中井貴一さん、ほぼ日の給食へようこそ。

第3回 あらららら。

糸井 中国の話で思い出したんですが、
人間が考えることの「9割9分以上」が
4世紀くらいまでに
いちどは考えられているんだって
聞いたことがあります。

その説によると、あとは
枝葉がついていっただけらしいんですよ。
中井 そうなんですか。
糸井 みんなが関心のあることって
そういう時代に、いちど考え終わってる。

そのことに対する敬意が、
ぼくたち、なさすぎると思っていて。
中井 そうですね、それは。
糸井 むずかしい言葉で最先端の話をすると
すごそうに聞こえるんだけど、
よくよく聞くと
昔の人が、すでに言ってたことの
焼き直しでしかなかったり‥‥とかね。
中井 たとえば、中国の歴史を探るときって
司馬遷の書物を基本にしているそうですが、
司馬遷が書いたものも、
その時点から
「2000年前のこと」を書いてるんです。

つまり、ある意味では、想像でしかないわけです。
糸井 ええ、ええ。
中井 司馬遷が研究と想像によって書いた歴史。

歴史のロマンを五感で感じ、
想像力を養うということがいかに大事か‥‥
ということかもしれませんね。
糸井 そう思います。

逆に言えば、
いまの時代をどんなに変えたものでも
後世の人からしたら
「永遠に、絶対に、間違ってないぞ」
ということも、ないわけで。
中井 はい。
糸井 中国の古代遺跡めぐり、いい旅でしたね。 
中井 あの広大なトウモロコシ畑を見たとき、
「ああ、ここに導かれたのかもしれない」
という想いと同時に、
人間というのは、これほどまでにちっぽけなのかと
思い知らされた気がします。
糸井 たしか日本でも、奈良の中だけで何回か、
遷都してますものね。

「ちょっと前に都だったところ」なんて、
たぶん、そんな感じなんですよね。
中井 都ができる場所って
ものすごく
限られた条件を持っている場所ですよね。
糸井 夜の飛行機から見下ろすとわかりますが
人の住んでいるところって
限られたところにしかありませんもんね。
中井 そうそう。
糸井 あれを見ると、
「ああ、こうやって人は固まってくんだな」
と思うというか、
「やっと生きてるな」って感じがします。

ぼくなんかにしても
ふだん、笑ってばっかりいるから、
へっちゃらで生きてると思われてるかも
しれないけど‥‥ほんと「やっと」です。
中井 ぼくも「やっと」です(笑)
たとえば、俳優になりたいって子がいた場合、
まず「やめたほうがいいよ」って言いますね。
糸井 ほう。
中井 華やかさばかりが目につくかもしれないけど
「自分の内面を押し殺して
 新しい人格になりすましていく仕事」って
けっこう、つらいぜと(笑)。
糸井 ああ‥‥おもしろい理由ですね。
中井 「ここから先、
 生活の保障しますから、やめます?」

もしもそんなことを誰かに言われたら
ぼくは「俳優をやめたい」って、思うかもしれないですね。
糸井 そこまで、ですか。
中井 糸井さんのお仕事もそうだと思いますけど
「人を楽しませる商売」って
やっぱりタフな面が、ありますから。
糸井 中井さん、もし女性だったら
同じようなこと‥‥思ったと思いますか?
中井 うーん、どうでしょう。

芸能界っていうのは
女優さんのほうが「優遇」されるんですよ。

やっぱり、華やかな世界だから。
糸井 なるほど、なるほど。
中井 だから、ぼくが女で女優だったら
「もっともっと、やりたいわ、わたし!」
と、言うかもしれないなぁ(笑)。
糸井 たしかに、長く続けてらっしゃるかたは
女優さんのほうが多いかもしれない。
役者という仕事そのものが、
女性のほうに向いてるって気もしますし。

ようするに「誰かになる」わけですから。

男は、つとめて「別の誰か」にならないよう、
自分自身というものは
一本化すべきだと思って生きてますから。
中井 うん、うん。
糸井 なのに「別の誰かになれ」って言われたら
壊さなきゃならないもの、自分を。
中井 あの‥‥ぼくがデビューしたときに
「女優は男の心を持て、
 男優は女の心を持て」
と、先輩がたに、よーく言われたんですね。

それが名優になる秘訣だ、と。
糸井 わかる気がします。
中井 ぼくは2歳半のときに親父が死んで、
母が、女手ひとつで育ててくれました。

たぶん「男手ひとつ」の場合は
女と男を併せ持つのって、
すごく難しいんじゃないかと思うんですけど
母親って、パパッと
「男と女を使いわけられる」んです。
糸井 なるほど、たしかに。

中井さんは実際、そういう場面を
すっと、ごらんになってきたわけですものね。
中井 ぼくと姉(中井貴恵さん)にとっては、
しつけとして
叩かれるのが当たり前の家でした。

何かやらかしたら「バーン!」と来るので
ふたりとも、逃げ足だけは早かった(笑)。
糸井 そうですか(笑)。
中井 たとえば、ごはんのときに食べこぼしたら
もうメシ食わしてくれないんですよ?
糸井 え、厳しいですね。
中井 なのに、お袋がこぼしたりすると、
「あらららら」って、それでおしまい(笑)。

これを見せつけられてましたからねえ、
もう、はやく大人になりたいと‥‥。
糸井 「あららららで、済ませたい!」と(笑)。
中井 ええ、思っていたわけです(笑)。

(つづきます)

2013-05-21-TUE

©HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN