この映画を初めて観た時、私は大学生でした。
少し、その時のことを書きたいと思います。
通っていたのは都会にある私立大学で、
すごく大きな学校だったので人がとにかく多くて
いつもキャンパスは学生であふれかえっていました。
そこで出会う人たちは本当に個性豊かで
おもしろい人たちばかりだったんです。
世界中を回るためにしょっちゅう休学するバックパッカー、
ミスチルのことならどんな質問にでも答えてくれる人、
いろんな国や時代の映画について詳しい人、
歌が上手くて学校の外のライブでも活躍している人、
就職活動で無双して大企業からいくつも内定をもらう人、
などなど……。
そんなキャラの濃い人たちに囲まれて、
自分は知らない世界のおもしろい話をたくさん聞けて
すごく刺激的で楽しい毎日でした。
すごく楽しかったことは本当で
その気持ちに間違いはないのですが、
すこし、自信をなくしてしまうことが多くなりました。
自分が世界中を旅行したいわけじゃないし、
音楽や映画の第一人者になりたいわけでもない。
就職することが難しい有名企業に内定をもらうことにも
そんなに興味はない。
あの人みたいになりたいとかあの人に勝ちたいとか
そんなことは思っていない。
ただ、友達の話を笑顔で聞いている心の中で
「同じ年数を生きてきた自分には、多分何もない」
なんて思うことが増えていったんです。
胸を張って言えるような特技なんて持っていないし、
小説や映画は好きだけど、マニアってほどではない。
特別話がうまいわけでも、可愛いわけでもないわけです。
小さい頃から
「私はきっと何かになれる、何かおもしろいことをやれる」
という漠然とした根拠のない自信を胸の中に飼っていて
その「何か」がなんなのかわからないのに探そうともせず
「きっといつか得意なことが見つかるはず。
だから今はまだ大丈夫、将来の私はきっと大丈夫。」
と思い続けていたのが私でした。
そしてその状態のまま大人になり、
他の人が歩き始めている後ろ姿をぼうっと見ては
「あれ、なんか私ちょっと遅れてる?」
だなんて思ったりして、
年季の入った自信だけがごりごり削られていったんです。
そして自分がやりたいことも見つからないのに
劣等感だけを膨らませていった私がどうしたのかというと
周りにいた、好きなことに一生懸命な人たちのことを
「ああ、あれは特別な人たちなんだな」
と思うようになりました。
何もできない自分との間に線を一本引いて、
私とあの人たちとは違うから、
私が何もできないのは当たり前なのだと
自分自身に言い聞かせていたんでしょうね。
いま思い返しても、恥ずかしいやつだと思います。
あの時のどうしようもなさを思い出して文章にするのは
結構きついものがあります。
続けます。
そんな風にして“特別な人”への劣等感を
日に日に募らせていった私に何が起こったかというと
ついに漫画や映画のキャラクターにも
「この人たちは特別だから」
なんてことを思うようになっていくんです。
おかしな話ですが、これが本当なんです。
持って生まれた才能と努力で活躍するスポーツマンとか
悪い敵から市民を守るスーパーヒーローとか
時には少女漫画の可愛くて優しい主人公にまで
「この人たちはスポットライトを当てられた特別な人だ」
だと思うようになります。
才能があって、みんなに認められてて、可愛いから特別。
もし自分が同じ映画に出ていたとしても
居場所は画面の端っこで、
ヒーローに守られる市民のうちの一人だったり
主人公のクラスメイトの立ち位置だと感じていました。
名前も当てられていない、いわゆるモブキャラクター。
そんな私が何をしたって、
結局モブはモブで主役にはなれないのよね、と
そう思うようになっていきました。
物語は小さい頃からずっと好きでしたし
そんな大学時代にも色々な作品に触れては
胸を熱くしていましたが、
どこかで自分への諦めを感じざるをえなかったんです。
私は観客席から、光の当たる人を見る側の人間なのだと。
何もできないのにずっと自信満々に生きてきた私に
「あなた、本当は何も持っていないんじゃないの」
と教えてくれたのが大学という場所でした。