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──
吉田さんにとって「洞窟」は
それまでの人生で身につけた知識や技術を
フル動員できる場所だった。

でも、そんな場所でも、怖いんですよね?
吉田
怖いよ。
──
「恐怖心」とは、どう戦ってるんですか?
吉田
そうだね‥‥恐怖心。
怖いのはね、やっぱり水中や狭いところ。

ほんの小石で身動きがとれなくなったり、
経験を積めば積むほど、
その「怖さ」が身にしみてわかってくる。
──
なるほど。
吉田
とくに、斜め下の方向へ
頭からガーッと突っ込んでいくときには、
すごい恐怖が降りてきます。

頭に血が上って気分も悪くなるし。
水平とか上に向かうのは平気なんだけど。
──
角度が、ちょっと下に向くだけで。
吉田
そういう恐怖心が、「ジャブで来る」んです。

狭い場所では、自分の魂との闘いになります。
恐怖でパニックに陥ることを
「魂が抜けかけた」って呼んでるんだけど、
「ワァーーー!」となって、
いつもの自分が、いなくなってしまうんです。
──
‥‥はい。
吉田
で、そうならないためには、
あ、恐怖心がじわじわ来てるなと思ったら
まずは「目を閉じる」んです。

ようするに、視覚から得ている情報を
強制的に遮断してやる。
すると、明るかろうが暗かろうが関係なく、
心が落ち着いてくるんです。
──
そうなんですか。
吉田
間違いない。

その状態で、自分をサポートしてくれる、
自分を落ち着かせてくれる、
もうひとりの客観的な自分の声を、聞く。
──
声。
吉田
「おまえなら、大丈夫だ」
「来れたんだから、動ける。動ける」

目を閉じて、
そういう声を聞きながら深呼吸する。
──
はい。
吉田
恐怖でパニックに陥る直前というのは、
たいがい「過呼吸」になってます。

精神的・空間的に圧迫されて、
焦って空気を吸おうとするんですよね。
──
なるほど。
吉田
だからこそ、
ゆっくりと息を吐いて呼吸を安定させ、
精神の状態を落ち着かせるのが重要。

そうしないと、
助かるパターンでも、助からなくなる。
──
洞窟探検の教科書があるわけじゃないし、
そういう「生きる術」も
試行錯誤して、編み出してきたんですね。
吉田
「パニックになったら、生きる可能性を失うぞ」
「お前は、生きのびるためのことを、
 すべてやったか? 最大限の努力をしたか?」
「ここから生きて帰るには、どうすればいい?」

自分に、そう、言い続けるんです。
──
極限状態の「自問自答」ですね。
吉田
その場所にたどりつくまでに
お金も時間もずいぶんかけてますから、
少しは葛藤もあるんだけど、
「帰れ! 帰れ! 帰れ!」
「撤退したって、恥ずかしくなんかない」
「帰って、うまいもん食おうじゃないか」
って、
そう自分に言える自分が絶対に必要です。
──
「行け行け!」だけの自分では‥‥。
吉田
どっかの洞窟の底から
帰ってこれてないでしょうね、今ごろ。
──
とくに、水に潜ってる場合などは
ひとつのミスが、「死」に直結しますよね。
吉田
何回もヤバいことになってるんで
「溺れて楽になる」という体験はしてます。

水を飲みすぎて、意識が飛ぶ。
だから、水死って
最初は苦しいけど後は楽だ、っていうのは
なんとなく経験してるんです。
──
その手前まで行ってるから‥‥。
吉田
意識が遠くなって、フワーーーンって感じ。
──
どういうシチュエーションだったんですか?
吉田
そんときは、滝壺にドッパーン落ちて
クワーッと水に揉まれて
デカい岩にズガーンぶつかって、
気付いたら何かに引っかかってて助かった。
──
ドッパーン、クワーッ、ズガーンの末に
運良く生還されたと。
吉田
そのまま流されてたら、おダブツだったね。

あとは、デカい川を泳いで渡ろうとしたら、
途中で力尽きちゃったとか(笑)。
──
どんだけ大きい川ですか、それ。
吉田
木曽川。

身体をバタバタさせると沈んでいくから、
「生存法」で手足を広げた状態で、
えんえん流されてったことがあるんです。
──
生存法?
吉田
人間の身体って、基本的には
息を吐くと沈んで、吸うと浮くんですよ。

その加減をコントロールして、
常に、顔だけ浮いてる状態を保つんです。
──
手足を広げながら。
吉田
そう。
──
その体勢で、うまく呼吸すれば、
泳げなくても、浮くことはできるんですか?
吉田
絶対できる。と、思う。
気を落ち着かせて、暴れなければ。
──
そのときは、どうやって助かったんですか?
吉田
たまに、岸に近づいてないか確認したり、
「おーい! おーい! 助けてくれー!」
って叫んだりもしたんだけど、
なかなか気付いてもらえなかったんです。

日曜じゃないと、釣りしてる人いないし。
もう、ガックリきて。
──
木曽川に、流されながら。
吉田
でも、そのうちに、ふいに足が砂に着いた。
「あれ? 足が着いたぞ?」って。

いつのまにか浅瀬で、助かってたんですよ。
──
どれくらい、流されてたんですか?
吉田
12、3キロかなあ。
──
え、そんなに!?
なんで、木曽川を渡ろうとしたんですか?
吉田
いや、渡りたくなって。
──
動機とは、つねにシンプルなものですね‥‥。
吉田
そうね。
──
でも、洞窟内部の「水中」の場合、
水面に顔が出せるとは、限らないですよね。
吉田
そう、エントリーした場所に戻らない限り、
先に進んでも空気を吸えない可能性がある。

つまり、絶対ここへ戻ってくるって前提で、
突っ込んでいかなきゃならない。
──
それは、怖い‥‥。
吉田
で、水の中って、だいたい「濁る」んだよ。
──
ええ。水が。
吉田
水の「流れ」がある場所なら、
濁っても、すぐに澄んでくるんだけど、
狭くて流れが緩いと、
澄むのを待ってたらエアーがもたない。

だから視界ゼロでも潜れないと無理だし、
実際、洞窟やってる人でも、
たいがい、水にあたったら撤退しますよ。
──
「洞窟の水中」のスキルがないと。
吉田
スキルも大事だけど、やっぱり精神力。

潜る前から濁ってる場合もあるし、
水の中を行く場合、バディはいないし。
──
バディ?
吉田
相方。
──
そもそも水中へは、なぜ行くんですか?
吉田
洞窟の、もっと奥へ行くためです。

水のなかを通っていかないと、
新しい空間に行けないケースがあって。
──
つまり、その先に何があるか見にいく。
吉田
そう、この水の向こうには
何倍もの空間が広がってる可能性があるし、
俺は、行く価値はあると思ってる。
──
ほとんどの人は、行かないけれども。
吉田
だって、それが「探検」じゃないですか。
誰も行かないところへ、行くのが。

<つづきます>

© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN