ほぼ日刊イトイ新聞 マーク・レイさんとの、とくに結論のない対話。ほぼ日刊イトイ新聞 マーク・レイさんとの、とくに結論のない対話。

第3回 独立心 2017.01.28第3回 独立心 2017.01.28

──
明るくユーモラスなお人柄もあってか、
映画のなかのマークさんには、
さほど「悲壮感」は感じませんでした。
でも、それでも、
涙を流したりする場面もありました。
マーク
さっきも言ったように、
屋上は、常にハッピーではなかったから。
でも、それは他の人だって同じでしょう。

──
ええ、泣くことだってふつうにあります。

ま、あたりまえですけど‥‥。
マーク
自分は、どんな暮らしをしていても、
人生とは素晴らしいものだと思っている。
ただね‥‥屋上にステイしていた当時の
自分のありようを考えると、
ものすごく皮肉だなあと思うこともある。
──
皮肉?
マーク
だって、屋上で、
ほぼすべてを剥いだ生活をしているのに、
目の下では、
ニューヨークという、Excessiveな‥‥。
つまり、過剰な世界が広がってるわけで。

──
世界一の消費社会が、そこに。
マーク
そう、ファッションひとつとってみても、
過剰で無駄な部分が、すごく多い。
そういう世界のなかで、
ほとんど何も持っていない自分というものが、
皮肉というか、矛盾というか‥‥。
──
極端のなかの極端、という感じですよね。
マーク
そういうふうに感じることは、よくあった。
映画のなかで、ボランティアで、
慈善イベントのサンタクロースをしている
僕の姿が映っているけど、
あれだって、ずいぶんな皮肉だと思う。
──
そうですよね、たしかに。
マーク
だって、家のない人たちのために開かれた
イベントだったわけで、
そこでボランティアをしている自分こそが、
何年も、家を持ってなかったんだから。
──
ニューヨークに住んだことはないんですが、
ホームレスをしてまで住みたい、
それも6年も‥‥って、
マークさんがそれほどのめりこんでるのは、
それだけ、魅力的な街なんでしょうか。
こう言っては何ですが、
ニュージャージーの実家にも住めるわけで。
マーク
ああ、最初に話したけど、
子ども時代、ずっとひとりだったでしょう。
そのときに、まわりに何にもない風景や、
まったくの孤独であるということが、
本当に、嫌で嫌で‥‥たまらなくて。

だから、大きな都市にいるだけで安心する。

──
なるほど。
マーク
それに、実家に住めばいいって言うけど、
ニュージャージーからニューヨークまでは
片道2時間半もかかるんだ。
ニューヨークで仕事していたら、
とてもじゃないけど、通いきれないんだよ。
──
たしかに、往復5時間となると。
マーク
それに、
ニューヨークという街に自分が住んでいる、
そのことを
のめりこむ」という言葉で表現するのは、
自分では、ちょっと違うと思っていて。
──
それは、なぜですか?
マーク
つまり、ニューヨークという街は、
そうだな‥‥ものすごく刺激的なところで、
自分にいろんなものをくれるけど、
それは、自分がはたらきかければこそ、で。
自分が何かをがんばったら、
それに、きちんと応えてくれる街だと思う。
──
一方的な関係じゃない、と。
マーク
うん、それに、自分は6年間、
あのアパートの屋上にステイしていたけど、
それなりに居心地よかったし。
無理にニューヨークにいたわけでは、ない。
──
たしかに、本当に嫌だったら、
そんなに長く滞在できませんよね、きっと。
でもやっぱり、都会がおもしろいですか。
マーク
昨日、52階の展望台に登って見渡したら、
東京の大きさが、よくわかったよ。
こんな大都会に住んでたら、
あなただって外に出ていきたいでしょう。
──
ええ、それは‥‥はい。
マーク
きっと自分は、
昔からそういう人間なんだと思うんだけど、
たとえば、
映画館で映画って、ほとんど観ないんだ。
──
そうなんですか。ご自分は出てるのに。
マーク
なぜなら、2時間ものあいだ、
まっ暗闇の箱の中に閉じ込められるわけで、
そのあいだにも、
外の通りでは、何か起きてるかもしれない。

──
それを、見に行きたい?
マーク
そういう気持ち。
──
何かが動いているところにいたい、と。
マーク
そう。
──
今回、
マークさんのドキュメンタリーを撮りたい、
というオファーを受けて、
結局、3年間も密着されたわけですけれど、
どういう感想を持ちましたか?
突然、映画に出てくれって言われるのって。
マーク
自分としては、さほど驚きではなかった。
なぜなら、
監督のトーマス・ヴィルテンゾーンって、
旧知のモデル仲間だったから。
──
あ、そうなんですか。
マーク
あるときに、
彼に、自分の生活を告白したわけだけど、
彼のほうがびっくりしたと思うよ。
──
ドキュメンタリーを
撮ってしまったくらいですものね。
マーク
それも、彼のキャリア初の映画になった。
自分は演技のクラスに通っていたりして、
物語の創作に興味があって‥‥
自分のような人間の人生を撮ったほうが、
作品に、ある種、
アートのような感覚が生まれるだろうと、
そういう思いもあったし。
──
屋根のある暮らしをしてる人を撮るより。
マーク
そう。
──
そこは、ご自分で、あるていど客観的に、
おもしろいものができそう」と?
マーク
たとえば、あんなところに暮らしていて、
誰かに見つかったら
不法侵入とかで、捕まっちゃうけど‥‥。
──
あぶない場面、ありましたよね。
マーク
ドキュメンタリーに出てくる人としては、
警察に捕まったほうが、
おもしろい映画になりそうだ‥‥とかね。

──
へえ、そこまで客観視して。
マーク
うん。ニューヨークのアパートの屋上に
6年も滞在している、
それもファッションの業界にいる自分は、
ドキュメンタリーの素材として、
なかなか興味深いだろうと思ってたから、
それほど、おどろきはなかった。
──
ドキュメンタリーを観た人に
どんなメッセージが伝わったらいいなとか、
そういうのは何か、あったんですか?
マーク
とくにない。
ただトーマスには、ああいう状況のなかで、
自分が、人生において、
どんなものに興味を持っていて、
どんなものに心を惹かれていて、
どんなものに苛立っているのか、
そこだけは
ありのままに伝えてほしいと思っていたよ。
──
それはつまり、マークさんそのものですね。
マーク
自分の興味関心と、苛立ちと、
あとは、
人生こんなに素晴らしいじゃないかという、
そういう気持ち。
──
人生の素晴らしさ。
マーク
それは、自分のことだけじゃなくて、
ビジネスマンであろうと、
学校の先生であろうと、
わたしであろうと、あなたであろうと、
誰の人生でも、
誰かの人生の一場面というのは、
どれも素晴らしいシーンになると思う。
その人のドキュメンタリーにとっては。

──
では、最後に、マークさんが
ご自分の人生で大切にしているものは、
何だと思いますか。何かありますか。
マーク
独立心、独立していること。
──
おお、きっぱりと。
マーク
もちろん、それがままならないことも、
人生にはよくあるんだけど。
──
ええ。
マーク
できうるかぎり、
他人に頼らないで生きていけることが、
自分の人生にとっては、
すごく重要なことだなと思っています。

(おわります)