いまなお、多くの人の心をとらえて離さない
『MOTHER』シリーズの音楽。
その音を紡いだのが鈴木慶一さんと田中宏和さん。
開発者の糸井重里を交えて
たっぷりとひもといてもらいましょう。
その経緯を。とっておきの秘密を。込めた情熱を。
一見のほほんとした「おじさん」たちは、あのとき、
あきらかにムキになって戦っていた!鬼だった!
なお、ときたま登場する「ムケてない」ということばは
「大人になりきれていない」という意味で使います。
あまり余計なことなど想像せぬように。

第5回

「救われる音楽に。
『エイト・メロディーズ』」

好きな食べ物はオムライスだったから
オムライスを食べるたびに思い出してたの。
あの、メロディーと一緒に。
小学校の先生になって3年目かな、音楽の教科書に
「エイトメロディーズ」が
載っていたときは興奮した。
リコーダーや鉄琴、木琴、ピアニカ、エレクトーン、
トライアングルなどを使った
シンプルながら美しい楽譜だった。
始めはリコーダーのみ、
繰り返すうちに楽器が増えていくの。
8回目の繰り返しで全部の楽器が
美しいハーモニーとなる。
授業参観で、保護者の皆さんに披露したもんね。
6年生だったあの子たち、今年成人式を迎えました。
あのとき、この曲は
マザーって言うゲームのキーになってる
曲なんだって教えたら
男の子達「マーザーツー」って歌っていたっけなあ。
何だかいろんなことが蘇ってきて興奮する。
サントラのカセット、どこへ行っちゃったんだろう。
ゲームの内容、いっぱい忘れちゃってるな。
でも、オムライスとエイトメロディーズ、
今でも胸がキュンとします。
(佳代)

糸井
いっちばん悩んだのは、
『エイト・メロディーズ』です。
鈴木
うん。
田中
ああ、そうそうそう。
糸井
音楽づくりが順調に進むなかで、
唯一「違う!」ってストップをかけたような気がする。
なぜかというと、ぼくのなかに最初から、
わりと明確なコンセプトがあったんです。
‥‥賛美歌なんですよ。意味として。
要するに、教会で聞えてくる音楽にしたかった。
それを聞いた人が
救われたような気持ちになるような、
そんな音楽にしたかったんです。
これは、けっこう難しかった。
鈴木
うん。あれは確かに、難しかった。
ひろかっちゃんと私で、
両方で違うアプローチしてみたりね。
糸井
あの曲だけは、ダメ出しを何回もやってると思う。
「なんかさ、もうちょっとさ」って。
ほかの曲でそんなふうに思ったこと1回もないし、
「ありがたいな、これオレの想像を超えてるよ」
って、ずーっと思ってたんだけど、
『エイト・メロディーズ』だけは、
「君たちはわかっとらん!」って思ったもん(笑)。
鈴木
何度も作り直した記憶があるよ。
でも、賛美歌ってのは、いいヒントになった。

糸井さんのなかにあった具体的なイメージを
もう少し詳しく教えてください。

糸井
もちろん、賛美歌といっても、
形として賛美歌のような曲にしたいってわけじゃなくて。
宗教がないと成り立たないような世界観って、
長年、人間の歴史ってのはつくってきたわけですよ。
こざかしい人間の理屈を、超えたような何かってのを、
ずうううっと、人間は必要としてきたんでさ。
宗教のない民族なんて、ひとつもないわけですよ。
そういうなかで、「教会」ってのが、
仕組みとしてよくできてると思うんですよ。

仕組み?

糸井
うん。たとえば、
「教会」のいちばんいい仕組みっていうのは、
なんにも知らないでフラッと訪ねてきたヤツが、
一気に救われちゃうようなところなんです。
で、教会で鳴っている賛美歌という音楽って、
そういう仕組みの一部として機能してるんです。
お寺の木魚の音だけじゃ、かなりむつかしい。
鈴木
うん、うん。箱全体で鳴らして、
エコーで説得するんだよ、西洋は。
糸井
そうそう。
寂しい人だとか、悲しい人だとか、
打ちのめされてる人だとか、
いろいろいるわけじゃないですか。
それが、短い音節でパッと聴けて、
一気に「救われた」って思える音楽ってのは、
すごいと思うんですよ。
だからぼくは『エイト・メロディーズ』を
そういう役割の音楽にしたかったんです。

それで、「賛美歌」。

糸井
うん。人を救う音楽には、ゴスペルのように、
迷う人の背中を強く押してくものもあるけれど、
オーソドックスな賛美歌の持ってる──。
鈴木
引いてる感じ。
そこに、ただ在るというね。
糸井
そう!
『エイト・メロディーズ』はそうしたかった。
でも、そういう意図をもって、
「お願いします」っていうのは、伝えかたとして
ものすごく、難しかったですねえ。
鈴木
そりゃそうだ。そう言ってくれれば
よかったのにって、
その時は理解しにくかったろうな、
50代じゃないし(笑)。
糸井
そうだよねえ(笑)。
最初のうち、慶一くんたちがつくってくれた
『エイト・メロディーズ』のデモって、
どこかのところで
曲として成り立ちすぎてたんです。
「これを聴いて、助かった」みたいな音は、
ポピュラー・ミュージックの中に
ルーツを探っていっても見つけにくいんです。
だから、もっと成り立たないものに
したかったんですよね。
でも、それってメッチャクチャ難しい注文だから、
もう、「頼むわー」って言うしかなくて。
鈴木
しかも、難しかった要因がもう1コある。
『エイト・メロディーズ』は
8つに分かれなきゃいけないんだよ。
糸井
ハハハハッ!
鈴木
やっぱり『エイト・メロディーズ』なんだから
8小節にして1小節ずつ違うメロディーにしようと。
それは最初に決めたんだ。
ところがその構造だと
ポップ・ミュージックって
なかなか成り立たないんだよ。
現代音楽の領域だ。
フィリップ・グラスとか、
マイケル・ナイマンのね。
(※ともに現代音楽の作曲家。
クラシックから映画音楽まで幅広く活躍)

音楽のセオリーとしては。

鈴木
うん。1小節ごとに違うメロディーがあって、
しかも、同じメロディーを使い回せない。
同じメロディーが出てくると、
ゲームのなかで集めるときに
わかんなくなっちゃうからね。
だから、それぞれに違うメロディーが
8コつながってひとつの曲にならなきゃいけない。
それはとても難しいんだけど、
それをあえてつくったのが、
よかったのかもしれないね。
糸井
うん。実際にできたし、
「できる!」って信じてダメ出ししてたから。
音楽に関するジャッジで、
ぼくがめずらしく厳しい顔してキリッとしたのは、
あそこだけですね。

8つのかけらから成るMOTHER2の曲は
耳コピーして楽譜に落とし、
今までに使った4台の携帯全てに
着信音として登録してきました。
おとうさんとおかあさんからの着信音にしています。
(クロ)

鈴木
あれは、ひろかっちゃんが先に作ったんだよね?
で、オレが作って、それを合体させて。
サビの部分がひろかっちゃんか。
田中
『MOTHER2』の
『エイト・メロディーズ』は、そうだったかな。
糸井
サンプルがいくつもできてたよね。
鈴木
うん。最初は、わりとアイリッシュな、
ジョン・レノンっぽい感じを
イメージしたんだけどね。
糸井
はぁー。
鈴木
うん。でも、「賛美歌っぽく」はなった。
ジョン・レノンの
『ラック・オブ・ジ・アイリッシュ』
(※『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』
に収録されたナンバー)的な部分は
8番目のメロディの最後に残ってるね。
糸井
苦労しただけあったよねえ。
ゲームのなかで「救われる」音楽になったもの。
鈴木
小学校の教科書に載ってたらしいんだけど。
田中
そうらしいですね。僕も知らなかったけど。

いまのお話を聞いて、
転校生の人で、リコーダーで練習してる
『エイト・メロディーズ』を聴いたっていう
メールのことを思い出しました。

糸井
ああ、あったねー。

10年くらい前、中学3年のときに、
転校生で引っ越してきたばかりの私は
何もかもが新しい学校生活で
進み具合や違う公式で解かれる授業を
泣きたい気持ちで受けていました。

詳しく聞ける友達もまだいなかったし、
もう受験ムード漂う教室で行われる授業を妨げて
先生に「わかりません」というのもできなかった。
みんなが知ってる英単語を必死に辞書で調べて、
新しいものも一緒に調べて
わからないことだらけでもう嫌だ!
と思っていたときに聞こえてきたんです。

MOTHER1のエイトメロディーズが。
隣の小学校から。
リコーダーで繰り返し繰り返し聞こえてくる
メロディが懐かしくて嬉しくて新しいものだらけに
囲まれて寂しくなっていた私は、
昔からの友達に会えて
「がんばれ」って言ってもらったような
気がしました。

CDを聞いていたら思い出しました。
今も同じところに住んでいます。
あの時聞こえたエイトメロディーズの楽譜は
その小学校に弟が行っているということで
コピーを貰いました。
コピーしてくれた子とは今でも友達です。
一緒に「MOTHERが出るね!」と喜んでます。
(TOTO)

(続きます!)

2003-06-04-WED