自分をつくってくれた時間。石黒亜矢子x糸井重里 対談

妖怪や空想の生き物の絵を描き続けている、
石黒亜矢子さんという画家がいます。
その石黒さんがときどきTwitterに投稿されている、
猫や家族をテーマにした、なんともかわいい絵日記を
糸井は気に入って、よく読んでいました。
そして昨年12月に出版された絵本
えとえとがっせん』を読んだ糸井は、
傑作だーっ!」と思わずツイート。
随所にユーモアが散りばめられた、
とんでもなくたのしい内容だったんです。
石黒さんって、どういう方なんでしょう。
あらためてお話をうかがいました。
全5回の糸井との対談をどうぞご覧ください。

石黒亜矢子さんのプロフィール

第1回 誰にも見てもらえなかった。

※対談には、『えとえとがっせん』の編集を担当した筒井大介さんと、
装丁を担当した大島依提亜さんも同席してくださいました。

糸井
ぼくが石黒さんのことを知ったのは、
いつが最初だったのかな。
石黒
たしか一度、南青山のビリケンギャラリーで開催した
「化け猫展」にも来てくださいましたよね。
糸井
そっか、「化け猫展」のときからか。
あそこはぼくの散歩コースなんですよ。
石黒
そうなんですね。
それと、いつだったか、
伊藤の描いた漫画、
『伊藤潤二の猫日記 よん&むー』を
ほぼ日で紹介してもらっているんです。
私、それに出てくる「A子」です。
(※伊藤さんは石黒さんのご主人です。)
糸井
ああ。そう考えると、石黒さんのことを知ったのは
『よん&むー』が一番最初だったのかも。
いろんなところで石黒さんと、
すれ違っていたんですね(笑)。
石黒
そうですね。
糸井
それから、石黒さんの絵本『いもうとかいぎ』を見て、
これはすごいなぁと思ったり、
その間に、猫の漫画をTwitterで見せていただいたり。
石黒
はい。Twitterで猫や家族の絵日記を
ちょこちょこ描かせてもらっていて。
糸井
ああいう表現は、
インターネットがものすごく向いてますね。
石黒さんのように、ちゃんと絵を描ける人が、
あえて左手で描いたみたいなものが
Twitterで泡のように出てきていて、
ぼくはそのこと自体に興味を持ったんです。
最近、雑誌『考える人』に、
漫画についての連載を頼まれて、
「ぼくは専門家じゃないけど、
 興味あることだけでいいんだったらやるよ」と言って、
石黒さんとヒグチユウコさんの漫画を取り上げたんです。
どちらも、Twitterでさっと描くものが、
すごくおもしろくて。
手は抜いているんだけど、心を抜いていないというか。
石黒
そうですね。
手は抜いてますね(笑)。
糸井
抜いてますよね(笑)。
抜いてないと描けないでしょう、あれは。
石黒
はい。
そのときおもしろかったことを
その場で描くという感じなので、
丁寧に描いていると、
このおもしろさが消えちゃうと思って焦るんです。
それで、あれくらい雑になっちゃいます。

▲Twitter上に不定期でアップされている漫画。
ハッシュタグ「#てんまると家族絵日記」で検索すると
たくさん見られます。

糸井
個人的な日記じゃないけど、
発表もしないかもしれないというくらい、
ギリギリの感じがありますよね。
何だろう、枕草子も
そういうふうに書いたんじゃないかなと思います。
似たようなことをヒグチさんもなさってますね。
パーンとすごい速度でTwitterにアップされてて、
自分も出てくるし、ファンタジーもあるし、
たまにホロリみたいなものもあるし。
石黒
あぁ。
私もホロリ‥‥あるかな。
糸井
いや、おたくなんてもう
姉妹ものとかで、
「たまんないな」みたいなものがありますよ。
お子さんは読んでいるの?
石黒
はい。勝手に見てます。
下のコなんか特に自分のことが大好きだから、
自分が描かれていると嬉しいみたいです。
糸井
子どもはだいたい自分が大好きですよね。
ぼくも、娘のトイレトレーニングのときに、
下手な絵を描いて絵本をつくって読ませたら、
サッとできるようになったんです。
娘が主人公になって、
「わたしはトイレが大好きです。
こうやって座ってちゃんとオシッコします」
というものだったんだけど、
ケラケラ笑って喜んでました。
石黒
あぁー、それはいいかも。
子どもはそれ、絶対やりますね。
糸井
ここのところ、ぼくは
普通の漫画を読まなくなっていたんですよ。
何かを感じてほしいものに対して、
「疲れるからいいよ」みたいになっていて。
なのに、Twitterを通して目にする、
休み時間に描いた漫画、みたいなものには、
すっごく手が伸びるんです。
「さあ、おもしろい話するよ」
という人の話を聞くよりは、
ブツブツつぶやいている人のほうがおもしろい、みたいな。
石黒
(笑)
糸井
とよ田みのるさんという、
ちゃんとした漫画を描いている人がいるんだけど、
彼も、自分ちの子どものことを描いた漫画を
遠慮がちにTwitterで描きはじめたら、ウケちゃった。
子どものかわいさをそのまま描くのは恥ずかしいから、
子どもと奥さんを「たぬき」にして描いてるんですけど、
それがまたかわいいんです。
読者と正面入口から会っていないようなものこそ、
かえって作者の力量や世界観が分かるんですよね。
というわけで、石黒さんの漫画も
Twitterで読んでいて好きだったんですけど、
最近はなんか、
「実は、こういうこともできるんです」みたいに、
ドドドドッとちゃんとした作品を出されてますよね。
急にやる気になったんですか?
石黒
(笑)いやいや、私、けっこう経歴は長いんです。
20代からずっと妖怪の絵を描いていました。
ただ、全然誰にも見てもらえなかったんです。
糸井
見ないですよ。
石黒
(笑)ですよね。
妖怪を描いている人って、ほぼいないし、
持ち込んでも突っ返されて。
で、30代のはじめに結婚して、子どもができて。
そうすると育児でブランクが空いて、
その期間、本当に何にもしなかったんです。
誰にも見てもらってなかったくせに、何もしなかった。
‥‥あ、ちがう、途中で一度、
本を出してもらったことがありました。
糸井
へえー。
石黒
出版社に持ち込んだら、たまたま編集長が見てくれて、
「なんか、おもしろいね。
ちょっと出してみようか。
今の世の中、何があたるか分かんないからね」って。
一同
(笑)
糸井
そのセリフを言ったんですか。
石黒
そう。すごく覚えてます。
で、必死になって1年かけて描いて出したのが
『平成版 物の怪図録』という本です。
でもやっぱり売れなかったんです。
初版で絶版になりました。
糸井
まぁ、何が売れるか分かんないけど、
だいたい売れなさそうなものは、
売れないんですよね。
一同
(笑)
石黒
そうです、本当に変わったものを
出してくれましたね。
こっちは、
「絶版になったけど嬉しいな、私の本ができた!」
という感じでした。
その後、本格的に育児に入って
何もしなくなったんですが、
それでも最初から見ていてくれた
編集さんがいたんです。
子どもの手が離れたころ、その編集さんが、
「何か出そうよ」と言ってくれて、
イソップ寓話の「猿の裁判」という話をネタにして、
『おおきなねことちいさなねこ』
という絵本をつくりました。
それもまた全然ダメで、絶版になりました。
その絵本は昨年復刊しましたけど、
当時は初版絶版が2回続いたんです。
それで、ずっと書き溜めていた妖怪の絵を手に、
「もうちょっと動かなきゃ」と思ったんです。
実は『平成版 物の怪図録』を出したころから、
私の作品を京極夏彦さんが見てくださってまして。
糸井
妖怪つながりですね。
石黒
はい。
声をかけ続けてくれていました。
それで、京極さんつながりで
ギャラリースペースが借りられると聞いて、
京極さんの何かのパーティのときに
ノコノコ出かけて行って、
担当の人に「個展やりたいんです」と言ってしまいました。
そしたら「いいですよ」と言ってくださったので、
神楽坂のギャラリーで個展を開いたんです。
だけどそのあとも特に何もなく‥‥。
描いてはいたけど、何もないというのが続きました。
糸井
それは何年くらい前の話ですか。
石黒
そんなに昔じゃないです。
だから、ここ何年かで、急に状況が変わったんで、
ちょっとオロオロしてます。
糸井
おもしろいですね。
急にがんばったんじゃなくて、
急に周りの目が向けられはじめたんですね。

(つづきます)

2017-01-27-FRI

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1973年生まれ。絵描き。
妖怪や創造の生き物、動物を描く。
主な仕事は、絵本や装丁画、挿絵など。