマで登場なさっています。
養老先生の考えと
廣井先生の予測が交わり、
大都市防災への理解を
深めてくれる内容です。