暮らしの中の小休止のように、
夢中になって没入できる編みものの時間。
ぎゅっと集中して、気がつけば
手の中にうつくしい作品のかけらが
生まれていることを発見すると、
満たされた気持ちになります。
編む理由も、編みたいものも、
編む場所も、人それぞれ。
編むことに夢中になった人たちの、
愛おしい時間とその暮らしぶりをお届けします。

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後編 サスティナブルな感覚。 ニットデザイナー 伴真太郎さん

 
2005年に、文化服装学院の
ニットデザイン科を卒業した伴真太郎さん。
「図案を自由につくれるところ」に惹かれて
ニット科に進学を希望しますが、
それまで編みものをやったことはなかったのだそう。

 
「当時はストリートファッションが主流で
デザイン科が花形でした。
僕も古着やスニーカーが好きで、
当然デザイン科に行くと思っていたのですが、
すごく親切な先輩が僕の代からカリキュラムが
大幅に変わるかもしれない、と教えてくれたんです。
もし、布地づくりも洋服づくりもしたいなら、
別の科を選んだほうがいいと」

 
「僕はどちらもやりたかったので、
デザイン科という選択肢がなくなりました。
それで、ニット科を見学しに行くと、
“ゆめかわ”のような縁遠い世界観だったんです。
自分はそういうものにハマれないけれど、
ここにないものをつくるという意味では
開拓の余地があると思ったし、
糸づくりからモノづくりまでできるのは
ニット科だと思って選びました。
結果的には、ニット科を選んで大正解でした」

 
現在は文化服装学院で非常勤講師として
授業を持っている伴さん。
学生たちには「好き」にひたすら向き合うことの
大切さについて話しています。

 
「機械編みの機械を使えるようになるなど
技術的な学びもあるのですが、
それは社会人になってからでも習得できるもの。
それよりも『自分は本当に何が好きなのか』
時間をかけて見つけることが、
大事なんじゃないかと思います」

 
「ニットといっても、
編むのが好きだったりデザインが好きだったり、
コスチュームが好きな場合もある。
学生のうちに自分の好きを知ることで、
自分にあった仕事を見つけられると思うんです」
伴さん自身の苦い経験からの学びも含めて、
「キャリア」について学生たちに教えています。

 
「僕がそうだったんですが、
就職したら会社の言われた通りにやるものだ、
みたいな先入観があって
自分のやりたいことを諦めてしまっていました。
今は将来を不安に思っている学生が多いので、
好きなことを仕事にするイメージがあまりない。
でも、それって寂しいと思いますし、
僕自身働いていてつらい時期がありました」

 
「ファッション業界の中のことって、
学生だとわからないじゃないですか。
はじめに働いたところは安価に大量生産する会社で、
単価の高いニットはそもそもつくらせてもらえなかった。
勉強したことを活かせなかったんです。
それですぐに辞めることになり、苦い経験をしました」

 
「みんなが間違った選択をしないように、
たとえば独立するときの話や気をつけるべきこと、
工場とのやり取りなど
自分自身の経験を具体的に話して
就職の前段階の知識を深めてもらっています」
卒業後に就職した会社をすぐ退職し、
世界各地を放浪。
アパレル会社で勤めたり
イタリアの毛糸を扱う会社で働いたり
さまざまな仕事を経験しました。
現在はアトリエ兼住居に暮らし、
夜は学生時代から愛用する編み機と向き合います。

 
「学生のころから愛用している編み機は、
自分にとって大切な道具です。
ちぎれた短い糸も作品に使うので、
機械編みだけれど手編みのような工程がある。
それを実現できるのはこの機械だからです。
夜中、集中して編んでいる時間は、
自分にとって大事な時間ですね」
これまでつくってきた作品のなかで、
思い入れがある作品のひとつ
として紹介くださったのが、
「HOME」と描かれたラグです。

 
「コロナ禍でステイホーム中に編んだものです。
リサイクル毛糸が家にたくさんあったので、
時間がある限り編んでみました」

 
「編み機でリリヤーンを編んで太い毛糸に仕立て、
それをパイプのような太いものを棒針の代わりにして、
力を入れて編みました。
当時は、星野源さんがご自宅でライブをされるなど
クリエイターの方々が何かしら発信していたので、
僕も編みもので何かやりたいと思ったんです。
『家でおもしろいことをやろう』、
そんな思いを込めてHOMEと編みました」
最近では、岩手県の花巻市にある福祉施設と
ニットの花をつくりました。
色が混ざった毛糸のニュアンスは、
植物の複雑な色味を再現するようです。

 
「お花屋さんが運営している施設なんです。
お店の2階に施設があるので、
お花屋さんでお花を編める環境って最高ですよね。
茎のところはお花屋さんで廃棄されるテープを
活用させてもらっているので、
すべてアップサイクルになっています。
お花の形は、働いてくださっている方に
思い思いに編んでもらっています。
はじめは、花に合わせた編み図を決めて、
その通りに編んでもらおうと思っていたんです。
でも、サンプルでこれが届いたときに、
僕が編み図を決めないほうが絶対にいいと思うくらい、
この自由さに心惹かれました。
みんな、毎日1階でお花を見ているのと、
もともと編める方がいたことも大きかったと思います」

 
思わぬきっかけから、
編みものの世界に足を踏み入れた伴さんですが、
今は「編みものをする人たちと一緒にいることが楽しい」
と話します。
「編みものは時間がかかるけれど、
その時間を楽しむことができる人たちが集まっている。
しかも、つくったものは長く愛用するので、
サスティナブルな感覚を持っている人が多いはずです。
共通したセンスを持っている人たちと
過ごす時間が楽しくて、
この世界をもっと広げていきたいという思いがあります。
そのためにも、会社を大きくしていくこと、
業界全体としても
アップサイクルについて取り組む企業が、
もっと増えていってほしいと思っています」

(伴さん、ありがとうございました。)

写真・川村恵理

2025-12-23-TUE

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