第7回 日野さんだったら‥‥出せる。

── こんどの「はじめてのJAZZ 2」は
ジャズの「歴史」をテーマにするわけですけど‥‥。
高平 さっきも言ったけど、
アメリカに奴隷としてつれてこられた
アフリカの人たちの「ワークソング」から
ジャズの歴史は、始まるんだよね。
── はい。
高平 で、日本との関係でいうと、
大正時代のサンフランシスコから神戸港への船には
だいたいフルバンドが入っててさ。

ようするに、ダンス音楽をやってたんだ。
── 船のなかで踊ってたわけですね。
高平 当時、作曲家の服部良一さんとかが、
神戸に行っては、
バンドの人たちから曲の「譜面」をもらうわけ。

‥‥ヒット曲って「譜面」だったんだよ。
つまり、「レコード」じゃない。
── あ、録音機材がなかったから。
高平 そうそう、譜面が売れたら、ヒット曲になる。
「ティン パン アレー」って言葉、聞いたことある?
── はい、細野晴臣さんや
松任谷正隆さんの音楽ユニット‥‥ではなくて?
高平 もともと、楽譜の出版社が軒を連ねていた
地域の名前なんだよ、ニューヨークの。
── あ、そうなんですか!
高平 ミュージシャンはみんな、そこに譜面を持ちこんだわけ。
で、お客はその譜面を買っては、自宅で弾いてたんだよね。

レコードになるのは、大正10年ぐらいじゃないかな。
だから、それ以前は「譜面」を売ってたわけだ。
── なるほど、そんなところからはじまって
1970年くらいまでに
いろんなジャズが、どんどん生まれてくるんですね。
高平 だから、ジャズが大衆化していくのって
最初が「ダンスミュージック」だったからなんだよ。

発祥の地とされてるニューオーリンズのジャズが
だんだん洗練されてきて、
フルオーケストラで、踊れるダンスが出てくる。

それがグレン・ミラーとか、ベニー・グッドマン。
日本でも、ものすごいヒットしたんだよね。

でも、そういうジャズを
コマーシャルの音楽だと嫌う黒人たちが
ちがうことをはじめた。

それが「ビバップ」で、
そこからモダン・ジャズの歴史がスタートするんだ。

‥‥ま、簡単にまとめちゃうとね。
 
── 前時代へのアンチテーゼとして
新しい形態のものがうまれるという点では、
ジャズも例外ではないんですね。
高平 商業主義に乗ったジャズに対する
アンチテーゼだよね。

ビバップにしろ、モダン・ジャズにしろ、
フリージャズにしろ‥‥。
── じゃ、これから先、
また新しいかたちのジャズが生まれるんでしょうか?
高平 うーん、どうだろうね。

全盛期のジャズのほうが
かっこいいと思ってるんじゃないかなぁ、みんな。
── ああ、そうでしょうか。
高平 ミュージシャンも、ウィントン・マルサリス以降、
もっと、あらわれてきてほしいんだけどね。
── ウィントン・マルサリス‥‥さん。
高平 マルサリスってひとは、
すごいとされているジャズメンたちから
ぽ――ーんと30年ぐらい離れて、
突然変異のようにして、出てきたんだよね。
── 何がどのようにすごいんですか?
そのマルサリスさんて‥‥?
高平 もちろんテクニックだよ、トランペットの。

マイルスの「電化」で「終わった」とされていた
モダン・ジャズの世界に、
すごいテクニシャンがあらわれた、という。
── なるほど‥‥。
高平 でも、モダン・ジャズ全盛期みたいに
年に何枚もレコード出してるわけじゃないし‥‥
マルサリスじゃ、マイルスの音、まだ出せないだろうな。
── タモリさんも、そうおっしゃってました。
高平 でも、日野さんだったら‥‥
日野皓正さんだったら
マイルスの音も出せるし、サッチモの音も出せる。

俺は、そう思うよ。
<続きます>
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2007-11-12-MON