HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
北米インディアンの古老に
弟子入りして
猟師の修行を積んできた人。

文化人類学者・山口未花子さんに聞いた
「大好きな動物たち」のこと。

たったひとりで
カナダのインディアンの古老を訪ね、
弟子入り志願し、
700キロもあるヘラジカを仕留めたり、
その巨体を解体したり、
肉を処理したり、皮をなめしたり‥‥という
猟師の修行を積む女性がいます。
文化人類学者の、山口未花子さんです。
そこにはきっと、
ワクワクするような冒険譚があるに違いない!
そう思って取材にうかがったのですが
何よりおもしろかったのが
大好きな「動物」についてのお話、でした。
「彼らインディアンが
 いかに動物たちに感謝し、愛着を感じ、
 リスペクトしながら、
 動物たちから恵みを得ているか」
そんな話が、すごく、おもしろかったのです。
聞き手は「ほぼ日」奥野です。
全4回の連載として、おとどけします。
 
第3回
生物学から
「こぼれ落ちていくもの」に
惹かれていった。
── そもそも山口さんは「動物好きが嵩じて」
カスカの古老に
弟子入りを志願したとのことですが、
それって
ただの「動物好き」じゃないと思うのですが。
山口 わたし‥‥ものごころついたときから
本当に、ものすごーく、
動物や虫や自然が大好きだったんです。

子どもには
めずらしいことじゃないと思うんですが、
わたしの場合は
その気持ちが、ずっと途切れなくて。
── 大人になっても。
山口 はい。

京都で生まれ育ったんですが、
中学高校は、埼玉県の自由の森学園という、
ちょっと変わった‥‥というか
かなり勝手気ままな学校へ行きました。

おもしろくない授業には出席せず、
勉強なんかぜんぜんやらずに
近所の深い森のなかへ遊びに行ったり、
千葉のほうの海へ行って、
いろんな漂着物を拾って回ったりとか、
そんなことばかりしていて。
── 自由な青春時代を過ごされた、と。
山口 ただ、生物の授業だけは大好きでした。

先生がおもしろかったんですけど
教科書を使わずに
野外に出て、虫や生き物を観察したり
物語や神話のような語りで
生物進化のことを、教えてくれたり。

だから大学へ進んで
生物を専攻したいなと思ったんですが
なにしろ中学高校6年間、
まったく勉強してなかったので‥‥。
── ええ。
山口 大学に入るのに「三浪」しちゃって。
── ずいぶん‥‥努力されて。
山口 やっぱり
「大学へ行くのには3年かかるんだな」
と思い知りました。
── なるほど、身をもって学んだと(笑)。
山口 高3のときセンター試験を受けたんですが、
数学が全問チンプンカンプンでした。

でも、推理で1問だけ解けたんです。
── 「推理で」(笑)。
山口 「この、
 Xの右上に数字の2がついてるのは
 Xが2個ってことかな?」
みたいな感じで、推理が当たったんです。
── おお、冴えてる(笑)。

でも、とにかく3年に渡る浪人生活の末、
大学に合格するわけですか。
山口 はい、そのころになると
「動物のことが大好きだ」という気持ちも
さらに強まっていました。

で、1年生から研究室に押しかけたりとか、
やる気満々だったんです。
── 念願の生物学を勉強できると。
山口 はい、実際、本当に楽しかったです。

野外に出て
思いっきり野生動物を観察したりだとか、
そういうことが、とっても。

でも‥‥論文を書くときに疑問が湧いて。
── どんな?
山口 当たりまえのことですが
「生物学」というのは「自然科学」です。

つまり、目の前にいる動物の実際の姿や、
自分の感じた感情などを
削ぎ落として、削ぎ落として、削ぎ落として、
数量化していかなければならない。
── はい。
山口 そうすることで、
「ウサギとは、こういう生態を持つ」という
普遍的な知識、
つまり、どこの誰でも参照することができて、
ウサギがウサギでいる限り、
世代を超えて
揺るぎのない真実にもなりうるんですが‥‥。
── ええ。
山口 いつからか、わたしは
その過程で「削ぎ落とされて」いった
「誤差」や「エラー」みたいなもののほうに
惹かれてるって感じたんです。
── 具体的には‥‥。
山口 たとえば、
ウサギについてこぼれ落ちる話のなかには
さまざまなアクターが存在します。

猟師さんもいれば田畑を耕す農民もいるし、
土地の地主、
近所の集落に住んでいるだけの人‥‥とか。
── なるほど。
山口 で、彼らの語る「ウサギ」って、
人によって千差万別、ぜんぜん違うんです。

猟師にとっては「獲物」ですけど、
農民が語るウサギは
マメ科の作物とかを食べちゃう、悪いやつ。

「え、ウサギ研究してんの?
 じゃあ捕まえちゃってよ」みたいな(笑)。
── 捕まえちゃってというのは「駆除して」と?
山口 そうです。

そういう、
動物たちの「数量化できない側面」を
もっと知りたくなって、
他方で、これまで学部で学んできた
生物学的アプローチだと
わたしが動物と付き合っていく方法として
「ちょっと違うかも?」
と考えるようになって‥‥それで。
── はい。
山口 大学院の修士から、文化人類学のほうへ。

そこには
動物に関する宗教や神話もあれば、
いっしょに暮らしたり、かわいがったり、
食べたりすることを通じて
人間と動物がどのように関わっているか、
人間が動物をどう見てきたか‥‥。

つまり、動物のことを考えるときに、
他でもない自分たち人間が
重要な要素として、含まれていたんです。
── 動物が、静的な観察の対象ではなくて
「関わりあう相手」
「やりとりをする相手」になった。
山口 うん、そうですね。
── で、回り回ってカスカの古老に弟子入り。
山口 はい(笑)。
── どうやって溶け込んだんですか、はじめ?
山口 うーん、いろいろあると思うんですけど、
ひとつには
わたしが「モンゴロイド」だったことが
大きかったかもしれません。

このちいさい日本人の女は
どっちかって言うと「自分たち側」だな、
と思ってもらえたというか。
── カスカの人たちに?
山口 つまり、どうしても
「白人ってさあ〜」みたいな思いとか愚痴が
あったりするんです、先住民には。
── なるほど。
山口 わたしには、そういう愚痴も言えるし、
身体がちっちゃくて、
話す英語もたどたどしくて、
穴の空いたシャツとジーパンで、
三つ編みの童顔で、子どもみたいだし‥‥。

いろんな意味で
「馴染みやすい奴だった」というのは
あるのかなと思います。
── 人懐っこい感じ、というか、
山口さんのキャラクターもありますよね。
山口 はじめて入ったときは
28歳くらいだったと思うんですけど、
先住民の人たちには
伝統的に
「子どもはコミュニティーで育てる」
という感覚があるので
「ちゃんとごはん食べてるの?」
とか、
「着るものなかったらあげるよ」
とか、
みんな、何かと気にかけてくれたんです。
── おお。
山口 一般的に、北米では
人類学者が調査地へ入るときは
お金をはじめ、
何がしかの「対価」を支払うことが
ほとんどなんですけど
逆に、面倒を見てもらっちゃって(笑)。
── いろんな意味で
カスカの人と目線が合ってたんでしょうね。
山口 それは、そうかもしれません。

はじめはやっぱり、
とくに、おじいちゃんやおばあちゃんには
警戒されましたけど、
あのちっちゃい日本人の女、
どうも動物に興味があるとか言ってるぞと。
動物の解体と加工に用いる道具。 写真提供:山口未花子
── ええ。
山口 カスカの人たちって、
何と言っても、動物のことがいちばん大事。
みんな本当に、動物が大好きなんです。

「オスのヘラジカは、
 こういうときに、こんな行動をとるんだ」
みたいに
一日中、動物の話をしていられる人たちで。
── あ、そこで「話が合った」んですね。
山口 そうそう。
── まさしく「ウマが合った」と。
山口 そう、そうなんです(笑)。

ずっといっしょに、
飽きずに動物の話をしていられたんです。

「動物いいよね!」って感じで(笑)。

<つづきます>
2014-04-17-THU
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