──
2年くらい前、外苑前の駅に、
宮川香山の蟹の壺の駅貼りポスターが
どーんと貼ってあって、
「うわ、なんだこりゃあ」と思って、
はじめて、
こういう世界があることを知りまして。
村田
ええ。
──
その後、まさにこちらの
清水三年坂美術館さん収蔵の作品などを
『美術手帖』とかで見ては、
すげーすげーと大興奮していたんですが。

『美術手帖』2016年8月号より

村田
はい。
──
「明治の超絶技巧の作品って、
 美術の教科書に、載ってたのかなあ」
と、ふと疑問に思いまして。
村田
載ってないと思います。
──
ですよね。それが、すごく不思議です。
村田
日本の美術界には、
明治工芸は、評価されなかったんです。
junaida
それは、どういう理由で、ですか?
村田
まず、先ほども申し上げましたが、
明治期の工芸品は、
いま、ほとんど日本に残っていません。
──
なるほど。見ることができない、と。
村田
ただ、「見ることができな」くたって、
調べればいいことですが、
国公立の博物館等には入っていません。
上野の東京国立博物館へ行っても、
竹橋の東京国立近代美術館へ行っても、
明治工芸は、見当たりません。
──
へえー‥‥。

濤川惣助《葦雁図皿》 
写真提供:清水三年坂美術館 撮影:木村羊

村田
東京国立博物館は明治以前をやり、
東京国立近代美術館は、明治以後。
両者は「明治」で区切っています。
──
あ、そうなんですか。
村田
博物館のほうは、
やっぱり、江戸以前をやろうとする。

近代美術館は、
戦後のモダンアートをやろうとする。
明治時代については、
どちらがやってもいいんですけど、
ここにあるような
明治時代の工芸品については、
どちらも、やろうとはしなかった。
──
それは、つまり「工芸品」だから?
村田
そのことは、大きいでしょうね。

つまり「お土産品でしょ?」と。
そんなわけで、ずっと長いこと、
明治・大正期の工芸品は、
日本の美術界の「空白地帯」でした。

誰も研究しようとしなかったんです。
junaida
でも、この素晴らしさは、
見たらわかると思うんですけど‥‥。
村田
まあ、これは聞いた話でありますが、
博物館や美術館も「組織」ですから。
明治をやろうと提案しても、
上司に
「貿易のため、金儲けのためにつくられた、
 欧米迎合的なしょうもないもの、
 土産物的なガラクタを、やるんじゃない」
と言われたら、できませんでしょう。
──
なるほど‥‥。
村田
ただ、最近では、じょじょにメディアにも
取り上げられるようになって、
わたしが少しずつ買い戻したものが、
あちこちで展示されたりしていますから、
国公立の美術館にも、
ちょっとずつ入るようにはなっていますね。
──
村田さんの、明治工芸との出会いって、
どんな感じだったんですか?
村田
30年ほど前に、ニューヨークへ行ったとき、
あるギャラリーのショーウインドウで、
明治時代の蒔絵の印籠を見たのが最初です。
極めて細密で美しく、
その場で3点、買ってしまったんですけど。

junaida
印籠、かっこよかったですもんね。
村田
オリエンテーションズ・ギャラリーというね、
明治工芸については、
世界トップレベルのギャラリーでした。
いまでも、付き合いがありますけれど。
──
そのときの「うわあ、美しい」という思いが、
いまにつながってらっしゃると。
村田
はい。
junaida
これまで、あまり、わざわざ海外に行って
日本の美術を見ようって発想が
なかったんですけど、
これら明治の工芸品にかぎっては、
海外のほうが、
いいものがたくさんあるってことですよね。
村田
そうなんです。
──
そういう意味でいうと、
失われてしまった技術の大きさというのは、
すごいものがありますよね。
もう一度、あの高みに到達するのって‥‥。
村田
正直、難しいのではないでしょうか。
先ほどの「徒弟制度」のこともありますし、
蒔絵人口も、彫金人口も、
当時の数十分の一、数百分の一でしょうし。
──
母集団が、比較にならないんだ。

正阿弥勝義《群鶏図香炉》火屋部分 
写真提供:清水三年坂美術館 撮影:木村羊

村田
そうした時代の趨勢のなかで、
明治期の再来を期待する‥‥というのは、
なかなか難しいと思いますね。
ひとりの天才が、
突然、うまれる可能性はあったとしても。
junaida
なるほど。
村田
それに、現在では、道具をつくる職人も
いなくなってしまって‥‥
細い線を描くことのできた特殊な蒔絵筆、
もう、つくれませんから。
──
それは、どう特殊なんですか?
村田
クマネズミのワキ毛でつくってたんです。
──
‥‥ワキ毛?
村田
そうです、クマネズミのワキ毛を集めて、
蒔絵の筆にしてたんです。
──
そこの毛が、いちばんよかった‥‥?
村田
ネズミが駆けずり回るときに、
腕をね、せっせと動かすわけですけど、
そのときに、
ワキ毛の先がすり減って、
テーパー状になるそうなんです。
──
テーパー状‥‥というと、
先へ行くにしたがって細くなる、と。
村田
粘っこい漆をたっぷり含ませながら
細い線を描くためには、
毛の先がテーパー状になってないと
うまくいかないそうなんですが、
他の動物のワキ毛でもダメだし、
機械でも、つくれないそうなんです。

──
へええ。
村田
たしか、いまから15年ほど前までは、
琵琶湖にひとり、
クマネズミを捕るおじいさんが
いたんですけど、
その方が亡くなってしまってからは、
クマネズミを捕る人もいなくなって。
junaida
いろいろ試して、
「そこ」に答えがあった、というのは、
えらいことです。
──
クマネズミのワキ毛にたどり着くまで、
イヌ駄目、リス駄目、
パンダ駄目、人間駄目‥‥とか(笑)。
junaida
でも、いまみたいなお話を聞いてると、
自分も画家として、
恥ずかしい気持ちになってきますね。
──
ここまでやるのか、と?
junaida
道具の追求についてもそうですし、
作品に向かって、
全身全霊を込めているんだという、
つくり手の「気魄」が
作品自体から、
にじみ出しているじゃないですか。
──
同じ作家として、それを感じると。
junaida
自分自身が1枚の絵を描くときにも、
そういう、
真剣勝負のような時間が必要です。
でも、当時の作家たちの「気魄」を、
こうまでリアルに感じると、
もっともっとやれるな俺も‥‥って。

<つづきます>

2017-09-10-SUN