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読者のみなさんから届いたお便り #30

 
6月に昭和9年生れの父が鬼籍に入り、
その整理で毎週のように
新幹線で故郷のまちを訪れています。
その金曜日は、
税務署で準確定申告の書類をもらうことと、
郵便局で父の郵便貯金を解約するのが
訪問の主な目的でした。
ふだん使っていなかった通帳なので、
貯金残高はわずかでしたが、
「国債等元利金」の入金が
記帳されていることに気づきました。
これはなんだろう? 
父が国債を持っていたという話は
聞いたことがありません。
窓口で訊くと「記名国債ですね」と言われました。
記名国債? ますますわかりません。
すると担当者は続けて
「『戦没者等の遺族に対する特別弔慰金』です。
郵便局でこれ以上お役に立てることはないので、
くわしくは市役所へ行かれることをおすすめします」
と言いました。
ネットで「記名国債」を調べてみると、
こう書かれていました。
「記名国債とは、
第二次世界大戦で被害を受けた戦没者等の遺族や、
強制引揚者などに、
金銭の支給に代えて交付される特別な国債です。
特定の個人に交付されるため、
原則として譲渡や担保設定が禁止されており、
換金や担保提供は
国による買上償還や貸付制度を利用する場合に限られます」
これ、該当者が申請をすることで、
その国債が定期的に分割され
償還金としてゆうちょ銀行に振り込まれるんだそうです。
それを父は、祖母なきあと、引き継いでいたのです。
その日は台風が故郷の町を通過している最中でしたが、
雨や風は強いものの、中心街はとくに被害はなく、
出かける人が少ないゆえに、市役所も空いていました。
がらがらのフロアで案内窓口をたずねると
上階に「市民局市民自治推進課」があり、
そこに「戦没者等の遺族に対する特別弔慰金」の
窓口があると教えてくれました。
そんな窓口が、いまも、あるのですね。
さてこれが誰のための弔慰金なのかというと、
レイテ島で戦死した伯父です。
父の兄にあたる人ですが、祖父の先妻の子で、
その先妻は祖母の実姉ですから
「義理の兄」ということになります。
ややこしいようですが
「むかしはよくあった話」だそうです。
病弱な姉の手伝いに来ていた15歳の妹が
そのまま後妻に入った。
それがぼくの祖母であり父の母です。
でも父からは「戦死した義理の兄」の話は、
いちども聞いたことがありません。
あえて語らなかったのか、語りたくなかったのか、
語るほどの思い出がなかったのかは、わかりません。
祖母もあまり話すことはありませんでしたが、
よく仏壇に手を合わせていたのは憶えています。
祖母は遺族によりレイテ島の慰問団が結成されたときには
いちど参加しているはずです。
レイテ島でのことは、日本が経験した
もっとも悲惨な戦場のひとつだと聞いた、
と、祖母は言っていました。
さてこの弔慰金が振り込まれた最後は今年の5月です。
市役所のかたによればそれは
「第11回」の最後だということでした。
そうか、父の死とともに、
わが家の戦後も、やっと終わったのかもしれない、
とぼくはしみじみ思いました。ところが──。
「あ‥‥、お父様が亡くなられたのは6月ですよね。
実は今年の4月1日に生存なさっていた方には、
次回の第12回の特別弔慰金を受け取る権利があるんです。
つまりお父様はその権利を遺して亡くなられたので、
第12回に限っては、
相続人に相続される財産ということになります。
第13回以後は、
お父さまの兄弟姉妹で同じ姓のかたに行きます。
ここでお手続き、なさっていったらいかがでしょうか。
住民票がこちらでしたら、ここで申請が可能です」
しかしぼくは、故郷のまちに住民票がありません。
それを知った職員さんは
「それではお住まいの都道府県でお手続きをしてください。
ただ申請方法は同じですので、
基本的なことをお伝えしますね」と、
とても丁寧に必要書類の準備や
申請書の書き方について教えてくれました。
書類一式を預かり、1階に降りると、
外はまだ激しい暴風雨でした。
すこし雨宿りをしていこう、と思い、
人の少ない待合で腰を下ろしました。
父の「同姓の兄弟」たちが身罷ったら、
この特別弔慰金を受け取る資格のある人はいなくなります。
それまであと十年、いやもう少しか、わかりませんが、
その時までわが家の戦後は続くのだな、
と、激しい雨を見ながら思いました。
それにしてもまさかじぶんのところに
こんなふうにリアルな「戦後」がやってくるとは、
まったく思っていなかったなあ。
(武井義明)

2025-09-09-TUE

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  • ヴェトナム戦争/太平洋戦争にまつわる
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