その気持ちに、握手をしよう。
担当・さとえり

第3回 すでに自分の物語
- 糸井
-
いいなと思ってスケッチするみたいに覚えてる、
っていうのを、すぐに書くんですか。
それとも、覚えてるんですか。
- 燃え殻
-
両方ですけど、最近はすぐに書くようにしてます。
「描かない」ようにしてるというか。
そこで、高校生とか中学生のときに
ファイルしていたものを
展示させていただいていて、
ものすごい恥ずかしいんですけど、
ちょうど小説に出てきた、横尾忠則展のチラシとか。
- 糸井
-
俺、行ったよ、そこ。
死んだ友達の絵がバーッとあったりする。
あれ、いい展覧会だったね。こっちが夢の展示で。
- 燃え殻
-
チラシに「横尾忠則の見る夢」みたいなのが書いてあって。
ぼくはそれを見に行ったんです。
- 糸井
-
よかった、あれ。
- 燃え殻
-
よかったですよね。
そのとき、それを集めなきゃと思ったんです。
広告の専門学校に行ってたんで、
糸井重里になりたい、会いたいと思って(笑)
いろんな人のコピーを切って、ファイルしたりとか。
「資料集め」と言って、神保町に毎週行ってたんです。
でも、その資料っていつ発表するかわからない。
だから、いつか自分に役に立つであろう資料。
別に課題とかでもないし。

- 糸井
-
イチローがバッティングセンターに通ってたみたいなもんだ。
- 燃え殻
-
そうですか?(笑)。
あ、でも、そうかもしれない。
いつ役に立つかなんてわからないけど、
集めとかないとって思って、
そういう資料や映画のチラシをワーッと。
もしかして、
今日のために集めてたのかもしれないですけど(笑)。
それは小説のために集めてたのかもしれないですけど、
そんなことのために集めてなかった、もっと言うと。
- 糸井
-
ただ集めた。
- 燃え殻
-
ただ集めてた。
自分としてなんか持っておきたい、大切なんじゃないか。
どこかで、いつか何かになるんじゃないかって
淡い淡い宝くじみたいなことを思いながらやっていて、
これはすぐに役に立つとか、
こうなりたいなっていう努力じゃない努力をしてたんですね。
- 糸井
-
それは、みんなするのかな、しないのかな。
俺もちょっとしてたな。
- 燃え殻
-
あ、してました?
- 糸井
-
影響を受けたりして、映画とか小説とかの。
今見たらどう思うかわかんないような
『小さな恋のメロディ』みたいな映画があって、
かわいい女の子と男の子が小さな恋をするんだけど、
瓶に入った金魚が紐でぶら下がってるんです。
で、瓶に金魚を飼ったね。
- 燃え殻
-
それを真似て?
- 糸井
-
真似て。‥‥軽蔑したような目で。
- 燃え殻
-
軽蔑してない。軽蔑してないよ(笑)。
- 糸井
-
じゃあ何(笑)。
- 燃え殻
-
へぇって(笑)。いや、でも、すごいわかります。
- 糸井
-
他人がやってることとか、
よその人が表現したことも、
もうすでに自分の物語なんですよね。

- 燃え殻
-
そうだと思います。
だから、コラージュのようにいろいろなものを集めてて、
俺しか知らないんじゃないか、教えなきゃ、みたいな。
友達に言ったりとかしてましたからね。
そういうことのためにも集めてたのかなあ。
- 糸井
-
そういう話、聞く側になったことある?
- 燃え殻
-
あんまりないかな。
- 糸井
-
あんまりない? 自分が言う側だったんですか。
- 燃え殻
-
そうですね。
- 糸井
-
それはもう、表現者としての運命ですかね。
- 燃え殻
-
みんないい人だったと思うんです、ぼくの周りが。
- 糸井
-
聞いてもらうって、
人間にとってものすごくうれしいことですよね。
よく考えると、
ブルースミュージシャンが歌ってるのはそういうことだよ。
俺んちの嫁がまた俺をろくでなしって言いやがったみたいな。
- 燃え殻
-
ものすごいコアな話なんだけど、
でも、聞いてるほうとしては心地いいのかな。
ちょっと自分ともシンクロする部分というのを見つけちゃう。
- 糸井
-
たぶん、ブルースが生まれた場所での
生活が大体似たようなものだから、
こんなことやあんなことって言ったら、
「そうそうそうそう」って。
- 燃え殻
-
俺のことを歌ってるんだって。
- 糸井
-
ブルースミュージシャンがやってきたことを
今繰り返してるのかな、というのは思いますね。
燃え殻さんの小説なんか、けっこうそうですよね。
- 燃え殻
-
ああ、そうかもしれない。

- 糸井
-
「ずっと長いリズム&ブルースが
流れているような気がする」
と本の帯に書いたのは、そんな気持ちなんです。
リズム&ブルースといったときに、
オーティス・レディングの『ドック・オブ・ベイ』の、
見てるとさ、船が来てさ、
みたいな歌詞を読んでるみたいな気がしたの。
この歌は大好きで、若いときね、
ずっと聞いてられないかなと思ったことがあって。
- 燃え殻
-
ああ、わかる。
- 糸井
-
スナックでバイトしてたときに、
ジュークボックスがあって。
『ドック・オブ・ベイ』をかけてくれるとうれしいんです。
それが流れると、歌詞のことをちょっと知ってる程度だけど、
いいよなあって思いながらピザ運んだりしてたわけ。
ずーっと聞いてたいって気持ちがあったんで。
「終わらないリズム&ブルースを聞いてるみたい」
だっていうのは、
若い自分がこの小説をものすごく褒めてるつもりなの。
- 燃え殻
-
いやー、すごくうれしかったです。
- 糸井
-
勝手に言うとね(笑)。
自分にとってのそういう歌みたいなのがあって、
誰か歌ってくれてて、っていうつもりだったんだよっていう。
今になって種明かしみたいに言うとそうなんだけど、
でも、ちょっとわかるじゃないですか。
- 燃え殻
-
いや、ぼくすごいわかります。
この間、「燃え殻」という曲を書いた
キリンジの堀込さんとお話をさせていただいたんですけど。
小説家の方から怒られちゃうかもしれないですけど、
小説はあまり売れないという前提、
さらに無名だっていうところで、
二重苦っていうところがあったんです。
だから、売れてる小説家さんのものを読んでも、
ぼくには参考にならないし、難し過ぎるし、大変だから、
ユーチューブだったりまとめサイトだったりとか、
スマホの皆さんが使っている時間を
どうにか小説のほうに引きずり込みたいな
っていうのがあったんですね。
その1つはやっぱり言葉っていう部分で、
できる限りしおりを使わないで、さーっと読める言葉と、
どこかで少し自分を突き放してサービスしたいっていう‥‥。
- 糸井
-
サービスしたい、うん。
- 燃え殻
-
じゃないと乗ってくれないだろうなという。
読んでるときのリズム感があると思っていて、
書いてあることを変えてもいいと思ったんです。
このリズムだと、この台詞はよくないから変えちゃおう、
そうするとスッと読める、というほうを選んだんです。
聞いてる音楽と、小説と異種格闘技戦をしなければ、
読んでくれないという気持ちがありました。
- 糸井
-
それは、でも、当たり前なんじゃない?
それがまた楽しかったわけでしょ?
- 燃え殻
-
ぼくは個人的には楽しかったですね。
- 糸井
-
こういうことを書きたいんだよなって思ったことに、
陰影をつけたり、ちょっと補助線を引いたり、
一部消しちゃったりっていうのは、
音楽を作る人が
「メロディこうじゃないな」というのと同じだから。
それまで書いてたものとか
資料を集めたりしてた時代とか、
あるいは自分しか読まないものを書いてた時代とか、
学級の人しか読まない新聞とか、
それと分けたのはそこなんじゃないでしょうかね。
- 燃え殻
-
あ、そうですね。