深海。
JAMSTEC藤倉さん&江口さんに訊く
ぼくらの足元に広がる未知なる空間
「深海」について、
海洋研究開発機構(JAMSTEC)の
藤倉克則さんと江口暢久さんに、
あれやこれやと、うかがってきました。
藤倉さんは、有人潜水調査船
「しんかい6500」などで、
40回以上、深海へ潜っている研究者。
江口さんは、世界最大の
地球深部探査船「ちきゅう」に乗って、
海底を何千メートルも掘っている人。
光なき世界、奇妙な住人、生命の起源。
巨大地震の震源も、多くは、そこに。
真っ暗闇で、ぶきみだけど、
知的好奇心をかき立ててやまない世界。
全5回でおとどけします。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
第4回
深海から見る、
東北地方太平洋沖地震。
──
7年前に起きた東北地方太平洋沖地震、
いわゆる「3.11」の地震は、
三陸沖、
まさに「海の底」で起きた地震ですけど、
そもそも「震源」って、
どういうことを意味しているんでしょうか。
江口
そこから割れはじめたんです、早い話が。
硬い岩盤が、そこから。
──
なるほど、それが「震源」の意味。
江口
東日本大震災の地震の場合は、
確かに地震の規模つまりマグニチュードも
大きかったんですが、
もし津波が起きなかったら、
あれだけの方は、
犠牲にならなかったはずですよね。
──
ええ。
東日本大震災が発生したとき「ちきゅう」は青森県の八戸港に着岸していた。
大津波のために港内は一時的に洗濯機のごとく濁流が渦巻く状態になったが、
船体を損傷しつつも、船内見学のために来訪していた小学生48人を含む
乗船者全員が無事だった。©JAMSTEC
江口
通常、海底の表面に近い地盤というのは、
柔らかいんですよ。



で、その柔らかい地盤の下の硬い岩盤が、
ガガガッと割れて地震が発生したとしても、
柔らかい部分で、
ある程度エネルギーを吸収する、
つまり、動きが止まると考えられてました。
──
クッション材のようにして。
江口
でも、「3.11」の場合は、
なぜかそうならずに、地震のエネルギーが、
「すっぽ抜けた」感じになって、
海底がドドドーっと動いてしまったんです。
──
それは、どうして‥‥。
江口
わかりたいですよね。だから掘ったんです。
藤倉
すっぽ抜けた理由を、
この「ちきゅう」で調べに行ったんですよ。
江口
まず、2011年の5月に、
世界中の地震関係の研究者たちが集まって、
とにかく「掘るべきだ」と。
──
地震の2ヶ月後ですね。
江口
ただ、深海を掘ると言っても日本海溝ですから、
最深部で8000メートルあるんで、
そもそも、超難しいミッションなんですけど、
「もの」を取ってくることはもちろん、
世界中の研究者たちが集まって言うには、
「摩擦熱、測りたいよね」と。
──
熱?
江口
大きな津波を起こすほど断層が動くと、
300度から400度くらい、
ズレた断層の温度が、上がるんです。
──
はー、つまり、こすれて。
江口
その熱は、だんだん冷めていくんですが、
1年か2年の間に測定すれば、
ズレた断層の部分は、その周囲に比べて、
まだ数度は熱を高く保っているはずだと。
──
おお‥‥数度。
江口
で、大至急「ちきゅう」で調査できないかと。
──
大至急。
江口
大至急。
藤倉
冷める前に。
江口
具体的に、世界の研究者たちのターゲットは、
最低でも水深7000メートル、
そこからさらに
海底を1000メートル下まで掘れるか、と。



トータル8000メートルのオペレーションが
実施できるかと、ま、シンプルな話ですが、
アメリカが、そうそうに
「ゴメーン、ウチノ船ジャ無理ダワ」って。
──
そうなんですか。
江口
そう先に言われちゃったら、
ぼくら「できます」としか言えなくってね。



でも「じゃあ、うちの船でやります」って
言っちゃってからが、大騒ぎで。
──
ええ、引き受けちゃったからには(笑)。
日本海溝の震源域で調査中の「ちきゅう」乗組員・科学者たち。©JAMSTEC
江口
とにかく、深海の摩擦熱が冷めてしまう前に、
現場まで行って、掘らなきゃならない。



通常、海洋掘削のオペレーションというのは、
提案から実施までに、
5年とか6年くらいはかかるものなんですよ。
──
そんなにですか。
江口
でも、このときは、1年以内にやりました。
──
すごい。そして、
実際に調査して「もの」を持ち帰ってきた。
江口
そう、そうしたら、断層を構成する物質が、
想定していたよりずっと
「滑りやすい粘土」で、できていたんです。



通常、柔らかい部分は摩擦が大きいから、
地震のエネルギーも減衰するだろうという、
その想定があっさり崩れたんです。
──
なるほど‥‥。
つるつるしていて抵抗が少なかった、と。
江口
そうやって、あの大津波が生まれたんです。



つまり海底が動いたという事実はあっても、
なぜ動いたかについては、
現場の「もの」を取ってきて見てはじめて、
わかったんですよ。
──
答えは、つねに「現場」にあるんですね。
藤倉
もちろん、それ以前にも緊急調査してます。



2011年3月14日に、JAMSTECが調査船を出して、
海底が大きく動いたことを確認しています。
──
それはもう、地震の3日後のことですね。
藤倉
当時は、ご承知のとおり、
ガレキが海の表面を覆っていたりしたので、
思うように研究船を走らせられなかったり、
やれることは少なかったのですが、
最低限、
地震観測装置を設置してきたりしています。
──
余震だって頻発してたでしょうし。
藤倉
そう、「しんかい6500」を現場に潜らせて、
実際の海底を見たかったんですけど、
余震で危険だったことと、
そもそも海水が濁ってしまっていて、
仮に潜っても、見えない状況だったんです。
──
なるほど。
藤倉
ただ、当然、震災前から
海底の地形図は詳細に調べていましたから、
地震の前後を、比較できたんです。
──
ええ、ええ。
藤倉
そしたら、震源あたりの海底、
50メートルくらい、動いていたんですよ。
──
50メートルも。
藤倉
そう。
──
地震が起こった瞬間の「海面」というのは、
ガッと「盛り上がる」んでしょうか?
江口
おそらく、そうでしょうね。



仮に地震発生時に海の底に立ってたとすると、
5000メートル、
7000メートル級の「巨大な山」が、
秒速数メートルくらいの猛スピードで、
ドドドドドーッ‥‥と、
こっちへ向かってくるイメージですよ。
──
うわあ、富士山とかよりも大きな山が、
こっちへ向かって動いてくる!



あらためて、ものすごいことです‥‥。
藤倉
太平洋の向こう側のアメリカ西海岸でも、
津波による死者が出たくらいですから。
江口
そんなわけで、現在の「ちきゅう」は、
微生物に関する研究の掘削調査もするんですが、
地震関係の調査も多くなってるんです。
藤倉
世界を見渡せば「3.11」以外にも、
大きな地震、たくさん起きていますよね。
──
ええ。チリとか、スマトラとか。
藤倉
でも、東日本大震災が、
それらの地震と違うことがあるとしたら、
それは、高度な科学調査が
直ちにできる国で起きた、ということで。 
──
ああ‥‥。
藤倉
ですから、わたしたちは、
できうるかぎりの自分たちの能力を使って、
いったい何が起きたのか、
なぜここまでの被害が出てしまったのかを、
きちんと調べて、理解して、
後の世代のために残さなければならないと
思っています。
──
なるほど。
藤倉
世界のたくさんの国からいただいた支援に、
お返しできるとしたらと考えても、
わたしたちには、
きっとそれくらいしかできないんですけど。
──
でも、みなさんにしかできないことですよ。
藤倉
おそらくね、多くの地震学者さんたちは、
次に大地震が起きるとすれば、
南海トラフだろうと思っていたはずです。



実際、JAMSTECの地震研究者たちも、
揺れた瞬間に、
あ、南海トラフだと思ったらしいですから。
江口
そういう意味では、海底下の地震計からは、
リアルタイムで情報が来るので、
南海トラフは現在、常時監視下にあります。
──
みなさんが、
深海に穴を掘って置いてきた地震計で。
江口
もっとも、それで地震は予知できませんが、
データを積み重ねて、
データを監視することで、
いま起きた地震がどういうタイプなのか、
つまり三陸沖みたいに、
全体に「すっぽ抜けた地震」なのか‥‥を、
少しでも早く突き止めて、
少しでも早くアラートが出せるんですよね。
──
なるほど。
江口
ご存知のように、大きな津波が来るときは、
ほんの数十秒の差で、
助かる人の数がぜんぜん違ってきますから。
東北地方太平洋沖地震の発生後に「しんかい6500」で観察された海底の亀裂。©JAMSTEC
<つづきます>
2018-06-28-THU