糸井 そこは、ぼくと逆ですね。
比べるようなものじゃないですけど、
そこで、伊丹十三とぼくは
道が右左に別れます。
ぼくは、なんーにもつくりたくない。
宮本 糸井さんは映画は撮らない?
糸井 撮らないです。
例えば、レタリングひとつにしても、
ぼくはやらないですよ。
宮本 そう、やらないですか。
糸井 若いときにイラストレーターになりたい
と思った瞬間があって、
家にカラス口(ぐち)とか、持ってたんですよ。
だけど、色を塗るときに
絵の具がはみ出しただけで、もう
涙が出てきました。
宮本 ああ(笑)。
糸井 根気のいる仕事をやると
ぼくは失敗します。
宮本 飽きっぽいほうですか。
糸井 飽きっぽいです。
飽きっぽいけど
自分の倉庫にしつこく置いておいたものを
また出してくる、その根性はあります。
コーティングを変えれば、
アイスクリームは、イチゴ味にも、
チョコレート味にもなりますから。
宮本 じゃあ、アイスクリームのバニラを追求して、
一生を費やすってことは‥‥
糸井 したくはない。
宮本 (笑)
糸井 伊丹さんと自分は、
妻が女優だということも含めて
同じようなところもあれば
違うところもあって、
ぼくとしてはそれがうれしいです。
ぼくが宮本さんの代弁をするというのも
ヘンなんだけど、
宮本さんが伊丹さんといたときの
宮本さんの喜びを、
仕事として、コピーで考えるとしましょう。
もし、宮本さんがスポンサーで、
ぼくがコピーライターだったら。
宮本 へへへ(笑)。
糸井 「この人といると、
 自分がもっといろいろ
 できるような気がしてくる」
それが、たのしさだったんじゃないでしょうか。
宮本 ‥‥それはね、
ピンポンですねぇ。
糸井 ピンポンですか。
宮本 はい。
糸井 ああ、それは、伊丹さんは、
宮本さんに
もててますね。
宮本 もててます。
糸井 やっぱり(笑)。
宮本 それは、絶対的な自信がありますよ。
糸井 そうですよね。
宮本 ですから、取材で
「離婚を考えたことがありますか?」
と聞かれて、私が
「はい」
と答えたとき、
すごくびっくりした顔してた。
そのときの顔はね、一生忘れない。
糸井 うはははは。
宮本 私がそんなこと言うはずないと
思ってたんでしょうね。
どうして、わからないのかしら?
糸井 わははは。
次元が違うんでしょうね。
つまり、伊丹さんには
もててることと結婚してることは
イコールだったんでしょう。
宮本 そうね。
糸井 生まれ変わったら、同じ人と
もう一回結婚したいかどうかという話を
冗談みたいに言うことがありまして。
宮本 ええ。
糸井 ぼくはカミさんに
「一回とばしたい」
と言われました。
宮本 あ(笑)。
糸井 ちょっと、さみしかったです。
宮本 次はダメだけど、
その次ならいいのね。
糸井 悪くはないんですけど。
宮本 私も同じようなこと、言いましたよ。
「あなたの弟なら」って言ったの。
糸井 え? 弟さんは‥‥
宮本 いないわよ。
伊丹さんに弟なんていないんですけど、
そういうふうに言ったことはあります。
あなたはイヤだけど、
あなたと似た人ならいいわ、ということ。
だから、糸井さんの奥さまのことだって、
よくわかります。
嫌いなわけじゃないんですよ。
糸井 ええ。妻の側からしたら、夫というのは
「乗せてもらってどこ行こう」
という話ですもんね。
宮本 そういうことです。
糸井 伊丹さんのがっかり具合、
想像したらおもしろいです。
宮本 はい。
「ほんと‥‥」なんて言って(笑)。
実は私も自分でちょっと
びっくりしていました。
結婚した当初、私たちは
先生と生徒みたいな関係でした。
そこから反抗期に入って(笑)、
ちょうど取材を受けたその時期に
やっと少しは言えるようになったんでしょうね。
糸井 男はアホですねぇ。
そのことを想像してない男って
アホですねぇ。
宮本 それだけ信頼してるということですから、
うれしいですよ。
糸井 他人事だと、そういう話は
ほんとうにおもしろいです。

(続きます!)
column伊丹十三さんのモノ、コト、ヒト。

39. 『スーパーの女』。

伊丹十三監督映画の「女」シリーズ第4弾は
これまでと違って庶民的な、
スーパーマーケットを舞台にした
『スーパーの女』(1996年公開)です。

スーパー好きの主婦・花子が
幼なじみのスーパーの経営者・五郎を助け、
安売りをしまくるライバル店に打ち勝って、
スーパー・正直屋を立て直す、というのがおおすじです。
ちょっと地味に感じられますが、
時代にマッチしつつ、未来を予見するような、
さすが伊丹さん、といえる映画なのです。

ときはバブル景気がはじけ飛び、衣料品や食料品など、
驚くほど安く売るお店が増えてきた頃でした。
その時代に、
「お客は安ければ安いほど喜ぶのか?」
「よいスーパーに必要なものは?」
という問いを投げかけ、
伊丹流の答えを描き出しています。

また、食肉の偽装を取りあげているのも、
注目すべきところです。
輸入牛肉に和牛のラベルを貼ったり、
和牛に輸入牛肉をあわせたものを和牛と偽るという
シーンが出てきます。

食肉だけでなく、このスーパー・正直屋では、
売れ残ったお総菜を調理しなおして再度売ったり、
材料に嘘の表示があったり、業者と癒着したりなど、
やってはいけないけれど、
売れないからやってしまっていた、
という問題も描かれました。これらも最近、
ほんとうにニュースになったようなことです。

現在日本では実際に、
こういった事件によって業者や販売店の信用は失墜し、
食の安全が強く求められているのは、
みなさんがご存知のとおりです。

また、職人が幅を利かせ、作業の効率化を逆に阻むという、
スーパーでなくても起こりそうな問題も
正直屋は抱えていました。

映画では、それらをどんどん解決していく花子の活躍が
とてもすがすがしいのですが、
その基本は、次のような姿勢でした。
映画の中のセリフにこうあります。

花子「正直屋を日本一にするって言ったわね?」
五郎「したいよ。」
花子「何の日本一なの? 規模?」
五郎「規模はとても無理だな。」
花子「もうけ?」
五郎「それも無理だ。」
花子「じゃ、なんなの?」
五郎「‥‥‥‥。」
花子「とことん、お客さまの立場に立ってみては
   どうかしら。日本一、お客さまの立場に立つ店。
   そういう日本一になればいいんじゃないの?」

お客さまの満足を考える店にする、というのが
立て直しの方針だったのでした。

おもえば、伊丹さんの第2作目の映画『タンポポ』でも、
お客さまの立場になって考えることを描いていました。
もっといえば、伊丹さんの映画自体が
「顧客満足」を考えたものでした。

以前ほかでもふれましたが、
伊丹さんがこういうことを言われたそうです。

「大切なのは劇場に来てくれる沢山の
 お客さんだよ。時間をさいて、お金を出して‥‥‥。
 エンターテイメントの映画が一番だよ。」

『スーパーの女』はエンターテインメントであり、
伊丹さんからのメッセージを伝える映画でした。
(ほぼ日・りか)


参考:伊丹十三記念館ホームページ
   『伊丹十三記念館 ガイドブック』
   DVD『13の顔を持つ男』
   『伊丹十三の本』『伊丹十三の映画』ほか。



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2010-02-10-WED