暮らしの中の小休止のように、
夢中になって没入できる編みものの時間。
ぎゅっと集中して、気がつけば
手の中にうつくしい作品のかけらが
生まれていることを発見すると、
満たされた気持ちになります。
編む理由も、編みたいものも、
編む場所も、人それぞれ。
編むことに夢中になった人たちの、
愛おしい時間とその暮らしぶりをお届けします。

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ひと目ひと目、丁寧にやっていけば大丈夫。 浅井雅世さん

 
10年目をむかえたMiknitsがおとどけする特別編、
「Miknitsとの個人的な記憶の記録」。
読者のみなさんがどんなふうに編みものに夢中になったか、
思い出とともに愛用されているニットを
川村恵理さんに撮っていただきました。
今回登場いただくのは浅井雅世さん。
ふだんは航空関係のお仕事をされています。
仕事がうまくいかなくなったとき、
困難にぶつかったとき、
編みものによって考え方が大きく変わったと
これまでのことを話してくださいました。

 
私は航空機のエンジニアの仕事をしているので
仕事柄「図面」を見ることが好きです。
『うれしいセーター』を書店でみかけたとき、
三國万里子さんのつくりだす世界観に
強い衝撃をうけたことと、
編み図に感動したことを今でも覚えています。

 
たとえば、航空機の図面には、
設計者の考え方や飛行機を安全に飛ばすための
情報がつめこまれています。
歴代のさまざまな職人やエンジニアたちが
試行錯誤しながら最適解を見つけて図面に落とし込み、
そこから“航空機開発の軌跡”のようなものがみられます。
三國さんの編み図にも同じことを感じました。
三國さん独自のアイデアと、
世界中のニッターが積み上げてきた歴史。
それまで編みものをやったことがなかったのですが、
思わず本を手にとり、編みものを始めました。
自分の手でできあがっていく過程の中で、
編み図にハッとさせられる瞬間がいちばんたのしいです。
「flags」を編んだとき、
インスタでアップされる他の方の完成度の高さに驚き、
どうしたら上手に編めるのか頭を抱えました。

 
同時に、編みものへの探求がはじまりました。
わからないことがあればひとりで考え込まず
動画を参考にしたり、本で調べたりするようになりました。

 
人生の転機がおとずれたのが、
「obake」を編みはじめたころでした。
20代のとき、
航空機メーカーのエンジニアとして
設計の仕事に携わっていたのですが、
仕事が想像以上にハードで
家庭との両立が難しくなり退職することに。
自分でも後悔が残っていたのですが、40代に入るころ、
同じ会社に再就職するチャンスに恵まれました。
新しい技術が日々アップデートされていく中、
特に航空機のエンジニアは
要求も非常に高いものが求められます。
「挑戦しなくちゃいけない」と気を張っていた時期が
「obake」を編む期間と重なりました。

 
日々、仕事でさまざまな壁にぶつかりながら、
帰ってきてobakeの無数の凹凸を編んでいると
「こんなふうに地道にひとつひとつ、
丁寧にやっていけば大丈夫だ」と
自分をはげますことができました。

 
編みものはたくさんの目で構成されていて
一見複雑ですが、
結局はひと目ひと目の積み重ね。
それはあらゆる物事に通じると、
Miknitsのキットを編み重ねながら
実感として得ることができました。
それは、今の私の自信になっていると思います。
「まずは簡単なことからはじめて、
コツコツ積み重ねていけばいいんだ」
と考えるようになり、
新しいことに挑戦するハードルが下がりました。
「harebell」を編む勇気は
以前の私にはなかったはずです。

 
以前はこだわりが強すぎるのと人見知りな性格から、
人と関わることを難しく感じることもありましたが、
仕事も生活も、
編みものによって自由な発想になりました。
わからないことがあれば本や動画を調べるように、
仕事でもわからないことは人に聞いてみるように。
完璧を求めず、まずはできることから、
コツコツひとつずつやってみる。

 
いまは、どんなことも寛容な気持ちで
一度は受け入れたいと思いますし、
やってみたいならとりあえず飛び込んでみよう
と思うようになりました。
ジャズピアノ、CGの制作など、
ここ5、6年で編みもの以外の世界も広がっています。
編むことは私の生きる糧です。
どんなに辛いことがあっても無心で編むうちに、
どんどんと自分が育っていく。
自分に感動することができる。
生活のなかでかけがえのない時間をもらっています。

(つづきます。)

写真・川村恵理

2024-02-20-TUE

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