石川九楊の「書」だ。
(6)中国と日本、男と女。
糸井
もし、今からぼくが、
書道を始めるとしたら、
石川さんのテキストを買うことから
始めたらいいのでしょうか。
石川
まあ、これを手がかりにして
「雁塔聖教序(がんとうしょうぎょうじょ)」に
出合うことでしょう。
平仮名で出合うべきは、
「寸松庵色紙(すんしょうあんしきし)」ですね。
糸井
『寸松庵色紙』、知らないですね。
石川
寸松庵色紙はね、構図も見所です。
左右に分かれて歌が書かれています。
これは「別かち書き」と呼びますが、
尾形光琳の紅白梅図屏風のもとになったものです。
上(かみ)と下(しも)、そして中央が川ですね。
右側を紅梅にして、左側を白梅にすると、
尾形光琳の紅白梅図屏風になるわけです。
右側を此岸にして、左側を彼岸にすると、
「平家納経」にもなるんです。
阿弥陀仏がいて、三途の川はここにあるんですよ。
「寸松庵色紙」は別かち書きというんですけど、
この構図が「紅白梅図屏風」になり、
これを延ばせば「源氏物語絵巻」でしょう。
糸井
ああ、みんなこの角度ですよね。
石川
中央の川が、洛中洛外図屏風や
絵巻物では金色の雲になる。
川であり、雲であり、霧であり、煙であり、
こういうものを描く。
糸井
曖昧に分かつものですね。
石川
この構成の左側は、
中国であり、男なんですね。
で、右側は日本であり、女です。
平仮名のことを「女手(おんなで)」と言い、
漢字のことを「男手」と言うんです。
韓国でも、ハングルのことを「女手」って言いますね。
東アジアにおいては、
中央には中国の大陸があって、中国は男。
島国の日本との間には、海がありますから、
微妙に隔ててもいるし、つないでもいるんです。
糸井
船で渡る場所ですね。
石川
歌でもそうでしょう?
「男と女の間には深くて暗い川がある」。
糸井
野坂昭如さんが歌っていましたね。
石川
「男の舟唄」も、
別かち書きと同じ構造なんです。
平仮名を書くときには、
漢字のことも忘れられません。
そういう力が働いて日本語が成り立っている。
糸井
日本も中国も、
こういう志向がありますね。
石川
中国からしたら、
四季とか花をめでるとか
そういうものと共に過ごす豊かさは、
むしろ日本から学びたいわけです。
だから、若い人なんかが
日本へ留学に来るわけですよ。
お互いが補完し合うのがいい。
中国も日本を必要とするし、
日本も中国を必要とする。
それが日本語でもあるし、
それが日本の文化だというふうに生きれば、
おかしな争いは起きっこないんですよ。
糸井
中国の人が爆買いだ何だって求めにくるのって、
たしかに、女性的なものですね。
趣味とか、センスのいいものとか、
機械を買うにしても電気釜だったりね。
ぼくらの「ほぼ日手帳」が、
中国の人に受け入れられつつあるんですが、
いわば、手弱女ぶりの部分で受け入れられているので、
そこを間違わないほうがいいですよね。
石川
そうそう、そうです。
間違わないほうがいいですね。
糸井
うん、うん。
石川
漢字語の廃止の話が出ましたけれどね、
むしろ、漢字をもっと大事にきっちりやって、
自分たちのものだと認識しないといけません。
漢字っていうのは中国のものだけではなくて、
日本のものでもあるんだし。
だから、漢字書き取りが大事なんです。
「もう、これからは書けなくても読めればいい」
なんてことを言う人もいますけれど、
書けなきゃ、読めなくなるに決まっています。
書かない文字は使わなくなるし、
使わなくなれば書けなくなる。
漢字が無くなるということは、
男手の表現が弱くなるわけです。
糸井
その辺の考えというのは、
石川さんは書家をやりながら、
たどり着いて行ったのでしょうか。
石川
書をやっているから、
見えてきたということですね
最初に疑問を持ったのが、
書道をやっていると、
漢字の部と仮名の部というのがあるんです。
おかしいじゃないかと思いました。
日本語っていうのは漢字仮名交じりだって、
ぼくらが最初にそれを言い出したんです。
書は、現代の言葉を書かなきゃなりませんから。
糸井
はい。
石川
書道なんて近代に入ってからは、
官から見離されているわけですよね。
見離されたけれども、
民間の書道塾とかそういう形で、
日本語を支えてきたわけです。
そして漢字は消えなかった。
糸井
消えなかったということは、
根強かったということですね。
石川
そう、やっぱり必要だったわけです。
だから、漢字廃止論や仮名書き論があっても、
漢字は廃止できませんでした。
それは、日本語というのは
一方は漢字語ですから、
それを廃止すると
日本語でなくなってしまう。
当然できっこないわけです。
糸井
しゃべれなくなっちゃう。
石川
そうそう、日本語でなくなるから。
早くそこに気づいてもらいたいですね。
(つづきます)
▲源氏物語書巻 五十五帖「椎本」