HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
北米インディアンの古老に
弟子入りして
猟師の修行を積んできた人。

文化人類学者・山口未花子さんに聞いた
「大好きな動物たち」のこと。

たったひとりで
カナダのインディアンの古老を訪ね、
弟子入り志願し、
700キロもあるヘラジカを仕留めたり、
その巨体を解体したり、
肉を処理したり、皮をなめしたり‥‥という
猟師の修行を積む女性がいます。
文化人類学者の、山口未花子さんです。
そこにはきっと、
ワクワクするような冒険譚があるに違いない!
そう思って取材にうかがったのですが
何よりおもしろかったのが
大好きな「動物」についてのお話、でした。
「彼らインディアンが
 いかに動物たちに感謝し、愛着を感じ、
 リスペクトしながら、
 動物たちから恵みを得ているか」
そんな話が、すごく、おもしろかったのです。
聞き手は「ほぼ日」奥野です。
全4回の連載として、おとどけします。
 
第4回
動物を通じ
かつて「狩猟採集民」だった
自分たちを理解する。
── そもそも、ユーコン準州のなかの
カスカの人たちの居住区にたどり着くのも
大変そうだと思うのですが。
山口 実際、超大変でした。
カスカの伝統的な生活領域、リアド川流域。 写真提供:山口未花子
── そのへん、おもしろそうな気配が。
山口 まあ、いろいろあったんですが‥‥
カスカの人たちの調査の許可をもらうのに
「丸1年」かかったりとか。
── そんなに。
山口 カスカの人たちのことについては
1950年くらいに
論文が1本、書かれているきりなんです。

つまり、ほとんど調査されていなくて。
── なるほど、たどるべき「先人の足跡」が
ほぼなかったわけですね。

でも、研究者としては胸が高まりますね。
山口 先住民の研究で調査に入るためには
カナダ政府の許可と、
先住民の自治政府の許可が、要るんです。

カナダ政府の許可はすぐ下りたんですが
自治政府の許可というのが‥‥。
── なかなか、ゆるしてもらえなかった?
山口 いえ、そういうわけではないんですが
とにかく「連絡が取れない」。

自治政府に電話やファックス、手紙などで
コンタクトを取ろうとしたんですが
もう、一向に返事が返ってこないんですよ。
── ははあ。
山口 しかたがないので
ユーコン準州の州都ホワイト・ホースから
車で「丸2日」ほど
砂利道を走ったところに住んでいるチーフに
会いに行ったんですが
着いたら「こっちじゃないよ」と言われ。
── 丸2日もかけて行ったのに。
山口 そう、で、また丸2日かけて帰るのか‥‥と
がっかりして帰途についたら
ハンドル操作を誤って
運転してる車が逆さまにひっくり返りました。
ロード・ムービーのような展開。 写真提供:山口未花子
── え‥‥よくぞ、ご無事で。
山口 谷に落ちそうになってハンドルを切ったら
反対側に口を開けていた
すり鉢状の大きな穴ぼこに転落しちゃって、
「ぐるーん、ポテ」みたいな感じで。
── 車の上下が逆さまに?
山口 幸い怪我はなかったんですが、
「ふりだしに戻る」みたいな気分になって
すごくショックでした。

でも、気を取り直して、
もう一方のチーフのもとへ向かったんです。
── 車がひっくり返っても、めげずに。
すごいですね‥‥。
山口 ようやく全体を統括するチーフのところに
たどり着いたら
「ハンティングに行っていて不在」と。

彼は、
そのまま1週間ほど帰ってきませんでした。
── 現代の日本人にとっては
あらためて、ものすごい時間軸ですね(笑)。
山口 待って待って、1週間後にようやく会えて、
「わたしは日本の学生で、
 動物のことや、
 狩猟採集民の暮らしに興味があって、
 だから、
 カスカの調査をしたいんです!」
と訴えたら
「え、いいよ」とあっさり許可が出ました。
── あははは、即答で(笑)。
山口 でも、そのあとに
「んー、いちおう会議にかけようかなあ。
 2週間後に連絡するから」
と言われたので、
正式の許可をもらえるまでには
さらに2週間、待つことになりました。
── 一抹の不安がよぎりますね。
山口 案の定、2週間経っても連絡は来ませんでした。

で、しつこく自治政府に電話をかけて
ようやくつかまえて
「すみません、ちょっと前に
 調査のお願いをした日本人なんですけど」
と言ったら
「ああ、君か。
 そういえばオッケーって言ってたよ」と。
── のん気‥‥。
山口 そうなんです! こっちは必死なのに。
── ちなみに、山口さんが弟子入りしたという
「インディアンの古老」って、
どういう人だったんですか、年齢とか。
山口 フレディさんといって、
もう80歳を超えているおじいちゃんで、
ほとんど最後の
「本物の狩猟採集民」です。
── 最後の、本物の。
山口 「本物の」というのは、
つまり、伝統的なカスカの猟師には
メディシン・アニマルと言って
自分を守ってくれる「守護霊」のような動物が
それぞれについてるんですが
そのメディシン・アニマルとも通じ合えたり。
── 話ができる?
山口 そうです。はっきりそう言ってます。

他にも、どの種類の動物でも
獲って、解体して、皮をなめすことができて、
植物についても詳しい知識があって
湧き水の場所も知っていて、
森のなかにいても、絶対に迷わない。

つまり、
一年を通じて「どこで何をすればいいか」が
ぜんぶ、わかっている人です。
── 森のなかのスーパーマンですね。
山口 フレディさんより下の世代の人たちになると
学校で合理的な考えを学んでいるし、
なにより
「ヘラジカは扱えるけど、ビーバーは無理」
とか、そういう人が多くなってきます。
── その意味で「最後の、本物の」であると。
山口 かっこいいですよ、ほんと。
── 本日、山口さんのお話を聞いていたら
「動物のことを通じて
 人間のことを理解する」のって
たとえば
現代日本でも当てはまるような気がしました。
山口 そうでしょうね。

人間が動物と関わって生きてきたこと自体は
何万年も昔から変わっていませんから。
── はい。
山口 長く狩猟採集民として生きてきた人類の
記憶やふるまいは
現代のわたしたちにも染み付いているはずだし、
それを、
まだ目に見えるかたちで残しているのが
伝統的なカスカの人たちです。
── ええ。
山口 歴史とともに
そういう記憶やふるまいも上書きされて、
わたしたちは今、
文明に囲まれて暮らしていますけど、
その奥底には
「動物に対する興味や関心」が
誰にでも、備わっていると思うんです。
── たしかに、子どものころって
たいがい「動物が好き」と言いますか、
いまは「虫嫌い」でも
「幼いころから、まったく動物に無関心」
みたいな人って、あまりいなさそう。
山口 いまだに動物と密接な暮らしをしている
カスカの人たちでもなければ
動物と無関係にだって生きていけるはずなのに
「イヌが大好き、ネコってかわいい!」
みたいな気持ちが、
人間のなかに、どうしても湧いてくるのには
それなりの理由があると思うんです。
── 動物をモチーフにした絵とか商品なんかも
見渡せば、たくさんありますしね。
山口 だから、わたしたちにとって
それほど密接な存在である動物を知ることは
自分自身を知るためにも
役に立つんじゃないかと思って、やってます。
── あと、カスカの人たちは
仕留めた動物を残らず利用して無駄にしない、
ということを聞いて
こう言ったら変かもしれませんが
なんだか「気持ちのいい感覚」がありました。

自分が、ふだんから
ものを大事にしない生活をしているからかも
しれないんですけど。
山口 肉を取るためにでも、毛皮を使うためにでも、
カスカの人たちは
なるべく苦しまないように一発で仕留めます。
── そこでも「無駄に」は苦しませないで。
山口 そうやって、フレディさんたちが
動物たちと「いい関係」を築いてきた上での、
肉であり、毛皮なんです。
── なるほど。
山口 最初にも言いましたけど
「ありがとう」のいう関係性のなかでの
おいしさであり、あたたかさ。
── 山口さんが、いちばん好きな動物って何ですか?
山口 いや‥‥だから、それが
昔からずっと決められないでいるんです(笑)。
── あ、そうなんですか(笑)。
山口 学生のころに「調査動物」を決めるだけでも、
さんざん迷いまくりましたから。

シカもいいけど、ウサギもいいなあ、
モモンガとかにも、だいぶ惹かれて‥‥。
── そうなんですね(笑)。
山口 だからわたし‥‥取り憑かれていると思う。
── え、動物に?
山口 そう。カスカの人たちと同じように、
きっと、ずっと抜け出せないと思うんです。

動物が大好きだっていうことから、ずっと。
<おわります>
2014-04-18-FRI
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