イベント「活きる場所のつくりかた」より関野吉晴さんのおはなしグレートジャーニー、
地球を歩いて気づいたこと
第3回 やりたいことをやってるだけ。

(糸井重里とAPUの今村正治さんとの対話から、
 関野さんのことばを抜粋してお届けします)

ぼくはよく、いろんな旅を
「どう計画するんですか?」って
言われることがあります。
でも実際のところ、とくにプランニングしないんです。
やりたいことが、頭に湧いてくるんです。
そして、頭に湧いてきちゃったら、
もう動かざるを得ないから、
自分で止めようとしても動いちゃって、
いつも、やりはじめながら実現方法を考えるんです。

南米最南端からアフリカまで行ったときも
「ええ? 10年もかけて
 南米からアフリカまで行くの?」
と、よくびっくりされていました。
でも、実はぼくは大学に14年通っています。
文科系の大学に8年行って追い出されて、
次に医学部6年行きました。
だから、ぼくを知ってる人たちからは
「こいつ学生14年やってるし、10年なんて短いよ」
なんてよく言われていました。

8年大学に行ったあとで、
さらに6年かけて医学部に行った理由は、
アマゾンの人たちとの関係が理由です。

ぼくは40年アマゾンに通い続けてるんですが、
最初に行きはじめた頃は、
言葉通じる人と一緒に森に行って、
「すいません。泊めてください」と
泊めてもらっていました。
さらに、彼らと同じものを食べたいから
自分も食べものを持っているのですが、
ずうずうしく、
「食事も食べさせてください」としていたんです。
そうやって説得して泊めてもらって、
何度も通いながら家族付き合いになっていくことを
やっていたんです。

ただ、そういうとき毎回ぼくは、
「泊めてもらう代わりになんでもしますから」
って言ってたんですけど、
実は、足手まといで何もできないんですね。

そうこうするうちに大学を8年で出るわけですが、
まだまだアマゾンに通いたいと思ったとき、
研究者、ジャーナリスト、写真家‥‥と、
職業の選択肢はたくさんあったんです。
でも当時のぼくの気分としては
彼達と友達でいたくて、
「医者になったら、この人たちの助けになれて、
 友達でいられるかもな」
と思いました。
だから、そこから6年かけて医学部に通って
医者になったんです。

ただ、医者になったらなったで
「西洋医学を持ち込んでいいのか」とか
考えさせられる部分はたくさんありました。

とはいえ実際には、彼らにとっては
どんな方法でも効けばいいんですね。
彼ら自身の伝統医学もありますけど、
日本人だって「腰が痛い」と言って、
まず整形外科行って
「効かねえや」って整体に行ったり、
鍼に行ったりするじゃないですか。
あの感覚と同じなんです。

ただ、ぼくが診察して薬を処方していると、
現地の医者がするっとやってきて
同じ患者に向こうの祈ったりするような医学を
ぼくの目の前でやったりして、
「それ、ぼくが消えてからやってくれよ」
なんてこともありましたけど。
(会場笑)

そんなふうにして、40年付き合ってきました。
最初1歳だった子が、今では40歳になりました。

話がすこしもどりますけど、
ぼくは、大学に14年行ったこととか、
10年かけてアフリカまで旅したこととか、
時間がかかることについては、
まったく気にしないたちなんですね。

逆に今、大人が若者たちを1年単位とか、
短い期間で評価するのは
あまりいいことではないと思うんです。
ぼくも大学で教えているので、
短期間で評価している面がないこともないのですが、
1年とかの短い期間での評価になっちゃうと、
失敗することができないから、
みんな冒険もチャレンジもできないんです。

それを、もっと長い目で見るようにして、
10年、20年単位で評価するようになれば、
人も育つと思うんです。
「1年で成果を出さなければいけない」なら
追い込まれてしまうけど、
「20年かけてなにかができればいい」
ということであれば、
「よし、冒険してみよう」とか
「ちょっと実験的なことをやってみよう」とか、
思う人が増えてきて、
人も育つし、社会も淀まないで済むと思うんです。

あと、日本のわたしたちは
「今を大切にしてる」と
思っているかもしれないけれど、
ぼくは、アマゾンの人よりわたしたちのほうが、
今を大切にしてないと思うんです。

なぜかというと、やっぱりわたしたちは
もともと農耕民だから、
基本的には
「未来の収穫のために今苦しいことをやる」
という発想なんです。
極端なことを言うと、いい幼稚園からいい小学校、
いい中学、いい大学、いい就職先。
就職したら、いい地位、いいポジションとかを
目指すためにがんばる。
こんなふうに、今がたのしいかどうかに関係なく
未来のために頑張るのというのは、
「将来の収穫のために今の辛いことをやる」
農耕民のスタイルなんです。

それに対して狩猟民は「今が楽しい」んです。
彼らは未来のためだとしても
現在の辛いことをやるのがほんとに苦手で、
たとえば、荷物を担いで一緒に歩くと、
ものすごく嫌がります。
「早くやめよう」「疲れた。足痛い」とか言って
すぐやめようとするんですよ。
でも、あまりに「疲れた」とか言うものだから、
目的地にたどり着いたら
ザックを置いてバタンキューかと思ったら、
こんどはそこから嬉々として、弓矢を持って
森の中に入っていくわけなんです。
おもしろいですよね。
今がたのしくないことはものすごく嫌がって、
今がたのしいことならいくらでもできる。

狩りについてもたぶん、
ほかの生態学者、動物学者、生態学者よりも
実践的な森の知識はものすごいですよ。
それでなおかつ、想像力を働かせ、
全能力で獲物を探すのが狩りなんですね。
それはたぶん、ものすごく気持ちいいんですね。
獲物がとれなくてもいいんです。
とれたら、また達成感がある。
ですから「すごく今を楽しんでる」という意味では、
彼らに敵わない。

農耕民のスタイルと、狩猟民のスタイル。
どちらがいいというわけではないけれど、
狩猟民のスタイルに学べるところは
多いと思います。

あと、これは別の話ですが、
ぼくはよく、
「南米からアフリカまでの旅を成功させるなんて
 関野さんは、絶対に失敗をしたくない人
 なのではないか」
なんて言われることがあるんです。
でも、そんなことまったくないんです。
ぼくの旅は失敗の積み重ねです。
1つの成功のために、
10いくつの失敗があったりします。
たとえばベーリング海峡を渡るのに、
最初は歩いて渡ろうとしたらだめで、
エスキモーの舟で渡ろうとしたらだめで、
10日以上待って、やっと小さい舟で渡りました。
ぼくは、失敗したらやりかたを変えて、
やれるまでやるだけなんです。

たぶん失敗しない人って、
付き合ってもおもしろくないと思うんですね。
「たとえ失敗しても、
 死ななければ何回でもチャレンジできる」
というのが、ぼくの基本的な考え方です。

だから、もし怪我をして、
車いすで移動しなきゃいけなくなったとしても、
ぼくはやっぱり
自分のやりたい旅をやると思うんですよね。
だってぼくは、
南米からアフリカまでの道のりを
10年かけてたどり着いたけれど、
これは30年かかってもいいと思っていましたから。

そういえば「失敗」ということでいえば、
インドネシアから日本への旅のとき、
税関で、ストップがかかりました。
怪しい荷物のやつは税関でチェックされるんですが、
そのときぼくらは自分たちで作った
斧とか鉈とか工具を持っていたので、
チェックされて、
税関の役人が仲間をみんな呼んだんです。
「テロリストと間違えられるかな」
「ヤバいな‥‥」と思っていたら、
仲間を呼んだ理由はぼくらを笑うためでした。
ぼくがつい、余計なこと言ったんですよ。
「この工具で舟を作って、日本まで行くんだ」って。
仲間から「そんなこと言わなきゃいいのに」って
言われましたけど(笑)。
若い学生が、さらに余計なことを言って、
自分が作ったミニチュアの舟までを出して、
「こんな舟を作りたいんだ」って役人たちに言って。
そうすると、みんなでヒソヒソと、
「あいつら馬鹿か?」とか喋ってるんです(笑)。
最後はもう、手で払いのけるように
「行け、行け。もう行きな」って感じでした。
(会場笑)
そういうこともありますね。

ぼくは自分の旅について
「辛くてやめたくなることはありませんか?」
って聞かれることもありますが、
それは、まったくないです。
だってぼくは、やりたくてやってるだけですから。
ぼくは使命感なんてないんです、ぜんぜん。
ただ好きでやってるんです。
ぼくが「やめた!」ってやめても、
誰も文句は言わないんです。
やめちゃってもよくてやってる。

あとぼくのグレートジャーニーって、
「テレビの企画でやったんじゃないですか?」とか
言われることもあるんですけど、
それも違うんです。
ぼくは、自分がこの旅をやりたくて
借金してやったんですから。

あとは
「きっと大金持ちのボンボンで、 
 だからできたんでしょう」
みたいなことを言う人もいます。
だけどそういうのも、ぜんぜん違うんです。
もちろん18まで世話になってましたけど
ぼくは大学に入ってから、
じぶんが好きなことをやりたかったから、
授業料も何もかも、親から一銭も
貰わないことにしたんですね。
14年も学生をやるというのは、
やっぱり仕送り貰ってたらできないです。
「好きなことやらせて」のために
お金はもらわないようにしようと思ったんです。

ぼくはいつも、自分がやりたいことを
やってるだけです。
「長老」みたいな、何もしないで
「そうなんじゃないの」とか言ってるだけの役には
まだならないですけど、
だけどぼくも、そのうちなるでしょう。
ただそういうことも、自然のままに任せて
放っておけばいいんじゃないかと思っています。
だって、ぼくはそのときどきで
やりたいことをやるだけですし、
ぼくはまだまだ、その気にならないんですから。

(関野さんのおはなしはこちらでおしまいです。
お読みいただき、ありがとうございました)

2015-05-21-THU