もくじ
第1回渋谷でお店を始めた理由。 2016-12-06-Tue
第2回バーのマスターになるまで。 2016-12-06-Tue
第3回カウンターから見た時代と街の移り変わり。 2016-12-06-Tue
第4回変わっていくもの、残していきたいもの。 2016-12-06-Tue

1989年宮崎生まれ。
宮崎と鹿児島の県境で育ちました。
都内ではたらく編集者です。

渋谷のバーカウンターで</br>あいましょう。

渋谷のバーカウンターで
あいましょう。

担当・竹之内円

第4回 変わっていくもの、残していきたいもの。

——
林さんが他のお店に行って、
インスピレーション受けた経験ってありますか?
林さん
この前、妻と南青山のブルーノートに行ったんです。
僕が酔っぱらって
ちょっと大きな声を出してしまったんです。
その時、ソムリエさんに「静かにしてください」って
言われてしまって・・・・。
 
僕もお店でしょっちゅうお客さんに
「静かにしてください」って言うんですよ。
酔っぱらってすごく気分が良いのに怒られるのって、
すごく嫌な気持ちになるんだなってよく分かったんです。
 
最近は、お店側が迷惑だなって思っても、
インターネットの口コミとかですぐに広がってしまうので、
うるさいことを言えなくなってしまったんです。
でも、他のお客さんのことを考えたら
やっぱり注意するべきだし、
それは間違ってないよなって思いましたね。

——
bar bossaには1ヶ月間で約500人、
年間にすると6000人ほど
お客さんが来店されるそうですね。
バーのマスターという仕事がら、
いろんな相談をされることも多いのではないでしょうか。
林さん
そうですね。恋愛に悩んでいる人や
仕事や辞めたいと思っている人とか、
恋人や仕事の上司とか、
存在が近すぎる人には言えないことも、
バーのマスターだったら相談しやすいっていうのも
あるのかもしれないですね。
 
あと、よく思うのは
“未来から今の自分を想像してみること”が
すごく好きなんです。
それで、あの時はすごく大変だったけど
楽しかったなって思うようにすると、
すごく気持ちが楽になります。
 
女の子が失恋で落ち込んでいたとしても、
おばあちゃんになった時にあの頃は失恋して、
すごく泣いたけど、いい恋をしたな・・・・って
きっと思うようになりますよ。
——
その時は大変だとしても、あとで振り返ってみると
「全然たいしたことなかったな」って、
思うことも多いような気がします。
林さん
未来から今の自分のことを
客観的に見てみることって大切ですよね。
こういう風に考えるようになったのは
ドラえもんの影響なんですけどね(笑)。
 
以前、自分の遺言を残すなら何かなって
妻と話をしていたことがあって。
——
自分が残したい「遺言」ですか。
林さん
妻のお父さんが日本酒をお燗でしか飲まないんです。
「お酒はお燗にして飲め」って
遺言を義父のお父さんに言われたそうで、
義父は、日本酒を温めて来る人来る人に
これは遺言でねって嬉しそうに話すんです。
 
その話を聞くのがすごく好きで、
自分も娘にどんな遺言を残そうか考えるようになりました。
——
林さんが娘さんに残したい遺言って
もう決まっているんですか?
林さん
「レストランではピノ・ノワールを頼め」って遺言を。
ピノ・ノワールが昔から好きで、
レストランで注文するときだけは、
妻も合わせてくれるんです。
 
ピノ・ノワールって造り手によって、
味のスタイルや価格も変わるので、
その日の食事に合わせて頼むことって、
いろいろ考えないといけないのですごく難しいんですよ。
 
いつか娘がワインの頼み方を覚えて、
おいしいピノ・ノワールを頼めるようになってくれたら
いいなって思っています。

「娘はきっとそこで、レストランでのワインの頼み方、コースの組み立て方、
自分の味やお財布状況の伝え方を学べるはずなんです。
そして、そこで得られる料理、食材、味覚、価格といったさまざまな知識は、
彼女の食生活への態度を充実したものにしてくれるでしょう。」

—林伸次『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか -僕が渋谷でワインバーを続けられた理由』(DU BOOKS)

——
林さんの著書のなかにも書いてあるんですね。
娘さんはこの遺言の話を聞いたらきっと嬉しいですよね。
林さん
本を読んでいないので、
きっと娘はまだこの話を知らないと思います。
でも、いつか読んでもらえたら・・・・って
期待も込めて書いたんですけどね(笑)。
——
素敵ですね!
わたしも父がこんな遺言を考えてくれていたら
すごく嬉しいなって思いますね。
 
あ、そろそろ開店の時間ですね・・・・。
最後に、林さんが20年間お店を続けてきた秘訣を
教えてください。
林さん
ここ数年で“東東京”って新しくできたお店が
すごく話題になっていますよね。
 
少し前だと、
蔵前の「ダンデライオンチョコレート」や
「ブルーボトルコーヒー」の1号店が清澄白河にできて。
「富士屋本店」っていう三軒茶屋のワインバーも
一旦閉店して、日本橋でまた始めたりして。
 
渋谷も“奥渋谷”なんて騒がれるようになって、
若者がやっているお洒落なお店が増えてきました。
 
街もどんどん変わってきていて、
新しいものを追いかけるよりも、
お店としては老舗になるしかないなって思っていますね。

林さん
つい最近、『Hanako FOR MEN(マガジンハウス)』の
渋谷特集で、bar bossaの紹介をしてもらったんです。
他のページも読んでいて気付いたんですけど、
ネクタイをしているのって
僕と五島慶太さんの2人だけしかいなくて。
 
最近は、カジュアルな格好のお店も多いので
ネクタイって少ないですよね。
いつの間にか自分が古い側にまわっちゃったなって、
結構ショックだったんです(笑)。
 
バーテンダー修行をしていたときって、
帽子をかぶったままお店に入るだけで、
脱ぎなさいって注意されることもあったし、
すごく変わったなって。
 
ぼくのスタイルは、
ベストに白っぽいシャツにネクタイなんですが、
ネクタイでカウンターに立つっていうのも
悪くはないかなって思っているところなんです。

* * *

                
インタビュー当日、開店前のお店の扉を開けると
ベストに白シャツ、ネクタイをしている
林さんが笑顔で出迎えてくれました。

この日のインタビューを終えたのは、夕方の6時頃。
もうすぐ開店する時間ということで、
まだ、お客さんが誰もいないbar bossaは
とても静かでした。

インタビューの前半で林さんが好きだとおっしゃっていた
小説の一節があります。

「夕方、開店したばかりのバーが好きだ。
店の中の空気もまだ涼しくきれいで、すべてが輝いている。
バーテンダーは鏡の前に立ち、最後の見繕いをしている。
ネクタイが曲がっていないか、髪に乱れがないか。
バーの背に並んでいる清潔な酒瓶や、まぶしく光るグラスや、
そこにある心づもりのようなものが僕は好きだ。」

——レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」(ハヤカワ・ミステリ文庫)

林さんが、今回監修を務めたコンピレーション
『Happiness Played In The Bar
-バーで聴く幸せ-compiled by bar bossa』の収録曲は、
お店が開店したばかりの静かな雰囲気をイメージした1曲目から
少しずつお客さんが来てザワザワしはじめて
閉店の時間が来て静かに終わるお店をイメージして、
選曲されたそうです。

最後に、これから夜が始まるような緊張感ある
「開店直後のバーが好きだ」という林さんが
CDの1曲目に選んだ、こちらの曲をご紹介します。
林さんの解説と一緒にお楽しみください。


Blossom Dearie /It Might As Well Be Spring
1924年生まれのジャズ・ピアニスト/ヴォーカリストの
ブロッサム・ディアリーは28歳の時にフランスに渡り、活動をしますが、
ノーマン・グランツというアメリカのジャズの名プロデューサーに惚れられ、
32歳でアメリカに帰国し、ヴァーヴにアルバムを残します。
この曲がその第一弾からの名演です。

——林伸次(bar bossa店主)


『Happiness Played In The Bar -バーで聴く幸せ- compiled by bar bossa』
発売元:ユニバーサルミュージック合同会社
発売日:2016年11月16日発売価格:2,160円(税込)