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読者のみなさんから届いたお便り #55

 
みなさんの投稿を読み、
わたしも戦中世代の3人からうかがった話を
お伝えしたくなりました。
Sさんのこと。
45年くらい前の話です。
アジアの某国にバックパック旅行に行くために
その国の言語を習っていました。
そこで知り合った35歳年上のSさんは定年間近の技術者。
退職後にアジアの某国で
シルバーボランティアをしたいとのことでした。
当時オートバイでその語学教室に通っていたわたしが、
「もしお金があったら飛行機のライセンスを取りたい」
と話したことで気に入られ、仲良くなりました。
Sさんは特攻隊の生き残りでした。
それから語学教室のたびに、
毎回2~3冊の本を貸してくださいました。
柳田邦男の零戦シリーズからはじまって、
南方の島の戦記、引き上げ者の体験記、
シベリアなどの捕虜収容所の体験記、
広島・長崎の原水爆関係など、市販の本だけでなく
戦友たちの自費出版本までありました。
わたし自身は
「もはや戦後ではない」というコピーが流行った年の生まれ。
戦争を知らない世代ですが、
筆舌に尽くしがたい戦争の記録を
この時期に悪夢でうなされるほどたくさん読みました。
しかしSさんご自身の体験だけは
話してくださいませんでした。
戦争で生き残ってしまった罪悪感を
生涯背負い続けていく在り方に、
読まされた本の重さ分のバトンを渡されたように感じました。
Mさんのこと。
Mさんとは、絵を通じて知り合いました。
すでに町工場を定年退職して、
ブータンやチベットをスケッチ旅行している、
やはりかなり年上の方でした。
4〜5歳のころ、東京の大空襲で親きょうだいが
一夜にしてすべて亡くなり、孤児となったそうです。
上野駅に寝泊まりして、仲間たちと盗みなどをして
戦中戦後の混乱期を生きのびたとのこと。
戦後、孤児院に入れられたそうですが、
ふつうに読み書きができるようになったのは、
町工場ではたらきながら夜間学校に通ってと話していました。
最初に会ったときから
「生涯独身で家族を知らないから天涯孤独だ」と
ちょっと世を拗ねたように言っておられました。
絵だけではなく、料理から大工仕事、洋裁までなんでも
独学で工夫してできるようになった方でした。
そして晩年は、念願だった絵本を何冊か出版されて、
人生への恨みを少し晴らしてやったと、ニヤリとしていました。
Yさんのこと。
1933年生まれのYさんとは、
ヨガと瞑想のワークショップで知り合いました。
「あなたに聴いてもらいたいことがあるの」と、
ご夫君以外お子さんたちにも話していないことを
話してくださいました。
彼女は大陸からの引き揚げ者でした。
ご両親と14〜15歳のお姉さんと
一家4人で逃げたそうです。
その逃避行の途中で、
ロシア兵たちにお姉さんが輪姦されたそうです。
Yさんは栄養失調のせいかとても小柄で、
せいぜい6〜7歳にしか見えなかったせいか、
性暴力を免れました。
全員生きて日本に帰ってくることができたものの、
お姉さんは精神を病み、その後何十年間も
精神病院に入院したままとのこと。
今でも月に1回、お姉さんに会いに行っているけれど、
すでに成人しているお子さんたちは
伯母さんの存在すら知らない。
たぶん一生話さないと思う、とおっしゃっていました。
子どもだったYさんは、日本に帰ってから1年以上、
緘黙(かんもく)なのか失語症なのか、
声がまったく出なくなったそうです。
面前暴力のトラウマによるものだったのでしょう。
安心安全な日本に帰り着いてから、
PTSDが発症したのでした。
Yさんはワークショップの瞑想の時間に、
声を失った時期に心の中で話していた唯一のお友だち
イマジナリー・フレンドと数十年ぶりに再会したと、
ハラハラと涙を流しながら、
上記の話をしてくださいました。
いま、誰かにどうしても聞いてほしかった、と。
「誰にも言わないでね」と頼まれましたが、
すでにYさんもお姉さんも彼岸におられると思うので、
こうしてあの日お聴きしたことを書きました。
国や人種が異なっても、戦争による性犯罪は
昔もいまも変わらずに、地球上で起き続けています。
昨今は戦場での「レイプ・テロ」という言葉も
よく聞くようになりました。
いつもひどい被害にあうのは弱者である女や子どもたち。
しばらく前にNetflixで視聴したドキュメンタリー
『シティ・オブ・ジョイ 世界を変える真実の声』も、
その地獄のような実態を伝えています。
そして凄惨な闇の中の小さな光の存在のことも。
平和なときはその存在すら気づかない、
おぞましいほどの暴力衝動が、戦場に置かれることで、
人間の群れに連鎖的に爆発的に現れるのだと思います。
市井の人たちが鬼や悪魔に変貌する戦争を、
なんとか非暴力的な対話の力で回避し続けたい、
そう強く願う今日このごろです。
長文をお読みいただきありがとうございました。
(匿名希望)

2025-10-04-SAT

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    特集 50/80 ヴェトナム戦争と太平洋戦争の記憶