パグというだけで ジヌは生まれたころから
“ぶさかわ犬”というカテゴリに属している。
それは、わたしから見たら残酷な運命、だった。
***
話は逸れてしまうけれど、わたしは二卵性の双子だ。
双子というと、かならず聞かれるのが
「どっちがお姉ちゃん? 妹?」。
そのたびにわたしは、
自分の発する「姉です」が刷り込まれて
“お姉さん”らしく振る舞うようになっていた。
妹は妹で”妹”っぽくわたしの後ろについてきた。
しっかり者の姉、かわいらしい妹。
当時はそれでよかった。
けれど、中学校にあがってから
性格や学力だけでなく容姿を比べられるようになり、変わった。
服や持ち物でいえば
わたしはモノトーンやパンツスタイルを
自然と選ぶようになっていたし
妹はピンクやフリルのついたものが好きだった。
それで『しっかり者の姉、かわいらしい妹』のイメージが
より強まって、
ピンクの小物をかわいいと思っても
「わたしっぽくないし」と買わなくなってしまった。
ふたりで帰るとき、すれちがった先輩から
「俺、つかさ派!」「え~、俺は〇〇(妹)派!」と
大声で言われたり、
妹と同じクラスの男子から
「お前も、〇〇みたいに女の子らしくしろよ~」と
笑いながら言われたり。
姉。しっかり者。クール。
そんな、まわりの声を聞いて
見た目も、性格も、むりやり当てはめていた。
それを割り切れてしまえば
ある意味、生きやすかったのかもしれない。
でも、わたしは
カテゴリに当てはめられること、比べられることに
ストレスを感じていた。
高校生になって、妹と離れた学校に通ってからも
自分がどう見られているのか、どう振る舞えばいいのか
気になって、気になって。
ずっと、悩んでいた。
***
“ぶさかわ”、”ぶさいく”
ジヌをみていると、ジャンルに分けられても気にせず
「ぼく、かわいいもん」と胸を張っている、ように見える。
たしかにジヌは、過ごせば過ごすほど
“ぶさかわ犬”なんて思ってごめんなさい、
と言いたくなるほど、かわいい。
うまく言えないけれど、まわりの評価に頼らず
ジヌ自身のなかで「かわいい」と思えている、というか。
わたしたち人間は、そんなジヌの行動・しぐさを見て
「かわいい」と感じて、「かわいい」と頭をなでる。
それがより、ジヌのかわいさを引き出しているのかもしれない。
鏡をみていないのに。
いわゆる”ぶさかわ犬”なのに。
ジヌの、自分を認められる強さと愛らしさに、
気づかないあいだに、勇気づけられていた。
姉。しっかり者。クール。
そんなことはどうでもいい。
甘えたくなるわたし。
失敗しちゃったわたし。
かわいいものを身に着けたいわたし。
カテゴリーに当てはまるのではなく
そのときの「わたし」を大切にしよう、と。
それまでまわりの評価や容姿を気にしていた
自分から開放されよう、と思えるようになったのだ。
私の好きなもの愛犬・ジヌ
担当・高城 つかさ
