もくじ
第1回父と子の関係性 2017-11-07-Tue
第2回10月のある晴れた日の朝 2017-11-07-Tue
第3回新しい発見に出合う日々 2017-11-07-Tue

岐阜で生まれ育ち、現在は東京・武蔵野で家族三人、猫一匹と暮らしています。ファッションを中心に編集やライターの仕事をしています。狂おしいほどナッツが好き。最近のおすすめは中国発のスパイシーピーナッツ。

ぼくの好きなもの</br>息子と歩く朝の200メートル

ぼくの好きなもの
息子と歩く朝の200メートル

担当・なちまさと

第3回 新しい発見に出合う日々

これまでにぼくと妻と息子の3人で会話することはあっても
ふたりでゆっくり話すことは多くなかったように思う。
どちらかと言えば、息子は妻に甘えることのほうが多かったし、
平日の夜に会えたことはほとんどなかったら、
成長のようすを妻から伝え聞くだけだった。

そして、夏のはじめからゆっくりとした足どりで
父子で歩くようになって、たくさんのことをはじめて知り、
新しい出会いを運んでくれた。

公園で捕らえたダンゴムシが一向に丸くならないと思ったら、
それはワラジムシというよく似た虫だったこと。
意固地になっているだけかと思ってた。

ザリガニを捕まえるときは、逃げる際に
前を向いたまま勢いよく後ろに下がるので、
ザリガニの背後から網を持っていくといいと
小学生の男の子たちがぼくらに教えてくれた。

どんなに急いでいても
道路を横切ってショートカットせずに
一緒に横断歩道を渡って大人として見本を示すこと。
子どもは言葉に出さなくともちゃんと見ている。

行き道でたまに出会う、息子の同級生のお父さんと
いつしか言葉を交わすようになり、
ひとりでデザインの会社を立ち上げたことを知った。
ぼくが会社を辞めた直後、なんにも仕事がなかったころ、
「独立されたお祝いです」とランチをごちそうになった。
ひと回り以上年上の人と友人になれたのは初めてだった。

そして、息子がいま何を考え、
どんなものを好きでいるのかを知った。

1から10まで数えるとき、
なぜか4だけとばしてしまうこと。

若くてきれいなおねえさんにほほえみかけられると、
ぼくの足に隠れて、照れたふりをしてニヤニヤしていること。
投げキッスが無敵だと知ってしまったこと。

鬼とペッパーと天狗がこわいこと。
息子がどうしても言うことを聞かないとき、
どこからともなく彼らがやってくる。
誰が呼んでいるのかな。不思議だな。

ぼくと妻の仕事の内容を伝えたあとに将来の夢を聞くと、
「ひこうきくつる(作る)の!」と教えてくれたこと。
空を見上げていると思ったら、誰も気づかないような
豆粒ほどの白い影を小さな指でさし示してくれる。

子どもが生まれる前は想像できなかった。
子どもはいらないと言っていた自分が
こんなふうに思えるようになるなんて。
これまでの自分にはなかった新しい価値観が生まれ、
世界を見る解像度が高くなった。

好奇心のかたまりのような彼にとって
わずか200メートルの世界でも
たくさんの刺激に満ちている。
それは、ぼくにとっても、それまでに看過してきた
場所に驚きや発見があることを教えてくれた。

来年の3月に保育園は閉園することが決まっている。
短くも長い宝物のような200メートルを
4月からはともに歩くことはなくなるけれど、
とりとめのない特別な日々があったことを忘れない。

このエッセイを提出する前に妻に読んでもらったら、
同じ保育園のおかあさんに言われたことを教えてくれた。
「ひびたくんとおとうさん、毎朝だらだら歩いているように
見えるけれど、とても楽しそうで笑っちゃうのよ」

少し肌寒く、秋の終わりを感じる朝、
「これきっと似合うよ」と新しい服を着せると、
玄関の鏡の前に立ち、「かっこいい」としたり顔で息子は言う。
ドアを閉めて、ふたりで歩き出す。