糸井

いま先生がご自身で興味を持って
やりかけてる研究って、どういうものですか？

稲垣

やっぱり雑草の研究って、防除、
「どうやって防ぐか」がいちばん大事で。

抑えるためには性質を知らなきゃいけないから
調べるんですけど、雑草ってみんな
特徴的な進化をしているので、
どれもすごくおもしろいんですよね。
まずはそこがあって。

糸井

ええ。

稲垣

あとは昔からの興味として、これはたぶん
日本の雑草学が進んでるところなんですけど、
日本には
「雑草の変わった特徴を利用できないか？」
という研究がけっこうあるんですよ。

先ほどフィールドを見て回ったときに、
雑草のユリがありましたよね。
雑草なので大きさが自由自在で、
でっかいと２メートルぐらいにもなるし、
小っちゃいと10センチぐらいで花が咲くんですけど。

タカサゴユリ。

稲垣

だからうちの学生が
キャラクターの『ちいかわ』みたいな、
「ちっちゃくてかわいいユリを作りたい」
と言って、10センチぐらいで咲く
園芸用の品種を作ったんですけど。

糸井

ちいかわユリ（笑）。

稲垣

そんなふうに、変わった性質があるんだったら
「それ、利用できるんじゃない？」と
発想するようなことって、
実は日本人がすごく得意にしてるもので、
おもしろいなと思いますね。

糸井

ああ、いいですね。

稲垣

日本の人たちって、どこか雑草に
リスペクトがあるんですよ。
「雑草魂」「雑草軍団」みたいな言葉もありますし、
「邪魔者だけど、敵もなかなかさるものだよね」
みたいな感じがあって。

これが欧米だと、雑草ってもう悪者なんです。
英語で雑草は「weed」ですけど、
これは麻薬と同じ呼び方で、
神のものか悪魔のものかに分けるなら、
雑草は悪魔のもの。
「悪魔が夜に種を蒔いてる」みたいな言葉もあって、
そういうものを利用する発想って、
なかなか出て来ないんです。

一方で日本語の「雑草」には
悪い草とか邪魔な草という意味はなくて、
「雑」なので「その他たくさん」というだけ。
役に立つ植物にどんどん名前がつけられたあと、
残った「その他大勢」くらいの感じなんですね。

日本語だと「イエス or ノー」のアンケートにも
「どちらでもない」という項目があるじゃないですか。
その判断のつかなさまで含めて考えに入れる。
そういう「その他」の発想が入った
「雑草」という分け方って、
ぼくはすばらしいなと思うんです。

糸井

たしかに。
「雑」という発想はほんとにいいですね。

稲垣

日本人の自然観って
「すべてのものには表と裏があるから、
みんな悪いところだけじゃなく、
いいとこもあるよね」みたいな発想で。

だから雑草も
「こいつら悪いやつだけど、
なんかたくましいし、家紋にしちゃおうか」
みたいなことがあったり。

糸井

ああ、家紋も。

稲垣

さきほど見たカタバミも、
「片喰紋（かたばみもん）」とか
「剣片喰（けんかたばみ）」とか、
よく家紋にされてるんです。

抜いても抜いても生えてくるところが
「家が絶えないように」みたいな
願いと掛け合わされて、戦国武将とかに愛されてて。

カタバミ。

カタバミの花。

稲垣

ヨーロッパだと家紋に、
ドラゴンとかユニコーンとか、
すごく強そうな動物を使うわけです。
あとは虎でも鷲でも、強そうな生き物って
ほかにもいっぱいいるのに、
日本人は雑草を家紋にしてる。
このセンスというのはすごいなと。

いまでも日本の研究者がいろいろと
「雑草に学ぼう、利用しよう」
みたいな研究をしていて、おもしろいんですよね。

糸井

邪魔になるような敵でも、
もしかしたら味方になるかもしれない。

稲垣

そうなんです。
「敵も味方につければいいんじゃないの？」
という発想なんですよね。

糸井

人体も腸内細菌っているじゃないですか。
１キロとか、1.5キロとか、
体重に関わるほどいると聞きますけど、
あれも「共生」ですよね。

稲垣

ああ、そうですよね。生き物の世界って、
基本的に助け合ってるんですよ。
まだまだ研究が進んでない部分もあるんですけど、
かならず「共生関係」って、助け合いがあって。

自然界って別にルールも道徳もないじゃないですか。
だから何をやってもよくて、
どんなずるい汚い手を使っても、生きのびれば勝ち。
なのにみんな助け合ってて。
それはほんと不思議だなと思うんです。

きっと過去には、いわゆる「ずるい戦略」とか、
「汚い手」を使う生き物というのも、
それなりにいたと思うんです。
だけどたぶん、あんまり成功してないんです。

そんなふうに、結果的に助け合う
生き物ばかりが生き残ってるというのは、
私たちが生きることについて、ひとつ、
示唆的な答えを見せてくれてるなと思ってます。

糸井

ぼくは以前、社会心理学者で文化功労者の
山岸俊男先生に、いろんな話を
聞かせていただいたことがあるんですね。

社会がどうできているかの研究をされていて、
『信頼の構造』『安心社会から信頼社会へ』など、
「信頼」をキーワードにした本を
たくさん書かれた方ですけども。

稲垣

ええ。

糸井

その山岸先生が実験として、
学生さんたちといっしょに
「嘘をつくほうが得か、正直なほうが得か」
みたいなゲームをやったらしいんです。

そしたら、そこで最終的に導かれた結論が
「正直は最大の戦略である」だったらしくて。

要するに、「いちばん正直な人」が
「いちばん勝てた」という実験結果が出て。

稲垣

おもしろいですね。

糸井

しかも、その山岸先生の話を
ほぼ日の初期の頃に書いたら、
「私はその研究室の学生でした」
という人が現れて。

話を聞いてみたら、またすごいんです。
その人はなんと
「その損得のゲームでいちばん勝った人と
結婚しました」という（笑）。

つまり、「正直は最大の戦略である」を
いちばん実行した人と結婚してて、
「いま、とても幸せです」という。

稲垣

すごい（笑）。

糸井

ちょっといいでしょう？

ある意味、おとぎ話のように
聞こえるかもしれませんけど、
こういう例がひとつあるというだけでも、
一編の詩を読んだような気持ちになって。

稲垣

ほんとですね。

糸井

ぼくは昔から、ぼくらのほぼ日について、
考え方の「父」と「母」がいると
言ってるんですけど、
その「母」が、その山岸先生の
「正直は最大の戦略」という理論なんですよね。

ちなみに「父」のほうは梅棹忠夫先生の
「情報の文明学」。
情報が社会をかたちづくる時代の到来を
1960年の段階で書いた、先駆けの本なんですけど。

‥‥でもこのところ、ぼくはそこに雑草の
「雑」の概念を加えてみたいなって。

稲垣

ああ、いいですね。
「雑」という発想は、私もすごく
大事だなと思います。

糸井

けっこういろんなことを考えるときに、
「まずは勝ち負けも白黒もつけずに
１回『雑』でとっとこうか」
みたいなことを混ぜる必要がとてもあるなと、
最近すごく感じるんですよ。

その発端が、稲垣先生のお話で。
雑草の話を知れば知るほど、
その「雑」というところに、
自分たちがこれからも明るく進んでいくための
ヒントがあるような気がするんですよね。