学ぶこと、盗むこと、仕入れること。

hobo nikkan itoi shinbun

糸井重里×早野龍五×河野通和 東京大学特別講義

ほぼ日の糸井と早野と河野が、
東京大学の特別講義に講師としてよばれました。
講義のタイトルは
「学ぶこと、盗むこと、仕入れること。」
名づけたのは糸井です。
若い学生たちの希望にあふれる視線を受けて、
3人は、人生の先輩として、
「知恵や知識、行動のいろんなやり方を
 どうやって覚えてきたのか」
を話すことになりました。
20歳のほぼ日とほぼ同い年の大学生からすると、
私たちのことをくわしく知らない人も
多かったことでしょう。
それでも積極的に質問を投げかけてくれました。
今回はほぼ日をあまり知らないという方々に向けて、
〈参考〉もつけましたのであわせてどうぞ。
みじかめの文章で全10回、
どこからでもよんでいただます。

6 「自分のため」ではなく「力を必要としてくれる誰かのため」に仕事をする。 2018.08.21

早野

糸井さんが「今日のダーリン」で、
「年とともに仕事が増えていく」と書かれていましたね。

 

(2018年5月31日「今日のダーリン」より)

・ぼくは、うすうす想像していた。
人はだんだん年をとっていくにしたがって、
だんだん仕事を減らしていくものだと、ね。
じぶんの父親などもそうだった。
父は、ぼくの年齢ではもう他界していたしね。
しかし、現実の我が身を振り返ってみると、
年をとるほどに仕事を増やしていることに気づく。

なんでもそうなのかもしれないが、経験が重なるほど、
それを生かして出来ることも増えていくものだ。
そして、出来ることが多くなれば、したいことも増える。
そしたら、年をとったら仕事が増えていくのも道理だ。
だから、ぼくは年々「はたらき者」になってきた
…ということのようだ。

世間の人に「さぞかし忙しいんでしょうね」と
思われていた時代は、実はそれほどじゃなかった。
そうだなぁ、いまの半分も忙しくなかったかと思う。
じぶんなりにいっぱいいっぱいだと思っていたけれど、
そんなに頭も使えてなかったし、遊んでばかりいた。
それと比べてもしょうがないけれど、
年をとってからは、ほんとによくはたらいてる。
徹夜もできなくなったし、歩くのも遅くなったのに、
なんでだろう、やれば出来るものだと知ってしまった。

どれだけ大変だとしても、嫌なことをしてないとか、
好きじゃない人に会わなくて済むとか、
自由にいられる場面ばかりになったのも原因だと思う。
あとは、タバコも吸ってない酒も飲まないことだとか、
ヨーグルトを食べているとか、スクワットとか、
むりやり言えば言えそうなのだけれど、
ほんとうの理由は「こころのほう」にあると思う。

ええかっこしいに聞こえないように言うのは、
ほんとうにむつかしいのだけれど、
いつのまにか、「だれかがよろこぶことを選んで、
一所懸命にやるようになった」からだと思えるのだ。
じぶんのためだけになにかをやるのは、つらすぎる。
そこから、うまく逃げられたおかげで、
よく仕事をする人間になっちゃったような気がする。

今日も「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
あとは、もっと休み方が上手になれたら、もっといいよね。

早野

僕も年をとってからの方が
仕事が増えていまして。

河野

僕もですね。

糸井

あきらかに増えていますよね。

早野

そうなんです。
東大を辞めてから自由度が増え、仕事が増え、
正直なところ年収も増えました。

糸井

でもなぜ増えたか、僕はわからなかったんです。
「今日のダーリン」に書いたとおり、
1980年代にコピーライターとして
仕事をしていたころの僕のことを、
とっても忙しい人だと思っている人は多くて。
「タクシーで寝る時間が睡眠時間なんですか?」と
勝手に想像されちゃうこともありました。
でも、事実はそうではない。
忙しそうにみえていただけなんです。

早野

僕は研究者時代、そんな生活でしたよ。
ほら、研究員時代の証人があそこでうなずいている(笑)。

糸井

僕は早野さんのような時間のかかる研究と違って、
3分で考えようと思えば3分で終えられる仕事ですから。
なのに、忙しそうにみえていたのは、
自分もそれが「カッコいい」と
思っていたのかもしれないです。

最近SNSをみていると、
成功というのは
自分の時間がなくなるほど仕事を頼まれて、
それをこなすことがうまくいっている人。
つまり、仕事の発注数が多いほど成功、
みたいな方向に意識が向いているなと感じます。

早野

はい。

糸井

僕も売れっ子だと思われることに
悪い気はしていなかったと思うんですが、
忙しくみえるような働き方は
なんか、無理をしていた気がします。

正直、ほぼ日をはじめてから、
忙しそうと言われていたころの
何十倍も働いています。
なぜかというと
「これもやったほうがいいな」と
思うものを見つける力がついたから。
やったほうがいいことが増えて忙しいんです。
そうすると「忙しくて困っちゃうんですよ」と
身近な人に冗談で言うくらいで、
「俺ってすごいでしょ」と思われることなんて
本当にどうでもよくなった。
なぜそうなったか考えていて、
やっぱり、自分のためにやる仕事は辛かったんです。
そこから逃げたんです、僕は。

早野

自分のために仕事をすることから
逃亡したんですか。

糸井

そうです。
若い人たちはとくに
「俺のほうがすごいでしょ競争」
をしがちだと思います。
でもそれは辛いから、
早く逃げたほうがいいです。
逃げ道はあって、
「自分のため」に仕事をするのではなく、
「力を必要としてくれる誰かのため」に仕事をすると
心持ちが変わると思います。

早野

ああ、そういう視点の切り替えですか。

糸井

小難しいことではないんですよね。
結婚して家族を養うために仕事をすることも、
「自分のため」からすこし離れられます。
親に借りていたお金を返すため、でもいい。
そのスケールがすこしずつ大きくなると、
社内の人のため、
僕らなら読者やお客さんのために
という思いが優先します。
彼らによろこんでもらおうとする思いが
「これをやったほうがいいな」を
見つける力になって、
自分を奮い立たせてくれるんですよね。

早野

なるほど。
ちなみに研究者というのは大概、
「俺ってすごいでしょ競争」をしています。
大学で生き残っていくために、
研究費を勝ち取るために、
自分自身で「すごい」と思って
周りにも「すごい」と思われたくて、
生き残るために辛い戦いをするんです。
ね? 先生。

原島

(ニヤッと笑う)

糸井

うれしそうな顔をしていらっしゃる(笑)。

早野

でも、僕が研究者として
「自分のため」ではない働き方を見つけたのは
震災が大きなきっかけでした。
震災以降、
東京大学の教授が実名でツイートしていることで
フォロワーがぐんと増えて、
叩かれることもたくさんありました。
そういう中でも福島に通って論文を書くことは、
自分のためではなく、
力を必要としてくれる人のためでした。
そこで科学者の人生というのは
権威ある賞をもらうこともいいし、
そうじゃない生き方もあるんだと実感しましたね。

(つづきます。)