商人が仕掛けた真剣勝負 株式会社ジンズ 田中仁 代表取締役社長×糸井重里 商人が仕掛けた真剣勝負 株式会社ジンズ 田中仁 代表取締役社長×糸井重里
(8)桶狭間の真剣勝負
糸井
メガネの販売が軌道に乗って、
上場したのはいいけれど、
株価が20分の1にまで下がったわけですよね。
その時は、どんなことを考えていたんですか。
田中
自分はやっぱり、上場企業の社長をやる
器じゃないなと思ったんですよ。
そんな時に、ファーストリテイリングの
柳井正さんにお会いして、
厳しい意見をいただくんです。
ビジョンとか志のない会社は絶対に成長しない、
という話をされて、それが響いたんですよ。
糸井
はぁー。
信用金庫時代の大晦日に、
お金持ちのおじさんから、
怒鳴られたことにも通じますね。
田中
柳井さんのおっしゃることが、
本当にその通りだと思って、
私の心の琴線がビンビンしたんです。
糸井
泣きましたか、その日は?
田中
その日はね、具合が悪くなりました。
2008年12月24日、午後3時です。
糸井
クリスマスイブの午後に(笑)。
田中
もう家に帰って、寝込みましたね。
翌日の午前も会社を休みました。
糸井
泣くどころじゃなかったんですね。
田中
その一件があって、このままじゃいけないと思って。
「自分は何のために仕事をしてるんだろう?」と、
「うちの会社って、何のために存在してるのかな?」
という、根源的なことを考え始めたんですよ。
糸井
上場をするプロセスでも、
そういう質問はたくさんされませんでした?
田中
まぁ‥‥、何も聞いてなかったですね。
糸井
そうですか(笑)。
「我が社はこういうふうに考えていて、
こういうふうに頑張ります」
みたいな話は、どうしていたんですかね。
田中
やっぱり表面的でしたよね。
当時の私を見た藤野英人さんは、
「JINSの株は買うな」って言ったみたいです。
糸井
本当に? いや、おもしろいなぁ。
そのネタはいいですねぇ。
田中
柳井さんからの言葉にハッとして、
年が明けてから、役員8人で合宿をしたんです。
熱海で1泊2日で合宿をして、
「自分たちの会社、どういう戦略で行くんだ」
というところを明確にしました。
そうしたら、一気に視界が開けてきたんです。
「だったらあれしよう、これしよう」ということが
バーっと出てきたんです、五月雨のように。
糸井
いいですねえ。
田中
実力を発揮しきれていない感覚もあったんです。
「まだまだ、こんなもんじゃない」と、
「でも、こんなものなのかもしれない」
みたいな想いの狭間で揺れるわけですよ。
糸井
うんうん。
田中
でも、自分の可能性に賭けてみたんです。
糸井
うんうんうん。
田中
その合宿から生まれたアイデアを全部、
2009年9月17日の原宿店の改装オープンに向けて、
照準を合わせました。
当時は、軽量メガネという概念があまりなくて、
哺乳瓶の素材で作った「Airframe」という
軽量フレームにをたくさん仕込んだんです。
それまでは年間1億円しか使わなかった
広告宣伝費を1ヶ月で5億円使いました。
お店の看板も「JIN's GLOBAL STANDARD」
という名前を、「JINS」という短い名前にして、
1億円かけて全店の看板をかけ替えたんです。
そして、「追加料金0円」という新業態もはじめて、
原宿でイベントをしました。
糸井
全部、お客さんのほうに顔が向いたんですね。
田中
そうなんです。
私はこの日のことを「桶狭間」って呼んでいるんです。
今川義元に全部踏みにじられて、
なくなりかけたところを頑張って攻めたんですよ。
でも、ここで負けたら、今のJINSはないんですよ。
私もいなくなっていたでしょうね。
一応、計算はしていました。
「もしこれが全部失敗したら、どのくらいの損で、
ただ、会社が潰れるまではいかないだろう」と、
「でも、俺は責任取るしかないな」
というところまでは計算をした上で、やったんですよ。
糸井
独立した時から卸の気持ちでいたのが、
その「桶狭間」の話では、
全部のコストがお客さんに向いていますよね。
どうして、そんな一気にわかったんだろうね。
本当に追い詰められたからですか?
田中
そうでしょうね。
やはり「真剣勝負」なんですよ。
真剣勝負って、読んで字のごとく真剣ですから。
負けたら死ぬわけですよ。
糸井
そうだねぇ。
田中
それまでの試合って、竹刀の試合なんですよね。
だから、負けても痛いだけで、死なないんですよ。
糸井
コブができたとかね。
田中
でも、その9月17日の真剣勝負では、
私たちが勝ったんですよ。
糸井
勝ったという結果は、
どういうふうに現れたんですか?
田中
原宿店のオープンにできた行列もそうですけど、
既存店の売り上げが、バッと上がりました。
その日は、朝まで心配だったわけです。
お客さんは来るだろうか、売れるだろうかって。
でも、おもしろいもので、
その勝負の朝には、心が真っ平らなんですよ。
なんの迷いもなく、心配もなく。
糸井
その日にも神風が吹いたのかもしれないけど、
株価はまだ低いんですか?
田中
えぇ、低かったですね。
たぶん50円くらいじゃないですか。
糸井
その時でも50円ですか!
本当に切羽詰まっていたんですね。
田中
そうですね。
真剣勝負に勝った私は、
こんな言い方するとまた、
思い上がっているように思われますけど、
もう、日本のメガネ業界では
負ける相手がいないとも思えました。
商売のコツというのも、その時に掴んだ気しますね。
糸井
パーン!と見えたんですね。
田中
視界が開けたんです。
(つづきます)
2017-12-28-THU