『生きているのは
なぜだろう。』が
できるまで。

2019年5月15日、
『生きているのはなぜだろう。』という絵本が
刊行されます。
文は脳研究者の池谷裕二さん、
絵は映画界で活躍する田島光二さん。
制作年数は5年2か月。
発売まであと少し日がありますが、
この本の歩みを、まずは編集担当の視点から
読みものにして連載いたします。
このコンテンツの執筆は
菅野綾子が担当いたします。

第2回ハリウッド。

池谷裕二さんがひと晩で書いた第一稿は、
シーンごとに区切られており、
すでに絵本をイメージしたものでした。

池谷さんのメールには
「全体にも細部にも、修正が必要だと思います」
というコメントが添えられていました。
研究室の学生さんに読んでもらって
問題点や意見をまとめる、とも書いてありました。

原稿を受け取って鼻をふくらませたはいいものの、
この物語をどう絵本にすればいいのだろう? 
そう思った編集担当の永田と私は、
糸井重里に相談にいきました。
糸井は、
「難しいだろうけど、やってみたらいいんじゃない?」
という意見でした。

その言葉でエンジンをかけた我々は、
物語についての疑問やページ割の提案を
池谷さんに投げかけていきました。
原稿の往復を、何度やったでしょうか。

度重なるやりとりで、最終稿へ。

最終稿ができあがる頃、私はすでに
この物語にはまりこんでいました。
まだ公開していないお話を誰彼かわまず
雑談ネタとして話すわけにもいかず、
冷たい永田はしょっちゅう相手をしてくれないので、
ひとりで朦朧とした日々を送っていました。
そして、最終稿ができた達成感に
ひたっていました。

しかし私は、糸井と永田から、
肩を揺すられて我に返りました。

肩を揺すられる。

「おまえ、絵本やろ!
絵はどうするんや、絵は!」

(私は関西出身なので、年上からのきつい指摘は
脳内で親しみある関西弁にしてやわらげています)

こんな世界を具現化できるなんて、
とうてい思えへん! 

と私は思いましたが言い返すことはしませんでした。

ところでみなさん。
「よくわからないもの」というものが、
世の中にはありますよね? 
説明なんてできないけど、強烈に印象に残るもの。
私はそれが芸術なんじゃないかな、
と思うことがあります。
そうだ、まさにそれは、
岡本太郎さんのおっしゃる「なんだ、これは!」ですね。

そんな「なんだ、これは!」を描ける人が、
永田と私の頭のなかで、ひとりいました。
それはお会いしたことのない方でした。
映画の世界で国際的に活躍する
コンセプトアーティストの田島光二さんです。

当時、Twitterで
糸井重里が田島さんと会話を交わしていたことがきっかけで
私はそのお名前を知りました。
「こんな絵を描く人なんだ‥‥いったいどんな
人なんだろう?」
と思っていました。

田島光二さんの既刊本。

ハリウッドで大活躍する
ほとんど唯一の日本人コンセプトアーティストで、
ちょっぴり怖い絵を描く人。
1990年生まれというから、まだ20代。
こんなにも尖った絵を描いてるんだから、
本人はそうとう怖いにちがいありません。

怖いから連絡をしたくない。でも、
「この人なら池谷さんの物語を、
遠いところまで連れていってくれる」
という思いは拭い去ることはできませんでした。

連絡を取ることにしました。

映画で活躍している人に、
絵本の話をしたら驚かれるだろうなぁ。
しかも私たちは
ハリウッドのようなお金が払えないと思う。
日本語でメールしました。

すぐに返信がありました。

菅野様

はじめまして、田島と申します。
ご連絡ありがとうございます。

絵本の絵、是非やらせていただきたいです。

普段は映画作品の設定画を描くのがメインなのですが、
以前から『絵本の絵を描いてみたい』という
思いがあったので、お話をいただけてうれしいです。

現在はシンガポールに在住しているので
お会いするのは難しいかもしれませんが、
8月に仕事で帰国する予定があるので、
その頃でしたら可能です。

全体のスケジュールや進め方など
ご相談して決めていければと思っています。

よろしくお願い致します。

田島

私は田島さんに、この時点で
池谷さんの完成原稿をお送りしておきました。
ふつうの絵本とはかなり違うので、
『絵本の絵を描いてみたい』という田島さんのお気持ちを
裏切ることになってはいけないと思ったからです。
この時点でしっかりと原稿を見てもらい、
「こんなもん絵にできるかぃ!」と海の向こうから
大きなツッコミをもらうならいま、と思ったのです。

お世話になっております。

原稿ありがとうございます。
読んでおきます。
日本に帰国する日が確定したら
改めてご連絡いたします。

田島

おいおい、すぐに読まないと! 
と思いましたが、
今度は私はだまっていました。

このときの数回のメールのやりとりで、
田島さんなら最後まで走ってくれるという
確信がめばえたからです。
いやぁ、そのぐらい、メールがまともだった。
怖い若者かと思っていたけど、
すごい人はみんなまともなんだな! 
そんな話を永田にしたことを憶えています。
また、鼻がふくらんでいたと思います。

うう、田島さんに早く会いたい! 
なんでシンガポールに住んでいるのだろう! 

メールのやりとりで勝手に脳内イメチェンし、
お会いしたい気持ちがつのっていたころ、
運良く、なんと私のシンガポール出張が決まりました! 
やった! 
田島光二さんに会える! 

シンガポール出張は、この仕事で。

さっそくシンガポールで会う段取りを、と
連絡を取ったところ、
田島さんからこんな返信が返ってきました。

メールをありがとうございます! 
しかし、会社の都合で
10月からカナダのバンクーバー支社へ
異動することになりました。
現在、出国手続きや引越しの準備をしています。

菅野さんがシンガポールにいらっしゃる11月は
すでにバンクーバーにいる予定です。

田島

カナダ! さらに遠くなったヨ! 
カナダに出張する予定は、ないヨ! 
会えないまま、
制作を進めていっていいのでしょうか。

メールのやりとりで、
田島さんが感じのいいまともな人であることがわかっても、
なにかこう、進行上の、大きな門が開きません。
モヤモヤモヤ‥‥。
どうやれば鮮やかに仕事を進めていけるのだろうか。

私は机で、前を見つめていました。
そこには大きなパソコンがありました。

ほぼ日から、『かないくん』以来、
5年ぶりの絵本。
生きているのは
なぜ
だろう。

作 池谷裕二 

東京大学薬学部教授 医学博士
『進化しすぎた脳』『海馬』

絵 田島光二 

コンセプトアーティスト
『ブレードランナー2049』『ヴェノム』

この本には、答えがあります。