- 糸井
-
たとえば、
小林一茶の「やせ蛙まけるな一茶これにあり」
「やせ蛙」っていう見方をしたなっていうのが
まずうれしいじゃないですか。
そこに「負けるな」って気持ちが乗っかって
どっちが応援されてるのかわからないけれども、
やせた蛙を見たのを形にしたら、うれしくなるみたいな。
何かを書いてみるっていううれしさっていうのと、
燃え殻さんがゴールデン街で横になって、
やせ蛙を見つけたみたいな(笑)。
- 燃え殻
-
うん、そうですね。
ぼくだけが見てる景色を
切り取れた喜びみたいなものだったり。
仕事をしていて、手帳を21冊、全部取ってるんですよ。
- 糸井
- らしいんだよね。
- 燃え殻
-
6冊、7冊ぐらいは常にデスクに置いてるんですよ。
横の引き出しの中には全部入れてて、
読み返すというのを、
自分の安定剤のために使っているんですね。
手帳なので、予定が書いてあります。
- 糸井
- うんうん。

- 燃え殻
-
主にテレビの裏方の仕事をやっているので、
納期や、仕事や、打ち合わせがどうなったかを書いてある。
名刺をそのまま貼って、
次会ったとき忘れないために、
ひげが特徴だったとか、似顔絵を描いて。
たまたま食った天丼屋がうまくて、
その箸袋を貼ってあったりとか。
結局、十何年行ってないけど、天丼のシミとか付いてて。
- 糸井
-
行くかもしれないっていうのが、
生きてきた人生にちょっとレリーフされるんだよね。
で、行かなくても残ってるんだよね。
- 燃え殻
- そう、行かなくても残ってる。
- 糸井
-
その感じと、燃え殻さんの文章を書くってことが
すごく密接で(笑)。
- 燃え殻
- すごく近い気がして。
- 糸井
-
これは俺しか思わないかもしれないってことが、
みんなに頷かれないときって、
「くやしい」じゃなくて「うれしい」ですよね。
- 燃え殻
- すごくうれしい。
- 糸井
-
ゴールデン街で酒飲んでそのまま寝ちゃって、
起きたときのお天気なんていうのは、
同じこと経験してないけど、
うなずける人はけっこういると思うんです。
で、発見したのは「俺」なんです、明らかに。
だけど、同時に、それが通じるっていう。
- 燃え殻
-
「経験してないけど、わかるよ」というところがうれしい。
手帳の話でいくと、自分の悩みも書いていたりとか、
うれしかったことを
「超ラッキー」、王冠と描いてるんです(笑)。
- 糸井
- 王冠(笑)。
- 燃え殻
-
でも、それがたいしたことじゃないんです。
で、嫌なこともたいしたことじゃないんです。
当時嫌だって思ってた人と、
今、ゴールデン街に酒飲みに行ったりするんです。
でも、そのときは、
「この人には来週また会わなければいけない。
嫌過ぎる。死にたい」と書いてある。
悩みや関係性が変わっていくさまが見えて、
手帳を読み返すんですよね。

- 糸井
-
その手帳に書いてないけど、
自然に乗っかっちゃうのが音楽でしょう。
これとこれのときに、この音楽みたいな。
書いてないけど流れてますよね。
- 燃え殻
- そうですね、流れてる。
- 糸井
-
人が「思ったんだよ」ってことを刻んでおきたいって、
なんかとても貴重ですよね(笑)。
- 燃え殻
-
そうですね。
音楽も共有できることじゃないですか。
だから、小説を書いたときに、
ところどころに音楽を挟んでいったんですよ。
- 糸井
- 入れてますよね。
- 燃え殻
-
そこでこの音楽がかかってたらうれしいなっていうのと、
ここでこの音楽がかかってたらマヌケだなっていう、
その両方で音楽は必要だったんで。
そうすると、読んでくれている人が
共鳴してくれたり、共有してくれたり、
共感してくれるんじゃないかなって、思ったんですよね。
- 糸井
-
耳ってふさげないから、
流れてくるじゃないですか。聞きたくなくても。
そこまで含めて思い出だ、っていうのは、
あとで考えると嬉しいですよね。
景色みたいなものだね。
- 燃え殻
-
そうですね。
景色に、風景に一つ重ねていって
共感とか深度が深まるような気がして。
この小説でいうと、
同僚と最後に別れるシーンがあるんですけど、
映画やドラマなら、悲しい音楽が流れてほしいじゃないですか。
そこでAKBの新曲が流れるっていうのを、
入れたかったんですよ。
- 糸井
- いいミスマッチですよね。
- 燃え殻
-
もう俺たち会わないなっていうのはわかる。
わかるけど、それは言わないで、
「おまえは生きてろ」みたいなことを言う。
言ってるときに、新曲がのんきに流れてるって、
ある、あるよなって(笑)

- 糸井
-
あるある。大いにある。
自分が主役の舞台じゃないのが世の中だ、
っていうのを表すのに、
外れた音楽を流すのはすごく、すごくいいですね。
自分のための世の中じゃないとこにいさせてもらってる感じ。
燃え殻さんの小説の中にいっぱい出てくるのはそれですよね。
俺のためにあるんじゃない町に紛れ込んでみたり(笑)。
- 燃え殻
- そうですね。
- 糸井
- 俺のためのパーティじゃないところにいたり(笑)。
- 燃え殻
-
そこに所在無しみたいなとこに
ぼくはずっと生きてるような気が。
- 糸井
- いる場所がない(笑)。
- 燃え殻
-
中華街で手相見てもらったら、未来がないって言われたんです。
ひどくないですか。お金払ってるのに(笑)。
でも、じゃ、自由だなって思って。
ずっと、そこに所在がない感があって。
なんていうのかな、
どこにも居場所がないっていう感じで生きてて、
居場所がないっていう共通言語の人と‥‥
- 糸井
- 会いたいよね(笑)。
- 燃え殻
- そう、会いたい。
- 糸井
- みんなあるんじゃないですか?
- 燃え殻
- みんな感じてるんですかね。
- 糸井
-
さっきの「90年代の空気を書きたかった」みたいに、
とりあえずこの言葉で納得していこう、
というとこに自分を置いて、
そこは今日は考えないことにしようと思って、
溜まっていってるんじゃないですか?
それよりはこの商品を明日どう売るかとか。
- 燃え殻
- ああ、そっちのほうを。
- 糸井
-
忙しいと、やんないと怒られるよなってことを先にしますから。
ぼく自身、小説をまったく今読まないんです。
・・・・えーと、フィギュアスケートで、
大会に出てる人と、出ていない人がいるじゃないですか。
大会に出なくても、
アイスショーに出て、踊ってるじゃないですか。
あれが、そこが主戦場の人とそうじゃない人の違いで、
でも、踊ったり滑ったりするのは同じじゃないですか。
だから、ぼくは大会にまだ出てるつもりでいるんだと思う。
仕事においては。
- 燃え殻
- ああ。
- 糸井
-
しょうがないんですよ。
くるくる、くるくる、
4回転の練習を飽きもせずにやるっていうのは。
ぼくと従業員一同とお客様のために、
毎日くるくる回ってるんですよ。
- 燃え殻
- コケたりとかしながら。
- 糸井
-
うん、コケたり、氷硬いよねみたいな。冷たいし。
小説読むっていうのはそれじゃなくて、
「ぼく」なんですよ。
だから、どっちを優先するとき、
どうしてもやんなきゃなんないことを先にやっちゃうから、
くるくる回るのを練習しちゃうんですね。
- 燃え殻
- じゃ、小説売れるのは大変ですね。
- 糸井
-
だから、そんなに一生懸命大会に出てない人が
小説を読んでくれると思う。
あるいは、小説読んでることで自慢したい人とかも読む。
あと、自分も書いてる人も、
「燃え殻?何それ」みたいに読むと思う。

- 燃え殻
- いやな感じですね。
- 糸井
-
ぼくが読むというのは、楽しみのためだから。
自分の役割じゃない魂で読んでるから、贅沢ですよ。
だから、燃え殻さんの小説読んだときは、楽しかったですよね。
- 燃え殻
- ありがとうございます。
- 糸井
-
楽しかったのは、やっぱり、
「俺のことも言っていい?」みたいなところ。
あと、だるい挑発してくるわけです(笑)。
- 燃え殻
- ぬるい。
- 糸井
-
肘で枕して、「糸井さん、どうですかぁ?」
みたいに言ってる感じがするんです、通常の。
そうすると、「そうねえ」なんつって、
ちょっとだけよぎるものがあったりして。
「俺と世代が違うから、違うんだけどね」
なんて言いながら、しゃべってるわけです、読みながら。
- 燃え殻
- 一番いい。うれしいです。
- 糸井
-
黙読してるとき、声帯が動いてるっていう話もあるけど、
同じように、読んでるときって書いてるんですよね。
- 燃え殻
- ああ、なるほど。
- 糸井
-
だから、ここで書いてあることっていうのを、
まとめた言葉にしてるかもしれないし、
「ああ、こういう愛はあるよな」みたいなこと、
「それ名前つかないんだよな」とか言ってるかもしれないし。
- 糸井
-
羽生結弦くんがさ、
大会のために4回転をしてなきゃならない時間に
燃え殻君とお茶を飲んでるみたいな時間が、
その小説を読むって時間だから。
だから、お互いにリッチですよね。
- 燃え殻
- そういう時間になるのはうれしいですね。

- 糸井
-
だから、正直言って、
そこにそんなに人が群がるとは思わなくて。
- 燃え殻
- 言ってましたよね。
- 糸井
-
「思ったより売れないと思うんだよね」って。
「思った」っていうのは、
処女作だと10万部売れると思うんです。
宝くじ買うときに
「俺は絶対1等が当たらない」
と思って買う人、あんまりいないんです。
1等の可能性もあると思って買う。
- 燃え殻
- はいはいはい。
- 糸井
-
1等当たったらどうしようってニヤニヤしながら買うから、
「2万当たりました」って言われただけで、
「1億はダメでしたか」ってなるんだよ。
- 燃え殻
- ああ‥‥。
- 糸井
-
1億のハズレがわかっちゃうと、1回ちょっと落ち込むんです。
その時期にみんなで会いましょうっていう。
- 燃え殻
- そう、糸井さんが残念会を開いてくれて(笑)。
- 糸井
-
日程が残念会になっちゃったね。
発売記念の日に集まろうと言ってたけど、半月とかひと月とか‥‥。
- 燃え殻
- 経って会うってことに。
- 糸井
- そしたら売れてたの。
- 燃え殻
- 本当ありがたい。
- 糸井
-
だから、ああ、いいじゃんっていうか。
「500万以上当たりました」みたいなとこに行っちゃったから。
- 燃え殻
- なんで売れたんですかね。
- 糸井
-
思ったよりみんな、
ああいうものを出してなかったんじゃないの?
自分ではどう思います?
- 燃え殻
-
なんか半々だと。
いろんな人たちが買ってくれるんじゃないかっていう気持ちと、
自分の本当にあった事柄が入っているので、
自分の人生、そんなに人気(ひとけ)がなかったのに、
多くの人が買ってくれる要素がないなあって思っていて。
その日によって、
「ああ、でも、いいのができたな」、
「あ、でも、これはダメかもしれないな」、
という気持ちが繰り返すというのが
本当に正直なところのような気がしますね。

- 糸井
-
絶対量みたいなものがあるんだよ、
人に影響を与えたり、影響を与えるってことは
量かける質になっちゃうけど、量としてあるんだよ。
このあいだ、ぼくの田舎(前橋)で話していたら、
「ブルゾンちえみが来て、1万人入りましたよ」って。
地方都市にブルゾンちえみが来たら、1万人集まる。
いっぱい売るってことはそういう事件になってないとダメなんで。
そこの・・・・。
- 燃え殻
- ああ、なるほど。
- 糸井
- うん。ポピュラーゾーンとか、あるんだよ。
