もくじ
第1回ただ友だちがほしかった。 2019-03-19-Tue
第2回傷つけないやさしさ。 2019-03-19-Tue
第3回負けられる強さ。 2019-03-19-Tue
第4回それでも、信じたい。 2019-03-19-Tue
第5回見ていて元気になる。 2019-03-19-Tue

自由をつくるメディア「The U(ザ・ユー)」ウェブマガジン編集長。イラストレーター。デザイナー。1987年埼玉県生まれ。犬と太陽とアイデアが好き。

笑うクロザル、笑えないボク。

笑うクロザル、笑えないボク。

担当・マスダ ヒロシ

第2回 傷つけないやさしさ。

こころにも顔にもキズを負ったぼくを、
クロザルはやさしく迎え入れてくれた。

もちろん、空港で花束をもって待っていたわけではない。
タンココ自然保護区の森を歩くこと3時間、
ガイドのアルフレッドさんがわずかな音を頼りに見つけてくれた。

がたいがよく、口を横に広げて豪快に笑う
アルフレッドさんは、かわった習慣をもっている。
いつも森に入ると、植物の茎をひっこぬいて、
茎で耳のなかを掃除するのだ。

遠くから聞こえるわずかな木の音や声を頼りにクロザルを探すため、
耳をメンテナンスしているのだろう。

「あそこにクロザルがいるぞ」小さな声でアルフレッドさんが言う。

クロザルは、ぼくたち人間に気づいても、逃げようとしない。
とても、リラックスした様子で遊んだり、食べたり、眠っている。
ニコッと笑って「よろしくね」のサインを送ってくれたり、
なかには、ぼくにむかってボイスパーカッションのように
口をパクパクとさせ、コミュニケーションするものもいる。

これはラップバトルを仕掛けられているわけではない。
クロザル語で「仲よくしようよ」、
「友だちになろうよ」のサインだ。

クロザルには、鏡を使ったこんな研究がある。
クロザルではないサルが、鏡にうつる自分を発見すると、
鏡にむかって叩いたり、蹴ったり、攻撃的な態度になる。

いっぽうクロザルは、鏡にうつる自分を発見すると、
ゆっくりと近づき、口をパクパクさせ、
「友だちになろうよ」のサインを送る。
クロザルは、やさしいサルだ。

クロザルのやさしさを示すこんな調査もある。
ふだん何十匹の群れで暮らしいているクロザル。
群れ同士が縄張りで遭遇したときも、
争いは短時間で決着がつき、
クロザル同士の衝突でいのちを落とすことはほとんどない。

では、どんなふうに決着をつけるのだろう。
顔の表情や声を使って相手を遠ざけようとするのだ。
とっくみ合いのようになっても、
本気で相手を傷つけることはほとんどないという。

ぼくがクロザル同士がケンカしているなあと見ていたときも、
どこか演技がかっていて、こわさを感じなかった。
豊かな表情や声で相手に勝とうとする様子は、
コロッケさんと神奈月さんがものまね対決をしているようだ。

クロザルのやさしさに触れると、
「戦争って、なくせると思う?」と、
ジョージアという国で出会った旅人に聞かれたことを思い出す。

その旅人は、戦争の最小単位が小さなケンカで、
日常生活のなかで小さなケンカがなくならないのだから、
戦争はなくならないと言った。

ケンカはなくせなくても、暴力はなくせる。
平和的なコミュニケーションで解決する
クロザルに出会えたぼくは、そう思っている。

クロザルが相手のいのちを奪わない理由は、
豊かな表情とやさしい性格だけではない。
タンココ自然保護区の豊かな自然にもある。
どこに行っても、食べる果物があるため、
たとえ縄張り争いに負けても、生きていけるクロザル。

誰でも食べていける環境と
クロザルのようなやさしさのあるコミュニケーション、
それと、自分のことを正義と思わないこころがあれば、
暴力で解決する戦争もなくせる、
ぼくはそう思う。そう思いたい。

第3回 負けられる強さ。