もくじ
第1回船からしか見えない景色 2017-11-07-Tue
第2回船に流れる時間 2017-11-07-Tue
第3回夜の海の向こうにあるもの 2017-11-07-Tue

編集経験8年。
媒体の主な分野は教育系、旅行系です。

私の好きなもの 船旅(ふなたび)

私の好きなもの 船旅(ふなたび)

担当・朝倉由貴

第3回 夜の海の向こうにあるもの

長距離フェリーに乗るとき、
ひそかに楽しみにしていることがあります。
「楽しみ」と呼ぶのはちょっと変かもしれません。
なぜなら、ものすごく怖いからです。
それは「肝試し」と言っていいかもしれないものです。

天気がよくて、比較的波がおだやかな夜。
船が沿岸を離れて周囲に明かりがなくなったとき、
そっと甲板に出てみることがあります。
怖いので、船内からのドアを開けてすぐのところにある
甲板を選びます。

暗い。闇のなかにドドドと波の音が響く。
手すりをぐっと握る。
ちょっとだけ、ほんの1分か2分、
暗い海に向き合ってみます。
震えるほど恐ろしいです。

「もしここから落ちたら、
誰にも見つからずに死んでしまうかもしれない」
ふとそんな思いが頭をよぎります。
入水しようとしているわけではまったくありません。
「この手すりから向こう側の海は、私にとってあの世なのだ」
と思うと、変な感慨があるのです。
人間なんてまったくかなわないと思わされる、
圧倒的な海の迫力と真っ暗闇。

昼間は明るく輝く、エメラルドグリーンの海。
太陽が沈んで真っ暗に見えても、
なかには魚や生き物がうじゃうじゃと泳いでいて、
むしろ生命だらけ。生命感でパンパンに満ちた海です。
でも、私は夜の海が命の危機を感じるほど恐ろしい。
明るくて安全な船で守られているから、
ついのんきに、航海を楽しんでしまいますが、
船は間違いなく、闇の中、この得体の知れない水の上を
走っているのだということを確認しているのかもしれません。

「もう無理、怖い!」
耐えきれなくなった私は、明るい船内に引き返します。
ああ、ものすごく怖かった。
奇行に見えるかもしれないけれど、
これをときどきやってしまうのです。
怖いのに、なぜ感動するのか知りたくて、
ぶるぶるおびえながら、繰り返しています。

そんな恐ろしい海の顔色を目撃できるのも
船旅の醍醐味のひとつなのではないかと思います。
とにかく怖いから、船に乗ったことのない人には、
一度でいいから見てみてほしい。

こんなことを言いつつも、
年々気が小さくなってきてしまった私は、
ここ最近の船旅ではあの海の怖さに耐えられず、
夜の航行中、甲板にはほとんど出ていません。
ドアからちょっと顔だけ出して、
「ああ怖い!」とすぐ引き返しています。

※海面から離れた船の中央部などの甲板は、
夜間も照明をつけて開放していることがあります。
また、ほとんどの船で天候の悪いときは甲板を
閉鎖して立ち入り禁止にしています。