もくじ
第1回ニーポンはしあわせなのか 2016-06-28-Tue
第2回イエネコは外に出たいのか 2016-06-28-Tue
第3回その飼い方は正しかったか 2016-06-28-Tue
第4回外よりも大切なことは何か 2016-06-28-Tue
第5回彼女は外で何をしていたか 2016-06-28-Tue
第6回彼に何をしてあげられるか 2016-06-28-Tue
第7回ネコにとってしあわせとは 2016-06-28-Tue

1978年、滋賀県生まれ。大学在学中からフリーライター。2010年、デザイン会社ハイモジモジを創業し、2012年度グッドデザイン賞受賞。現在、デザイン会社経営とライター業の二足のわらじ。飼っているネコの名は「ニーポン」。

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担当・松岡厚志

第5回 彼女は外で何をしていたか

つづいて、外にも自由に出している
半室内飼いのOさんにお話をうかがいます。
長年連れ添っているメスの「蜜柑」は
これまで住宅街を自由に行き来していましたが、
ここ最近はほとんど室内にいるようで。

──
蜜柑は何歳になりましたか。
Oさん
推定17、18歳かなあ。
一緒に暮らしはじめて16年になります。
──
もともとはソトネコだったんですよね。
どういう経緯で飼うことになったんですか。
Oさん
当時わたしが住んでいたアパートの窓のところに
このコがよく来ていたんです。
屋根伝いに歩いて来れるような場所でした。
初めは首輪がついていて、
どこかで飼われていたネコだったようです。
──
あ、そうだったんですね。
Oさん
ただ、樹脂製の首輪だったんですけど、
色落ちしてひび割れていた状態で。
しかも首のサイズに対してかなり小さくて、
首がぎゅうぎゅうに締まっていて。
──
飼っていた人が捨てちゃったのか、
それともこのコ自身が首輪をしたまま
家に戻らなくなったのかなあ。
首輪が小さいまま大きくなっちゃったんですね。
Oさん
そのうち不憫に思えて、
牛乳とかつお節を入れたお皿を窓の外に置いてみたら、
うちに来るのが3日おきになり、1日おきになり、
とうとう毎日ごはんを求めて来るようになりました。

──
通いネコ状態ですね。
Oさん
家に帰って電気をつけると、窓に影が見えるんです。
「あ、今日も来てるな」って。
そんな状態が1ヶ月くらいつづいたある日、
とうとう窓から部屋の中に入ってきたんですね。
入ってすぐのところで、どこか遠慮がちに。
──
そうか、いきなり「飼います」じゃなくて、
徐々にお互いの距離が縮まっていったんですね。
Oさん
ええ。
ただ、首輪をしていたわけですから、
まだ誰かが飼い続けている可能性もあって。
わたしもペットを飼うつもりはなくて、
どちらかといえば近づけて嬉しいというよりは
「困ったことになっちゃったなあ」と感じていました。
だから当初は名前もつけずに「ネコ」って呼んで、
距離を置いていましたね。
──
名前をつけるようになったきっかけはありますか?
Oさん
友達ふたりに相談したんです。
「こういうネコがいるんだけど、どう思う?」って。
ひとりにはものすごく怒られましたね。
「そうやって中途半端な愛情を注ぐからよ」って。
──
うーむ。
Oさん
でも、もうひとりは
「ネコには飼ってみないとわからない面白さがあるから
気軽に飼ってみたら?」って言ってくれて。
そこからですね、家に入れるようになって、
一緒に暮らしはじめたのは。

──
「ネコ」が「蜜柑」になってからは
ずっと室内飼いですか?
Oさん
わたしが家にいるときは家にいましたね。
で、彼女が外に出たら、わたしも外に出たりして。
あと、夜の9時や10時になると必ず外に出ていました。
──
ネコの集会にでも参加していたんでしょうか(笑)。
Oさん
どうでしょう。
とにかく彼女が「外に出たい」と意思表示をしたら、
できるかぎり外に出してあげるようにしていました。
もともと外で長く暮らしていたコですし、
習慣をむりに変えさせることにためらいがあって。
──
蜜柑を外で見かけたこともあるんですか?
Oさん
そうそう、ばったり会ったことがあるんですけど、
そのときはなぜか他人のような素振りをされました。
家から数十メートルも離れてしまうと
「なんだお前?」みたいな顔をされましたね(笑)。
──
ははは。

Oさん
ネコとイヌの違いを表すことばで
「ネコは家につく」「イヌは人につく」
というのがあります。
イヌはご主人様に対して信頼を寄せるけど、
ネコは住環境に対する信頼がつよい動物みたいで。
住処やテリトリーがとても大事なんじゃないかなあ。
──
家にいるときは家族だけど、
そうじゃないときは他人ってスタンスなのかな。
家の外では何をしていたんでしょうね。
Oさん
ケンカでもしてたんじゃないかなあ。
彼女はメスのわりに身体が大きくて、
かなり強かったみたいです。
ある日、ひたいに傷をつけて帰ってきたことがあって、
獣医さんに診せてみたら
「相手に向かっていってる証拠だよ」って。
弱いネコは足をやられたりするけれど、
彼女は真正面から相手に立ち向かっていく。
──
家の中でもそんな感じですか?
Oさん
いえいえ、全然。
だから家では見せない野生を、外で知るんです。
「あ、こんな大声を出すんだ」とか、
「こんなに速く走れるんだ」とか。
外だと野生のスイッチが入るんでしょうね。
──
ネコにも内と外の二面性があるんですねえ。
Oさん
ただ、最近はすっかりお婆ちゃんになっちゃって。
2年前くらいかな、
他のネコに追い立てられて部屋に戻ってきたときは
胸がきゅーんと締めつけられました。
蜜柑も世代交代なのかな、って。
──
さみしいなあ。

Oさん
だから外に出ていたのは昔の話で、
今はもう、ほとんど出なくなって、
出てもせいぜい1分くらいで戻ってきます。
ヘンなところに入り込んで出られなくなるのも困るから、
わたしとしては正直、安心するんですけどね。
──
でも蜜柑はしあわせですよね。
16年もの間、外に出たいときに自由に出られて、
この歳までこんなに愛されて。
Oさん
うーん。
「これでいいのか?」って悩んだときはありますよ。
たとえばわたしが旅行するときは基本的に放置でしたし。
もちろん出入りできるように窓は開けていましたし、
ごはんやお水は十分に用意して、
一日おきに友人に面倒を見てもらっていましたが。
──
ええ。
Oさん
最近でも、わたしが関西に帰省するときは
キャリーバッグに入れて連れて帰っているんです。
蜜柑は高齢なので、さすがに置いていくのが心配で。
でも、これでほんとにいいのかなあって。
──
ネコは移動がストレスですもんね。
Oさん
せめて新幹線はこだまに乗るんです。
のぞみは新横浜から名古屋まで止まりませんが、
各停のこだまは何かあったら途中下車できますから。
ただ、そもそも新幹線が良いのかどうかも含め、
帰省の仕方については模索中ですね。

──
ちなみに、もしも蜜柑以外にもネコを飼うとしたら、
今度は完全に室内飼いをしたいですか?
それとも蜜柑と同じように半室内飼いですか?
Oさん
うーん。
現代では「ネコは室内で飼う」というのが
なかば常識になっていますので、
今後は完全に室内飼いになるかもしれません。
ただ、やっぱりそのコ次第かなあ。
もしも飼うとしたら保護されたコを
里親としてもらうかたちになるでしょうけれど、
里親になるための条件がそれぞれあって、
その条件次第というのもあります。
──
蜜柑を外に出されていたのも、
それまでの生き方を尊重されていたからですもんね。
Oさん
この16年、蜜柑が事件や事故にあわなかったのは
とてもありがたいことです。
いずれにしてもまずは
彼女の天寿をまっとうさせることが、
わたしの使命だと思っています。
だから蜜柑以外のネコを飼うことは
今のところ考えられないですねえ。

(つづきます)

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第6回 彼に何をしてあげられるか