もくじ
第1回ただ友だちがほしかった。 2019-03-19-Tue
第2回傷つけないやさしさ。 2019-03-19-Tue
第3回負けられる強さ。 2019-03-19-Tue
第4回それでも、信じたい。 2019-03-19-Tue
第5回見ていて元気になる。 2019-03-19-Tue

自由をつくるメディア「The U(ザ・ユー)」ウェブマガジン編集長。イラストレーター。デザイナー。1987年埼玉県生まれ。犬と太陽とアイデアが好き。

笑うクロザル、笑えないボク。

笑うクロザル、笑えないボク。

担当・マスダ ヒロシ

第4回 それでも、信じたい。

やさしくて、つよいクロザルだが、
国際自然保護連合(IUCN)は、
もっとも絶滅が心配される25種の霊長類のひとつに、
クロザルを指定している。

数は過去40年で80%も減っていて、
このまま状況が変わらなければ、2050年には絶滅するかもしれない。
クロザルを守る団体「Selamatkan Yaki」で
活動しているレイニさんが教えてくれた。

クロザルは食用やペットとして捕獲されたり、
違法な森林伐採によって住む場所が小さくなっている。

クロザルが捕獲される方法は2つ。
ひとつは銃や犬を使って狩猟するパターン、
もうひとつは罠や毒を仕掛けるパターンだ。

ガイドのアルフレッドさんは、
森のなかでいくつもの罠を見つけては、壊していた。

「ヒロ、お前も壊してみるか?」アルフレッドさんが言ったので、
仕掛けられた罠をナイフで壊してみた。
罠は、手や足をひもの輪っかにいれると、
わるいことをした海賊のように吊し上げられる仕組みになっていて、
クロザルが罠にかかることを想像するとこころが痛くなる。

勝手にぼくは、人間を信用して睡眠薬強盗にあった自分と、
人間に捕まるクロザルを重ね合わせる。

どうしてこんなにもひどいことをしている人間を、
信じてくれるのだろう。

なぜ、近づいても逃げないのだろう。
なぜ、やさしい眼差しを送ってくれるのだろう。
なぜ、ニコッと笑って「よろしくね」のサインを送ってくれるのだろう。

ただ、無知だからでしょうか。
答えはわからない。
友だちになれたほうがうれしいからなんじゃないかと、
ぼくは思っている。

ふだんはクロザルと2、3メートル離れた位置にいるよう
ガイドのアルフレッドさんから指示されていたのだが、
好奇心旺盛の小さなクロザルが自分から近づいてきたことがあった。

人間のおとなが赤ん坊のほっぺたに触るように、
そのサルは座っているぼくにやさしく触れてきた。
わずか2、3秒のことだったけど、あったかくて、神秘的な時間だった。
こんなにもやさしい感触をぼくは他に知らない。

だまされて痛い思いをしたことのある方はわかるかもしれない。
一度だまされると、人を信じることがむずかしくなる。
ぼくは、自分に近づいてくる知らない人を信じられなくなっていた。

スラウェシ島に来てから何日か経ち、
顔の傷口がかさぶたになってきた頃、
カズマンという大きな男に出会った。

ぼくはその日、クロザルのいる森から帰ってきて、
海岸をひとりで散歩していた。
夕日が沈むのを見て、ホテルへ帰ろうとすると、
ビーチの出入り口で20人近く集まって宴会が開かれていた。

ホテルに帰るには、この宴会の場を通り抜ける必要がある。
しれっと通り抜けようとすると、
宴会にいたひとりの男に、握手を求められる。
この男が、カズマンさん。

「どこの国からきたんだ?」「日本です」
しまった、日本って言ったらお金持ってると思われるかもしれない。

どんな集まりか聞いてみると、
「おばあさんが亡くなってね。親戚みんなで弔っているんだ。
よかったら、お前も座ってけ」カズマンさんが言う。

日本でいう四十九日のようなものだった。
そんな大事な日に見知らぬ外国人を引き止めるとは、
なんてフレンドリーなんだと思いながら、
椅子に浅く腰をかける。

カズマンさんは液体の入った瓶を手に持ち、
「メディスン(薬)だ。飲んでいけ」と言う。

なかには怪しげな草が入っていて、液体はすこし濁っている。
瓶にはバーコードはもちろん、商品のラベルも貼っていない。
完全な手作りだ。

この液体を飲んで、眠り、身ぐるみ剥がされたらどうしよう。
最悪の事態が頭のなかに浮かぶ。

飲まないでいるぼくを横目に
「こうやって飲むんだよ」と
カズマンさんが液体をグラスに入れてカーッと飲んだ。
「次は、お前の番だ」と同じグラスをわたされる。

目の前で飲んだのだ、睡眠薬ははいってないだろう。
同じグラスで一気に喉に流す。
「グゥォォーーー」
アルコール50度近くあるだろうお酒だ。
「メディスン(薬)じゃないじゃん」。
強いお酒に顔をしかめるぼくを見てみんなが笑う。

「ハッハッハ、うまいだろう?」
聞くと、これはインドネシアで伝統的なお酒で、
みんなでひとつのグラスを回して飲むのだという。

同じ酒を飲み交わすことで
信頼関係をつくるというのは、ただの本当だ。
酒でも、鍋でも同じものを分け合うことで仲が深まる。

カズマンさんは、こんなことも教えてくれた。
「今日は、亡くなった人に向けてみんなで歌を歌うんだ」

ひとりが亡くなった人を思って歌を歌い、
歌いおわった人が、次に歌う人を指名する。
そして、それを繰り返す。
気づいたら、朝の3時、4時になってることもあるという。

亡くなった人に歌を送るなんて、
ぼくはいいなあと思った。
その歌を歌っている間、その人のことを強く想うのだろう。

ただのBGMでも、カラオケでもなく、
手紙を読むように故人へ贈る音楽がある。
仲よくならなかったら、
生きた音楽があることを知ることはなかった。

なにをもって信じるのか、
なにをもって信じないのか、まだまだわからない。
ただ、ぼくはできるだけ人を信じて仲よくなりたい生き物なんだと思う。

第5回 見ていて元気になる。