
戦争を描いた物語はたくさんあります。
そのなかでも、
今日マチ子さんの『cocoon』は
とても「不思議」な作品だと思います。
みずみずしくて、美しくて、
何かを声高に主張することはなく、
爆音は轟かず、むしろ静謐。
そして、「戦争は絶対に嫌だ」と思う。
奇蹟みたいな作品を描いた今日さんが、
担当編集者の金城小百合さんと
あらためて沖縄の各地をめぐりました。
ああ、あの物語は、
このふたりだからこそつくれたんだな。
得意の安全運転で同行させてもらった
「ほぼ日」の奥野が担当します。
特集「50/80」の最新シリーズです。
今日マチ子(きょう・まちこ)
漫画家。1P漫画ブログ「今日マチ子のセンネン画報」の書籍化が話題となる。文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に4度選出。戦争を描いた『cocoon』は「マームとジプシー」によって舞台化。2014年に手塚治虫文化賞新生賞、2015年に日本漫画家協会賞大賞カーツーン部門を受賞。『みつあみの神様』は短編アニメ化され海外で23部門賞受賞。コロナ禍の日常を絵日記のように描いた近著『Distance わたしの#stayhome日記』が、2022年1月『報道ステーション』にて特集された。近著に『すずめの学校』(全3巻/竹書房)『おりずる』(上下/秋田書店)がある。
金城小百合(きんじょう・さゆり)
漫画編集者。入社3年目に立ち上げた『花のズボラ飯』が「このマンガがすごい!」オンナ編1位、マンガ大賞4位受賞、TVドラマ化など話題に。その他、藤田貴大主宰の「マームとジプシー」によって舞台化された『cocoon』、TVドラマ化作品『プリンセスメゾン』 『往生際の意味を知れ!』、『サターンリターン』などを担当。
- ──
- 金城さんは、この2回目の旅を終えて、
どんなことを感じましたか。
- 金城
- 旅の最初のほうは、絶望してたんです。
- ──
- 絶望?
- 金城
- だって、何にも変わってなかったから。
- 今日さんが『cocoon』を描いてから
15年くらい経ちますけど、
わたしのまわりで
ひめゆりの資料館へ行ったよって話も、
そんなに聞かないし。
- ──
- 戦争は、なくならないし?
- 金城
- たぶん『cocoon』を出した15年前は、
まだ希望があったんだなあ、って。
戦争の作品を、
とくに若い世代に届く戦争の作品を、
才能ある旬の作家と一緒につくれたという
手応えがわたしにはあったし、
それで戦争がなくなるとまでは
もちろん言わないけど、
きっともっと
戦争が自分ごとになっていくはずだって。
- ──
- そう思っていた。
- 金城
- でも、結局は、あんまり変わらなかった。
あいかわらず戦争は続いているし、
自分ごととして受け止めるのって、
やっぱり難しいのかもしれないなあって。
- ──
- 時代的にも地理的にも遠くで起きている
「戦争という大きな物語」を。
- 金城
- 今回、旅の合間に
今日さんが地元紙の取材を受けたんです。 - そのとき、
何も変わっていないということに対して、
今日さんが、それでも
自分の漫画を読んでくれている人はいる、
だから描き続けるしかないですって
おっしゃっていたんですが、
「そんな悠長なことを言ってられないよ」
という気持ちになったんです。
- ──
- そのときは。
- 金城
- はい。でも、東京に戻ってから、
あのときの今日さんの言葉を思い出して、
「やっぱり今日さんの言うとおりだな」
ってあとから納得しました。 - 沖縄の人たちもきっと同じような思いで、
ずっと同じことを言い続けてきたんだな、
ということに気づいたから。
- ──
- 本当にちっちゃすぎることなんですけど、
自分も、自分の子どもに
毎日、同じことを言ってるんです。 - 同じことを言わなきゃならないことの
大変さって、そんなレベルでもわかるし、
そんなレベルとは
比較にならないレベルで、
沖縄の人たちは、言い続けてきている。
- 金城
- すごいことだし、
それしかないんだって思い直しました。
- ──
- 今日さんは、いかがですか。
今回の旅を振り返ってみて。
- 今日
- わたし自身は、
自分の作品に「期待」をあまり込めずに
描くタイプなんです。
まず作品として成立することが第一で、
できた漫画を
読んだ人がどう感じるかはその人しだい。 - だから『cocoon』が、
こうして、
ずっと読んでもらえる作品になったのは、
正直、驚きなんです。
描いたあとから
「ことの重大さ」に気づいたという感じ。
- ──
- ことの重大さ‥‥というと?
- 今日
- 描いて終わりじゃないんだ、ということ。
漫画って基本は出したら終わりで、
世の中にぽんっと投げたら、
作家は次の作品へと移っていくんですね。 - でも『cocoon』は、そうじゃなかった。
ぽんっと投げたあとに、
戻ってくるものがたくさんあったんです。
- ──
- 読者からの反応はもちろん、
「マームとジプシー」さんによる舞台も、
今回のNHKによるアニメ化も。
- 今日
- そして、その「投げた先」が、
広くて深い真っ暗闇のような感じだった。 - だから、これから先も
『cocoon』で何かできないかなあって
つねに思っているし、
この作品を更新し続けていくには
どうしたらいいだろうって、
ずっと考え続けている感じなんですよね。
- ──
- すごいスピードで消費とか代謝していく
時代だからこそ、
「継続すること、やめないこと」って、
それだけで力になると思います。
- 金城
- そう思います。
- わたしも基地は嫌だって思ってるけど、
もしかしたら、ある人にとっては
「基地を否定すること」は、
「友人を否定すること」かもしれない。
あるいは、
自分たちは理不尽な目に遭っていると
思い続けたくない気持ちとかもあるし。
- ──
- ええ。
- 金城
- 状況もどんどん複雑になっているから、
更新を続けることは大切ですよね。
- 今日
- それと今回、とても衝撃だったことは、
ひめゆり平和祈念資料館でも
他の資料館でも、
以前は体験者の方が語り部として
直に話してくださっていたんですけど、
いまはもう、
映像の中にしか存在しなくなっていた。 - 「ああ、もういらっしゃらないんだな」
と、はっきり感じたんです。
- ──
- 沖縄に限らず、戦争の取材をしていると、
そのことについては、
みなさん本当に危機感を持っていますね。 - 東京の空襲のことを伝え続けている
毒蝮三太夫さんも、
まったく同じことをおっしゃってました。
- 金城
- 語り部の人たちの話、本当に貴重でした。
- そもそも、ご自身の口から、
大切な人が亡くなる場面を語ることって、
相当きついと思うのに。
- 今日
- でも、それでも「救い」を感じたのは、
修学旅行だったのかなあ、
どこへ行っても、
たくさんの中高生たちが来ていたこと。 - むりやり連れてこられていたとしても、
あの中の数人でもいい、
何か感じてくれたらいいなと思います。
- ──
- あの年代って、重たい展示を前にして
ついふざけちゃうことも
あるだろうなと思ってたんですが、
思いのほか、
みんな真剣に読み込んでいましたよね。
- 今日
- 戦争というものを
自分たちなりに理解しようとしている
若者たちを見ると、
『cocoon』を描いた意味が、
あったのかもしれないなって思えます。
- 金城
- あと最終日、奥野さんの取材で
愛楽園に連れていってもらったときは、
正直、ビックリしました。 - 沖縄や戦争については考えてきたのに、
沖縄愛楽園のこと、
ハンセン病の患者さんのことは、
本当に、まったく知らなかったんです。
- ──
- 沖縄愛楽園の歴史を振り返ってみても、
戦争や沖縄戦が、
複雑に重層的に絡み合っていて、
すべてがわかちがたく結びついている。
どこか一部分だけ切り取っても、
全体が見えてこないなあと思いますね。 - ぼくは、どこへ行っても、
一般市民、ふつうの人たちの体験談が
「証言集」というかたちで
展示されていたことが印象的でした。
- 金城
- 大きな文字で印刷された証言集の冊子、
いたるところにありますね。
- ──
- 読むのをやめることが、できなかった。
- お顔も知らない人たちの直接の言葉を
集めて残すことって、
大事な作業なんだなと思わされました。
- 金城
- 本当に。でもそれって、今日さんが
ずっと持っていた視点でもあるんです。 - 『cocoon』をはじめ。
- ──
- ああ‥‥コロナ禍のときにも、
名もなき人たちの
名づけのようのない日常の場面を
ずっと描いてましたもんね。
- 今日
- はい。
そのことは、ずっと、やっていますね。
嘉手納基地に隣接する「道の駅かでな」の学習室に掲示されていた漫画 撮影:金城小百合
(つづきます)
2025-08-24-SUN
-
『cocoon』がアニメになった
2025年8月25日(月)夜11時45分からNHK総合で
今日マチ子さんの『cocoon』がアニメになります。
放映日は、2025年8月25日(月)。
特集アニメ「cocoon~ある夏の少女たちより~」
というタイトルで、夜の11時45分から、NHK総合。
あの、苦しくて切なくて、
でも、なぜだかわからないけど、
何かを信じたり、肯定したり、
前を向こうとする力を感じる物語世界が、
アニメでは、どう表現されているのでしょうか。
なお、今回の沖縄取材のようすを描いた
今日さんのイラストが、
小学館の『GOATmeets』という新しい文芸雑誌に
8ページに渡り掲載されています。
じつにぜいたくなページ使いで、すごくよかった。
これはちょっと、必見だと思いました。 -
ヴェトナム戦争/太平洋戦争にまつわる
読者のみなさんからのお便りを募集いたします。ご自身の戦争体験はもちろん、
おじいちゃんやおばあちゃんなどご家族や
ご友人・知人の方、
地域のご老人などから聞いた戦争のエピソード、
感銘を受けた戦争映画や小説についてなど、
テーマや話題は何でもけっこうです。
いただいたお便りにはかならず目を通し、
その中から、
「50/80 ヴェトナム戦争と太平洋戦争の記憶」
の特集のなかで、
少しずつ紹介させていただこうと思います。

