国語とからだの役者論 国語とからだの役者論
『VIVANT』や『半沢直樹』シリーズなど、
大ヒット作品に主演し、
いまや日本を代表する俳優のひとりとして
誰もが認める堺雅人さんは、
じつは20年以上前から
ほぼ日とつながりがあるんです。
糸井重里ともときどき会って、
濃く長いやりとりを交わす仲。

そんな堺さんと糸井が「生活のたのしみ展」のときに
開催されたトークショーでたっぷり語り合いました。
思えば、ふたりの公式な対談はほとんどはじめて。
堺雅人さん独特の役者論から学生時代の思い出まで、
思った通り、いえ、思った以上に
おもしろい時間になりました。
第9回 調べのなかに
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糸井
ぼくの持論に
「人生はあみだくじ説」というのがあるんです。
あみだくじって、角が来たら曲がるという約束だけで、
最後には、みんなが違う場所に行きますよね。
あれが人生だな、って思うんですよ。
「あのとき、ここ曲がったから、
このつぎの角が来たんだよね」
っていうようなことだらけじゃないですか。
たしかに、そうですね。
糸井
堺くんの人生の曲がり角のことを、
今日はたくさん聞いたけど、
もうひとつ、この人は堺くんの
曲がり角にいた人じゃないかなと思ってるのが、
高校のときに出会ったという、
短歌の世界で有名な先生。
ああ、はい。伊藤一彦先生です。
糸井
国語の先生、でしたっけ?
現代社会の先生なんです。
短歌の歌詠みで、すごい人だったんですけど、
国語じゃなくて社会を教えてる先生だったんです。
早稲田の西洋哲学を学んだ先生で、
ぼくは、それこそソクラテスからはじまって、
思想史はぜんぶ伊藤先生に教わったんです。
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糸井
その先生の影というか、
曲がり角にその先生を感じるんですよ。
たとえば、堺くんの話の中には
アランだとか、孔子だとか、
古典がふつうに混じるんですよね。
ああ、なるほど。
糸井
だから、伊藤先生の話を
ちょっと聞いてみたかったんです。
伊藤先生は、憧れです。
ぼくはもともと、国公立志望だったんですが、
伊藤先生の影響で早稲田を記念受験して、
たまたま受かったからそこに進むことになった。
そこからちょっとおかしな道に
行っちゃったんですけど(笑)。
糸井
国立の大学に行ってたら、
演劇をやってた可能性は?
ないですね。
ぼくは公務員になると思ってましたから。
糸井
演劇は、高校のときには
高校でやってたんですけど、
まあ、ないだろうなと思ってました。
でも、早稲田に受かったから、
「えっ、早稲田か! 演劇盛んだよな」って。
やっぱり伊藤一彦先生が
「早稲田にいたころはね」
っていう話をよくされていたので。
糸井
演劇をやることと先生は関係あるんですか?
直接はないんですけど、高校の時に、
つかこうへいさんの「飛龍伝」という演目を
自分たちでやったんですよ。
それまでの高校演劇というのは、
45分で収まる作品しかコンクールに出せないので、
それっぽい台本が県立図書館にあって
そこから選んでたんですけど、
ぼくは、なんだかよくわかんないな、
と思いながらやってたんです。
ところが、演目を自分たちで
自由に選んでいいことがわかったので、
「飛龍伝」をやることにしたんですね。
そのとき、伊藤先生に話を聞きに行ったりして。
そこで、ずっとしゃべってたり。
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糸井
そもそも好きだったんですね、きっとね。
そうです。進学校だったんですが、
先生の現代社会だけは
受験に関係ない授業だったので、
とっても風通しがよかったんですね。
そのとき、伊藤先生から東京の空気や
早稲田の空気をなんとなく感じて、
それと同じ時期に読んだ
村上春樹さんの小説の影響も相まって、
早稲田への思いはあったんだけど、
うちはそんなにお金ないし、
早稲田はちょっと‥‥と思っていたので。
糸井
でも、行っちゃうことになったのは、
家の方も反対しなかったってことですよね。
そうですね。
糸井
それも曲がり角ですね、思えば。
曲がり角ですね、考えてみたら。
それは親に感謝です。
糸井
なんか、そういうことだらけじゃない?
そういうことの連続で、おもしろい方に、
ぽちゃーんと飛び込んできたわけで。
結果的に、そうですね。
でもぼくはほんとうは変化がとっても苦手で、
すごく保守的なんです。
なんなら、演じる役も、なんにもない、
なにも起こらない作品に出たいぐらいなんですけど、
気がつくと‥‥大冒険(笑)。
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会場
(笑)
糸井
大冒険だねぇ(笑)。
ほんとうは、自分はもちろん、役としても、
つつがなく平穏に人生を終えたいんですけど。
糸井
ぼくも人にはよくそう言ってますよ。
でも、ほんとうにそればっかりだったら、
退屈しちゃうんじゃないかな。
そうかもしれないですけど、
ほんとうに、ちょっと退屈してるくらいが
ちょうどいいと思ってたんですよ。
でも、最近、演技のプランのAとBがあったら、
より生き生きとした方を選ばなきゃ、
っていうのは思うようになったんです。
糸井
最近、ようやく。
はい(笑)。
より生き生きしたほうに舵を切るようになりました。
昔はだらだらしゃべって、
そのなにも起きない時間が
演劇として成立するんだったら、
それが一番いいなと思ってたんですが。
糸井
昔からそういうことを散々考えてたんですね。
なにもしないのに成立するって、
古今亭志ん生みたいなことじゃないですか。
寝てるだけで許される、っていう。
だから、レベルが低いときに
そういうことをやってもだめですよね。
波乱万丈があって、戻ってきたときに、
きっと‥‥ってことなんでしょうね。
糸井
それを聞いてふと思い出したんだけど、
この間、石川さゆりさんの
コンサートに行ったんですよ。
彼女の歌を知らないままで、
人生終わっちゃうのはもったいないと思って。
そしたら、やっぱり、「歌がうまい」んですよ。
それでぜんぶの時間が成立しているというか。
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ああー、「歌がうまい」。
糸井
「歌がうまい」ってこんなに響くんだ、
っていうくらい、完成してるんですよ。
だから、ひょっとしたら、そういうことが、
若き堺雅人が思った世界の完成形かもしれないね。
たとえば役者さんが「ああ」って言う、
文字にしたら「ああ」しか言ってないのに、
ものすごい大事な「ああ」だっていうのって、
声であり、響きでありっていう、
内容がわかんなくても感じますよね。
ああ、声、響き‥‥。
あの、伊藤一彦先生のことに戻りますが、
先生は若山牧水がとってもお好きで、
研究もずっとなさってる方なんですね。
それで、伊藤先生が言うには、
やっぱり牧水は「調べ」だって言うんですよ。
糸井
「調べ」ね! うん、うん。
牧水の歌は「調べ」であると。
だからあの人は生き生きしてるんだ、って。
「調べ」というのはつまり、
口に出してはじめてわかる。
牧水の歌はそうなんだよっておっしゃった。
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糸井
たしかに、歌を、文字として目で見ていたら、
その歌じゃないのかもね。
とくに牧水はそうなんだよっておっしゃっていて。
(斎藤)茂吉とも違うし、
(石川)啄木とも違うし。
「牧水は違うんだよ」って。
牧水も早稲田なので、
なんとなくつながりも感じたりして。
糸井
おもしろいね。
堺くんは文字でぜんぶ受け取るって言うけど、
「調べ」は文字じゃないものね。
そうですね。だから、聴覚っていうのも、
ひょっとしたら、ほんと一部分で。
糸井
そうですね。
視覚の中に聴覚があるというか、
もっと言えば、味だって、色だって、
ひとつの感覚のなかにあるかもしれないし。
あの、魚の「側線」ってあるじゃないですか。
身体の側部に、点々とある線みたいなところ。
あれって、いわば魚の「耳」なんですよね。
耳そのものじゃないんだけど、
震動や波をそこで感じ取るんです。
ああ、そうなんですか。
糸井
だから、魚は、身体の感覚器官で、
「聞く」みたいなことをやってる。
人間もドラムの音とかは、
聞いてるだけじゃなく感じてるじゃないですか。
そうですね。はーー、おもしろい。
その意味ではそれこそ、「調べ」のなかに、
いろいろなものがあって。
糸井
うん、調べ、調べ。
阿部寛さんのかっこよさも。
糸井
そうだ! あれは側線で感じてる。
側線で感じてるんだ、ぼくは阿部さんを。
ははははは!
写真
糸井
気づけば、予定の時間を過ぎてますが、
ま、5分、おまけしておきました。
会場
(笑)
糸井
ありがとうございました。
ありがとうございました!
(お読みいただき、ありがとうございました)
2026-09-09-WED