- 私
-
そういえばお母さんは昔、
お父さんに「家事してよ」って言わなかったの?
- 母
-
もちろん言ったよ。
晩ご飯食べた後も、洗い物や洗濯で動き回ってたら、
横になってテレビ見てるお父さんが「あんたも休んだら」とか
言うし。もう「手伝って」って声を掛ける暇があったら
早く家事終わらせて寝ようって思ってたかな。
若い時は「俺と同じくらい稼いだら俺が主夫してあげるから」
って言っとったよ。
- 私
-
それ、ケンカのたびに持ち出されるエピソード(笑)。
お父さんそれ何回も言われてるけど、どんな気分?
- 父
-
嫌やよ(笑)。
その頃だって俺も遊んどったわけじゃないからね。
そもそも家事を自分もやることやと思ってなかったかもしれんね。
外で仕事してきとるんやから、家のことはやってよって。
どっちが主かって、やっぱり給料で考えるんじゃないかな。
倒れたら家計への影響が大きい方をサポートするというか。
- 私
-
じゃあ、やっぱり年収が関係するってこと?
さっきの話と矛盾してない?
- 父
-
うーん。あ、でも年取ったってこともあると思うよ。
昔はお母さんが、仕事しながらでも家事できたから。
今はふたりとも処理能力落ちてきとるからね。
長いこと一緒におって、相手が大変そうやったら
手伝わんならんな、と思うやろう。
家事の量は同じなんやから、建設的に考えたら、
余裕がある方がするのが当たり前じゃない。
- 母
-
ちょっと待って、あの頃も仕事しながら
家事するのは大変やったよ(笑)。
でも、貧乏の方がもっと嫌だったから。
私は大学に行かせてもらえなかったことを未だに恨んでるし、
ステップアップできるチャンスがあったら絶対進むべきだと
思ってるから、子どもの大学の学費は稼いでおきたかったの。
あなたは私を見て「大人になりたくない」って言ってくるし、
「そう思っても不思議じゃないよね」と思ったよ。
でも、不幸に見える幸せだったのかもって思う。
- 私
- へ〜。不幸に見える幸せって?
- 母
-
子育てできた時間が一番の財産だから。
仕事は年を取ってもできるからね。
ただ、下積みが長すぎたなとは思うよ。
やりたい仕事じゃなくて、
お金のための仕事をしてた期間が長かったなあって。
- 私
- お金のための仕事?
- 母
-
得意なことやって感謝される仕事とは違うってこと。
今は自分の稼いだお金で好きな洋服買って。
「さあ、これでどこに出かけようかな!」って
自分が主役の人生って気がするんだよね。
仕事で挑戦して成功して、手応え感じられるのもうれしいよ。
- 私
- なんでお父さんに主夫をお願いしたの?
- 母
-
最初はパートさんを雇おうとも思ったけど、家のことを
お父さんにサポートしてもらって私の収入を増やそうと思ったの。
「男の人だって主夫してみてもいいじゃない?」とも思ったし。
私は今まで子育てや資格の勉強で二足や三足のわらじで
やってきたけど、一つのことに集中して仕事できるのも幸せかなって。
それに私が仕事と家事ばっかりしてたら、
お父さんとの会話の糸口もなくなるのよ。
テレビを一緒に見るくらいの時間はいるし、
一緒に歩くようにウォーキングマシンも2台買って。
楽しく生活していくためにも、いい選択肢だと思ったな。
- 私
-
そっかあ。でもなんでふたりは
家事をする役割をスムーズに入れ替えられたんだろう?
- 父
-
退職して主夫にならんかったら、
お父さんは第3の人生考えんといけんかったし。
- 母
-
お父さん、歯も抜けとるし腰痛がっとるし
足引きずっとるし(笑)、
これじゃどこにも行けんわ、と思って。
「仕事手伝って」って言ったら、
お父さんはえらい感激しとったね(笑)。
- 父
-
いやぁ、あれはほんとびっくりしたなあ。
今年初めて、授業の準備をつらいと思って。
そう思い出したらもう限界かな、と。
それが去年の10月。
この春で退職しようか何日も前から考えていて、
今日相談しようと思っていたまさにその日に
お母さんから「私、最近処理能力が落ちてきて。
仕事手伝ってくれん?」って言われて。
以心伝心ってこのことかな、と。
こりゃすごいわぁと思った。
- 私
-
お父さんが「専業主夫になる」ってうれしそうに
言うとは思わなかったなあ。
お父さんが主夫になったら今後何か変わるかな?
- 母
-
老後って時間があるでしょう。
時間があったら夫婦で日常を楽しめるなと思っていて。
いいお茶買ったり、おいしいもの一緒に作って食べられたり、
ワンランク上の夫婦生活ができるんじゃないかなって。
- 私
- 思い切り仕事してみてどう?楽しい?
- 母
-
うん。営業も我流でがんばってるよ。
自分がお客さんだったらって考えて、
ほんとうにいいと思うものを勧めているだけ。
人前でのスピーチも「えー、私話せない」だし、カラオケで
マイク渡されても「えー、私何歌ったらいいかわからない」だけど、
職業人として「これはできます!」って
胸張って言えるところまでいきたいな、と思ってる。
- 私
- お母さん、「男らしさ」とか「女らしさ」とかあると思う?
- 母
-
ないやろ、人間らしさだけやろ。
体力的な性差ってあるとは思うけれど、
性別だけで変わるものではないでしょ。
- 私
- お母さんはよく「男なら出世したのに」って言われてきたんでしょ?
- 母
-
どの職場でも上司に言われたよ。
「あんた惜しいね、男なら出世したのにね」って。
男社会だから、女性が男並みに仕事できても男が出世する。
女性は3倍の能力がないと一人前に扱われないの。
「子ども産むだろう」「子育てしてたら子どものことで休むだろう」
って思われて。私は子育ての方を優先したけど、
それでよかったと思ってるよ。
- 私
- お父さんは男のプライドとかある?
- 父
-
「男のプライド」って何だ、それ(笑)。ぜーんぜんない(笑)。
そういえば…思い出したんだけど、30年くらい前にお母さんに、
「今日は休みだから家庭サービス」って言ったら、
「サービスって何よ!?この子は私の子でもあるけど、
あんたの子でもあるやろ!」と言われて。
確かにサービスは他人に対してやるもんやなあ…と、
あの時根っこにある意識が変わったのかもしれん。
- 母
- そう、その時のお父さんの顔覚えてる(笑)

これまでの話を聞き、父にひとつ謝りたいことがあります。
子どもの頃、仕事と家事で大変そうな母を手伝おうとしない父を
冷たい人だと思っていました(お父さん、ごめん!)
話をじっくり聞いてみて、父が「家事は女の仕事」と
思っていたわけではないのだと知りました。
父は「昔、『食べたらお皿持ってきて』
ってお母さんによく言われたけど、
最近はお父さんがお母さんにそれ言っとるよ」
と笑っていました。
父と母が変わり続けていたことに驚きました。
父が家事を始めた、その奥にある気持ちの変化。
結婚を機にふたりとも仕事を変え、
収入というとても現実的なことも見つめながら、
家事への意識を変えていました。
本人たちにとってもそれほど大きな変化とは感じられないほど自然に。
それは、「男らしさ」や「女らしさ」といった考えを持たず、
自分たちなりの「人間らしい」家族の形を探し続けたからだと思います。
変わり続けることが、人間らしさなのかもしれません。
(最後までお読みいただきありがとうございました)
