ドブネズミみたいに美しくなりたいー等身大で生きるにはー
担当・柴萌子

第4回 水たまりでも魚は泳いでいるんです。
- 田中
-
実は、あとで糸井さんのサインをいただきたいと思って、
会社に入ったときに買った
マドラ出版の『糸井重里全仕事』を
今日、持ってきたんです。
この本ですが、
糸井さんの広告の仕事として一区切りついた
「全仕事」という意味であって、
広告の仕事というのは
糸井さんのキャリアの一部なんですよね。
ぼくが今日、本当におうかがいしたいことは、
今までの仕事に一区切りつけて、
違うことに踏み出そうとすることなんです。
- 糸井
-
去年の4月、
初めて田中さんと京都でお会いしたときに、
田中さんから
「ほぼ日という組織をつくられて、
その中で好きなものを毎日書いていることに
すごく興味があります」と聞かれておどろきました。
「電通のかただけど、こんなことに興味があるんだ」って。
- 田中
-
糸井さんが「そこですか?」とおっしゃったんです。
その一言が忘れられなくて。

- 田中
-
でも、そのとき、ぼくは電通を辞めるとは
まったく思っていなかったんです。
電通を辞めようと決めたのは11月の末で、
辞めたのは12月31日なんです。
- 永田
-
11月の末になにかがあったんですか?
- 田中
-
それが、理由になっていないような理由で‥‥。
- 糸井
-
もしかして、ブルーハーツですか?
- 田中
-
そうなんです。ブルーハーツです。
ぼくは50歳近くのおっさんですが、
糸井さんがおっしゃるように
中身はまだ20代のつもりでいるので、
ブルーハーツを聴いたときのことを思い出して、
「このように生きなくちゃいけないな」
と思ったんです。
とはいえ、なにか伝えたいことや、
「熱いメッセージを聞け」ということはないんです。
だけど、「ここは出なくちゃいけないな」
と思ったんですよね。
※「田中泰延が会社を辞めたほんとうの理由、迷走王ボーダーとブルーハーツ」
- 糸井
-
ぼくは、広告の仕事を辞めるときに、
なにかをやりたいというよりは、
やりたくないことをやりたくないという
逃げの気持ちのほうが強かったんですよね。
「いや、これはまずいなぁ」と思って、
広告の仕事も
どうしてもやりたくないことになってしまって。
田中さんにとってのブルーハーツは、
ぼくにとっての釣りなんだと思います。
ぼく、ずっと釣りをしたかったんですよ。
釣りでは誰もが平等に争いごとをするんですよね。
それで、勝ったり負けたりするところで
血が沸いてくるんです。
- 田中
-
「釣りを始めた頃は、水たまりを見ても
魚がいるんじゃないか」とおっしゃっていましたね(笑)。
- 糸井
-
そうなんです。
釣りを始めたのが12月頃だったと思うのですが、
東京湾にスズキがいることがわかっただけでも
うれしかったんです。
開高健さんが
「ニューヨークにはニジマスがいる」
ということを書いていて。
それで、開高さんが「ハドソン川には」と書いたときに、
「おぉ!」と思ったんですよね。
同じように、
「東京から富士山が見える」ということも、
みんなを喜ばせるんですよ。
喜びよりも「見たい」という気持ちが、
ウワーっとわいてくるんです。
もう夢そのものじゃないですか。
そして、お正月に家族旅行をしたときに、
まったく根拠なく、真冬の砂浜で一生懸命
なにかが釣れるのを待っているという。
しかも、それを妻と子どもが見ているんです。
- 田中
-
(笑)。そのときはなにか釣れましたか?
- 糸井
-
まったく釣れませんでした。
なにせ根拠のない釣りですから。
でも、根拠がなくても水があるんです。
- 一同
-
(笑)

- 糸井
-
「根拠がなくても水がある」。
水があれば、水たまりでも魚はいるんですよね。
誰もいないところで釣りをしていると、
なにも気配のなかった、静かな水路のような川で
初めて1匹が釣れるんですよ。
まるで泥棒に遭った瞬間のように、
パーっと引かれるんです。
この喜びが、ぼくを変えたと思うんです。
広告の仕事を辞めるときの、
「ここから逃げ出したい」という気持ちと同時に、
「水さえあれば魚がいる」と期待する気持ちを
釣りがつなげてくれたんだと思います。
- 田中
-
わぁ。素敵なお話ですね。

- 糸井
-
知名度があると、
知っている人が知っている人をつなげてくれるんです。
だから、釣りのプロの人と早くから知り合えるんですよね。
それで、ぼくは
坊主(1匹も釣れないこと)から抜け出したいので、
すごく釣りのうまい人に、
「1匹も釣れなかった経験はあるんですか?」
と聞くわけです。
そのときに、
「釣りがある程度わかっていれば、
基本的に坊主ということはないんじゃないでしょうか」
と言われたんですよ。
とてもうれしいじゃないですか。
ぼくにとって魔法のように思っていたことが、
実は科学だったんですよね。
そのようなことを、インターネットでも感じます。
だから、ぼくにとってのインターネットは水なんです。
- 田中
-
なるほど。
まさか、釣りの話がインターネットにつながるとは
思っていなかったです。
でも、言われてみたら、きっとそのようなことですよね。
- 糸井
-
「田中さんがこれからどうなる?」
ということは、おたずねしないのですが、
釣りの当たりを引いたときのような
おもしろさにはたどり着いてみたいですね。
- 田中
-
そうですね。それはいい話ですね。
今日糸井さんにお会いして、
釣りの話まで行きつくとは思っていませんでした。
これからのぼくは、
やっぱりなにか変わってくると思います。
- 永田
-
おもしろかったです。
- 田中
-
いやぁ。ぼくもおもしろかったです。
- 糸井
-
「これからどうされるんですか」という話は、
公の場所ではなく、
田中さんをもっといじれる場所でしましょう(笑)。
- 田中
-
いじめてください(笑)。
- 永田
-
それでは、一旦ここで締めますね。
ありがとうございました。
- 糸井
-
お疲れ様でした。今日はどうもありがとうございます。
- 田中
-
こちらこそ、どうもありがとうございました。
