書くことの尽きない仲間たち 車で気仙沼まで行く。東京~福島~宮城 2018車 - ほぼ日刊イトイ新聞
浅生鴨
2018.03.11

途切れることのない日常に

車の中でも車を降りてからも、
みんなでさんざんっぱら笑っているのだから、
楽しい道中記を書こうとすれば書けるはずだし、
わざわざ湿っぽい話にするつもりもないのだけれど、
どうしてもうまくいかなくて困っている。

車は三陸自動車道を降りて、利府、塩竈を抜けた。
七年前に一人で通った道を、今日は四人で走っている。
あのときは電気もなく、あたりは本当に真っ暗で、
ヘッドライトの明かりに照らし出される僅かな視界に
目をこらしながら車を走らせていたし、
何よりも聞こえてくる音がまるで違っていた。
音はなかったのだ。
静まり返った深夜の道を一人で走っていたときの
自分自身の気持ちははっきりと覚えているのだけれども、
その気持ちをうまく言葉にすることができない。
胸の奥の方でなんとも言えない奇妙な感覚が起こる。
あれから七年の間に何度も何度も通って来た道なのに、
どうして今日に限って落ち着かないのだろう。

途中で多賀城という看板が目に入り、僕は百人一首にある
清原元輔の句を思い出す。

ちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ
すゑのまつやま なみこさじとは

末の松山は多賀城の八幡神社だと言われている。
決してありえないことの象徴として詠まれた末の松山への波。
それが実際に起こったのだということを、数百年前の句から
もう一度ぼんやり考えて始めたのだけれども、
車の速度は僕の思考よりも遥かに早く、あっというまに
元輔をその場へ置いて行く。

石巻にある製紙工場の横を通り、突堤の端まで進んでから、
車を停めて外に出ると、眩しいくらいに空は晴れているのに、
風が強くて寒かった。
パーカーしか着ていない僕は、思わず体を縮める。
おそらく、かさ上げの為なのだろう。
突堤には土が積まれていた。
やっぱりここまで来たら
海を見ておかなくちゃねと誰かが言い、
みんな土の山を登り始めたので、
僕もあとをついて行く。

実は怖かった。陸地とあまり変わらない高さの海面を見て、
僕は恐怖を感じていた。あまり近づきたくないと思った。
ここまでの旅の途中で見た海では、まるで感じなかったのに、
石巻の海はとても怖くて、
僕は写真を撮ることもできなかった。
僕は七年前から、数多くの人たちにその日に何が起きたのかを
聞いてきた。前の日はどんなことをしていたのか、
その日の朝は何をしたのか、
そしてその瞬間から、数日、数週間、
数ヶ月の間に何を見てきたのか。
僕自身は何も体験していないのだけれども、
たぶん何人もの体験を聞いたことで、
僕の中にもある種の記憶が残ったのだろうか。
これまでテレビではあまり流されて来なかったはずの映像も、
もう七年が経ったからという、まったく理由にならない理由で
流されることが増えている。
僕はその映像が怖くて見られないし、
むしろ年が経てば経つほど
見ることが怖くなっているように思う。

車は石巻から女川へ向かう。
ここは七年の間にたくさんの友人ができた場所で、
そして、だからこそ、
僕は今このタイミングでここへ来ることを
ものすごく躊躇っていた。
かさ上げされた土地、新しい電柱、そして建物。
まだまだやらなきゃいけないことはあるだろうけれども、
ここまで整えるために、いったいどれほどの苦労があったか。
どれほどの議論と戦いがあったか。
いや、それは過去形じゃない。
今もそれを続けているのだから。
彼らにとって、この七年は、あの日から途切れることなく
続いている日常そのもので、それは節目などという言葉で
簡単に区切ることなどできない。
けれどもメディアは日付を好む。
少しずつ、本当に少しずつ痛みや悲しみが薄れ、
毎日の暮らしの中で思い出す時間と
思い出さない時間が混ざり、
どうにか日常に溶け込み始めたはずの過去の記憶が、
この時期になると、いきなり引っ張り出され、
一年に一度、さあ思い出せと強引に言われるのだ。

それなのに、わざわざこの時期に僕はここへ来た。
そして、僕がそんなことにこだわって、妙な気を遣うことも
きっと彼らにとっては鬱陶しいことなのじゃないだろうか。

これは彼らの時間だし、ここは彼らの場所だ。
包み隠さずに言ってしまえば、一年に一度、
途切れることのない日常にとつぜん現れて、
彼らと一緒に手をあわせることに、
僕はいつもどこかで罪悪感を覚えている。
本当に僕にできることは、本当に僕がやるべきことは、
彼らが目を閉じて手をあわせるときに、
一緒に手をあわせることではなく、
そっと静かにそんな彼らを見ていることだけじゃないのか。
今の僕にはまだわからない。
そして今日も、
本当に僕が手をあわせてもいいのだろうか
という罪悪感を覚えながら、
きっとどこかで手をあわせるのだ。

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