暮らしの中の小休止のように、
夢中になって没入できる編みものの時間。
ぎゅっと集中して、気がつけば
手の中にうつくしい作品のかけらが
生まれていることを発見すると、
満たされた気持ちになります。
編む理由も、編みたいものも、
編む場所も、人それぞれ。
編むことに夢中になった人たちの、
愛おしい時間とその暮らしぶりをお届けします。

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人とのつながりをつくってくれた。 下村朋美さん

 
「好き」に囲まれたお部屋は
幾年も月日を重ねてきたかのような
味わい深さがありますが、
実は住み始めてまだ1年。

 
パートナーの転職をきっかけに、
関東から福岡に家族全員で引っ越し。
下村さんの地元は広島、大学は福岡、
結婚を機に関東で15年間暮らし、
また福岡に戻ってきました。
人見知りの下村さんにとって、
住む場所が変わったとき
人とのつながりを作ってくれたのが
編みものだったと話してくれました。

 
「転勤族で人見知りなので
友だちをつくるのが上手ではありません。
以前住んでいた埼玉でも、
今住んでいる福岡でも、
『編み物を教えてほしい』と
声をかけてもらったことがきっかけで
友達ができました。」

 
「埼玉に住んでいたころは、
高校の同級生が近くに住んでいて、
『私も編みものをやってみたい』
と声をかけてくれました。
同じ時期に子どもが生まれたので、
一緒に編みものをしながら子どもの話とかして。
ほかにもInstagramにコメントをくれた人が
たまたま近所に住んでいることがわかって、
彼女も『編みものがしたい』という会話から
とても仲良くなりました。
共通の趣味がひとつあると、
趣味が合うから話が合うのかもしれません。
編みものでつながった友だちとは
好きなものが似ているので話しやすくて、
そこから日々の相談もできるようになりました。
誰も知り合いのいない土地だったので、
編みもののおかげで近所に友だちができて
すごく心強かったです。」
編みものでつながる友だちの輪は、
福岡でもつづきます。

 
「以前住んでいたとはいえ、
福岡の友人とのつながりは途絶えていました。
福岡に引っ越すことをInstagramで伝えると、
私のアカウントを見てくれていた人が
『近くです』とメッセージをくださって。
編みものをずっとやってみたかったけれど
機会がなかったので教えてほしい、と
声をかけてくれたんです。
これまた偶然で、子どもが同級生だったので、
定期的に編みものをしながら
地元のことをいろいろ教えてもらったり、
福岡のおいしいパン屋さん情報を交換したり、
編みもののおかげでまた友だちができました。」
編みものをしながらおしゃべりをして、
途中でごはんを食べたりお茶を飲んだり。
ときには3、4時間一緒に過ごすこともあるそう。

 
下村さんの楽しみは
編んだものを見せあったりアドバイスをもらったり、
教えた友だちの作品が完成していく様を
近くで見たりすること。
編みものを始めたばかりの友人が、
三國万里子さんのニット帽を完成させたときは
自分ごとのようにうれしかったと話します。
「Instagramを始めてみてからわかったのは
編みものをやってみたい人が、
こんなにいるんだなということ。
もともと編み友がまわりにいなかったので、
Instagramは同じ趣味の人とつながれる
出会いの場所になっています。」

 
お菓子づくりや手芸など興味は広いけれど、
長く続く趣味がなかったという下村さん。
唯一、長く続いているものが編みものになりました。
「必要な道具がすくなくて、
思いついたらパッとできるのがいいのかもしれないです。
家事の合間でも一旦中断して、また再開するのも簡単。
お菓子も洋裁も食材や道具の準備がたいへんで、
編みものは針と糸さえあれば場所を選ばずできるのが
私に合っていたんだと思います。」

 
下村さんの編みもの道具はとてもシンプル。
マダムペーのケースに入った切替輪針、
ナマケモノマーカーなど厳選された
道具たちはヴィンテージの
ソーイングボックスにおさまっています。

 
とくに思い出深い作品は、
『編みもの修学旅行』に収録されていた
シェットランドレースのショール。
細いモヘアの糸で編む、超大作です。

 
「とにかく時間がかかった、という印象です。
段数がこれまで編んだことのない数で、
編み始めてから何度か挫折しかけました。
でも、模様もデザインもとてもきれいだし、
絶対に完成させたいという気持ちがありました。
自分の手から、こんなに素敵なものを
編めるとは思わなかったので、
完成したとき『すごいな、私』と自信になりました。」

 
10年間の編みものとの日々を振り返ったとき、
下村さんにとって「編みもの」はどんな存在か。
最後に質問をしました。

 
「日々のモチベーションだと思います。
編みものがあるから、家事も仕事もがんばれる。
手を動かすことは好きだけれど
ほかに心が動くものがなかったので、
編みものや三國さんの作品は
自分のための時間を彩ってくれるものです。
振り返ってみれば
毎日同じようなことの繰り返しだけれど、
編みものをしていると達成感を感じられて
ちょっとうれしい気持ちになれるんです。
なので、私は編んだものを「愛でる」のが、
とても好きです。
三國さんの作品は模様がうつくしいので、
編み目やデザインをじっくり眺める時間が
いちばんたのしいかもしれません。
『こんなものを自分の手で編んだなんて』と
思うとますますうれしくなれますし、
じっくり愛でる時間がとてもしあわせです。」

 
夢中になっている、唯一の趣味。
やることの尽きない日々の原動力であり、
友だちとのつながりをつくってくれるもの。
それが下村さんにとっての「編みもの」です。
手から生まれたうつくしいものを愛でるよろこび、
それは住まう家からも、そして、
丁寧に編まれたニットからも感じられました。

(おわります。次回も特別編をおとどけ。)

写真・川村恵理

2023-12-22-FRI

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