7月になりました。
前回のセミナーから約1ヶ月、また静岡へやってきました。
植えた苗は無事に育っているでしょうか?
登呂遺跡へ向かう前に、静岡市内にある古墳を見に行こうと思っています。






 
駅の地図
静岡駅に到着。
駅前のマップには
古墳が記されていません!

しかし大丈夫。目指すのは、
静岡浅間神社です。
その境内には
賤機山古墳(しずはたやまこふん)が
あるのです。

駅のインフォメーションで
聞いたところ、
バスが便利ということをおしえてもらい、
観光マップとメモをいただきました。

では、バスに乗りましょう。

古墳と神社。
 

まいど!
わたくしは、スソさんのかばんのなかから
さまざまツッコミなどをいれております
ミミズク土偶の健太郎、
略してミミケンともうします。

さて、古墳に行こうとおもって、
神社に行くということについて。
神社が建っている場所は
もともとは古墳がある、
という場所が多くあります。
ミミケンの知っている場所だと、
東京の代々木八幡宮がまさにそれです。
境内で古墳が発掘されているんですよ。
スソさんいわく、
「なんかいい場所」と感じることが多いそう。
もしかしたら、眺めが良いかもしれないし、
風とおしがよい場所かもしれないし、
とのこと。



 
あれかな?
御幸通り(みゆきどおり)を北へ。

教わったとおりに、
「赤鳥居浅間神社入口」
というバス停で降りました。

あの緑のあるところが神社では?

みどりもくもく。
 

スソさんのかばんのなかで、
古墳をめぐった経験からもうしまして、
住宅地にあらわれる
突然のみどりのもくもくは、
多くの場合、神社な気がします。
もくもくになっている理由は
神社が小高い丘に建っていることも多いし、
大きな木がたくさんあります。

 



 
赤鳥居だ!
これですね。

あれ? 石柱には
『大歳御祖神社』と彫られていますよ?

おおとしごそ?
……正しい読み方でない気がする。

まあ、入ってみましょう。

読めそうで読めない系。
 

神社の名前は、読めそうで
正しく読めないことが多いですよね。
で、正式な読み方をみて、
「ああ〜、そうよむんだ〜」と
あらためて関心をするということに
なってしまうのでございます。





 
境内案内図
わー! 広そう~
いろいろな神社が
この中に詰まっています。

で、古墳は33番!

まっすぐ向かえば近いみたいだけど
先に1番2番
『浅間神社と神部神社』に
お参りしようかなー

古墳の奥の山頂に13番14番『麓山神社』。
これも気になるな~。
ろくさんじんじゃと読むのか?

むむむ。

クイズ!
 

「なんて読むんでしょうか?」
の状態になっていますよ!
スソさん!







 
最初の神社
これが『大歳御祖神社』ですね。

「おおとしみおやじんじゃ」
って呼ぶんですか! はあ!

商売の神様だ。
お参りしておこう。

「七社参ると万願叶う」?
そんなに欲張っていいのかな~。

せっかく来たのだし、
この際、欲張ろうかな~。

ああ〜。
 

な〜る〜ほ〜ど〜。
まず、訓読みなんでした………。
で、トラップは「祖」ですね。
これを「おや」と読むんだ!
ああ、読めないこともないのですが、
思いつきませんでした。
ミミケン、思いつきませんでした。







 
涼しい……
今日は梅雨の中休み。
ついているなー
気持ち良いよここ。

もしや、この階段を登って古墳へ?
うーむ、かなりきつそう!

『麓山神社』は、
「はやまじんじゃ」って呼ぶんだ!
ムズカシイ…。

階段はのちほど!








 
たくさんのホコ!
八千戈(やちほこ)って、
そんなにほこをざくざく?
戦いの神様かな。

でも瓢箪が下がっています。
必勝祈願に勝瓢(かちふくべ)だって!

徳川家康が合戦でいつも持っていた念持仏の
「摩利支天」を祀っていた…
ということは、寺だったってこと?

神仏分離。
 

さて、
最後の写真の看板をよみときましょう。
じつはこの神社は、明治以前には
摩利支天社という名前だったのでございます。
徳川家康が個人的に礼拝していた仏、
摩利支天を祀ってあるのです。
ただ、摩利支天は仏教の守護神であることから、
明治の時代に、「神仏分離」、
つまり、神社と寺院とを
はっきり区別させる政策により、
「八千戈神社」と
名前をあらためたのでございます。
明治にはいろいろあったのですね。
ミミケンもこの世にいた気もしますが、
すっかりわすれています。





 
ほう~
それはともかく派手!
家康好みってことかな?

嫌いじゃないよ、この感じ。

イノシシみたいなのが走ってて、
楽しい!

日光東照宮っぽいですね。
 

日本の寺院や神社は、
木そのものの色合いのものが多いので、
日光東照宮のような
コテコテ絢爛豪華なものは
なかなか無いですよね。
ミミケンも嫌いじゃないです。
ミミケンは彩色されるのは
やぶさかではないです。











 
回廊です
いよいよ、ここの中心地へ。
せっかくだから、
楼門から入りなおしましょう。

弓をもった男が、
にらみをきかせております。

波や龍が彫られているのは
安倍川が近いからかなあ~?

安倍川。
 

安倍川といえば、
「もち」でございますよね。
きなこをまぶしてたべるもちのことを
「安倍川餅」ともうします。
東海道の安倍川の手前の
茶屋で販売していたので
この名前がございます。
ちなみに、江戸時代、
東海道が安倍川を渡るときは
人足に渡してもらっていました。
なぜならば、江戸幕府が
橋をかけることを禁じていましたから。
というようなことを書いても、
スソさんは古墳時代以前にしか
興味がありませんので
「ふ〜ん」というばかりなのです。
博物館などでも、
古墳時代以降は素通りです。
ミミケンは案外ほかの時代も好きですよ。











 
立派!
正面には舞殿(ぶでん)。

左から回って拝殿に近づきます。

階段が二つあって
左が浅間神社、右が神部神社です。

並んで一つという拝殿は珍しいのでは?

それに二階建て?
なんと高さは25mもあるらしいですよ!

本殿の背後には賤機山(しずはたやま)。
山を拝んでいるかっこうだけど、
そのまたうしろの川を
拝んでいるとも言えますね。

元はそういうことでしょう。

さて、山に登って古墳を見ましょう。

賤(しず)は静岡のしず。
 

これにかんしては、
ウィキペディアの「賤機山」
スクロールすると、
地形図がでていますので、
いちど見に行ってみてください。

……もどってこられましたか?
賤機山の位置、
なかなか面白うございますよね。
とても特徴的な地形です。
神社の位置も再確認。
この山の南の山麓にあります。





 
再び見上げる
は~~~

休みなしの階段だー
何段あるんだろう~

それにしても、崖だね、ここは。
崖部! いや古墳部!

がんばれ!自分!


次回こそが!
 

あらら、神社案内で終わってしまいましたが
古墳の周辺の地形を感じてもらえたでしょうか。

次回はきっちり古墳をご案内します!
お楽しみに!


 
2016-07-10-SUN
 
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